第24話 嘘
月が昇る深夜の時間帯。
シズルは与えられた家の中で、これからの行動をどうするべきか考えていた。
これまで与えられた情報のピースを一つ一つ組み合わせるように、脳裏で考えていく。
「周囲のイリスに対する態度……」
この森に入ってからずっと違和感を覚えていた。
ローザリンデの話では、イリスは風の大精霊と直接やりとりを出来る巫女のはずだ。
そうであればこの森で最も高い地位にあって然るべき存在。
だというのに、それぞれ集落へ入ってみると彼女は『いない者』とでも言わんばかりに無視され続ける。
「いや、無視とは少し違うか」
イリスの事は認識しているが、まるで醜い自分を見たくないという風に、目を逸らしているのだ。
それはオーク族も、白狼族も、エルフも変わらない。イリスの事を見ているのは、ローザリンデ一人だけだった。
昨夜の白狼族での宴、そして今日のエルフ達の姿を見て思う。
この森で今起きている事態は、シズルの想像をはるかに超えて深刻なのではないか、と。
そしてそのカギとなるのが、イリスなのではないか。
「儀式……それに使命……か」
シズルの頭の中にはこれらのワードから連想される出来事がある。
それは前世で散々物語で読んできた、古今東西よくある話だ。
「いけ――」
その言葉を出そうとした瞬間、扉がノックされる。
ほぼ反射で『
そのまま返事をすると、扉を開いた二人は気まずそうな顔で立っている。
「どうしたの?」
「ああ、夜遅くにすまない。少しだけ話を聞いてくれないだろうか」
「うん、いいよ」
「そしたら居間の方で。少し長い話になるからな、飲み物も用意しよう」
そう言って居間へと向かう二人を追うように、シズルも部屋を出た。
居間には先に呼ばれていたのか、ホムラがソファに座って待っていたので、その隣に腰を下ろす。
そしてローザリンデはテーブルに暖かいミルクを置くと、シズルの対面に座る。
「さて、何から話そうか……」
「全部、最初からかな」
そう言うと、ローザリンデは諦めたように軽くため息を吐いた。
「その様子だと、おおよその見当はついているんじゃないのか?」
「だとしても、俺はローザリンデの口から直接聞きたいんだ」
何故なら、彼女は短いながらもパーティの仲間であり、そして友人でもあるのだから。
「そうだな……そしたらまず最初に謝っておこう。お前達にはずっと嘘を吐いてきた」
そうして頭を下げてから、ローザリンデは語り始める。
シズルが最初に聞いていた話では、風の大精霊の秘宝を盗み出されたことで風の大精霊ディアドラが姿を消し、そしてローザリンデ達はその下手人を追って王国で冒険者をしていたという話だった。
だがそれは全て嘘だと言う。
「事の発端は三年前、この森に現れた一体の魔物だった」
フォルセティア大森林は元々各層の種族が地域を担当して、魔物達を狩りながら生活をしてきていた。そうやって魔物が増えすぎないように、森の秩序を守ってきたのだ。
だがしかし、ある日一体の異分子が紛れ込むことで全てが破綻する。
「その魔物の名は白狼フェンリル。かつて古の時代に神すら喰らったと言われる、災厄の魔物の一体だ」
突如森の中心地に現れたフェンリルにエルフ族は奮戦したものの、その力は圧倒的でまるで敵わなかったという。
他の種族が応援に訪れるよりも早く一族は全滅すると、エルフの誰もが思った。
「そんな我らの窮地を救ってくれたのが、風の大精霊であるディアドラ様だった」
普段は森で祝福を与えながら見守ってくれている存在。
崇め、称えこそすれ、ほとんどの者が彼女を見た事がなかった。
しかしやはりその力は強大で、エルフ達が一蹴されていたフェンリル相手にも引けを取らずに一人で戦っていたという。
そのあまりに激しい戦いにエルフ達はその戦いに入り込めず、ただディアドラの勝利を願うしかできなかった。
そうして続いた戦いの中、ディアドラは契約者のいない今の自分ではフェンリルを滅ぼす事が出来ない事を悟る。
そして――自身の全ての力を使いフェンリルを封印することを決意した。
「そして見事、ディアドラ様はフェンリルの封印に成功したのだ」
「え……? つまり、もう風の大精霊ディアドラはいない?」
「いや、そうじゃない。ディアドラ様は封印によって確かに力を使い果したが、再び己の力が必要になる事も理解していた。だからこそ、我々に力を取り戻す手段を与えてくださった」
白狼フェンリルを封印という形でしか抑えることの出来なかったディアドラは、いずれ解けるであろう封印の前に力を取り戻す必要があった。
そのためには、外界に住む精霊達より魔力を分け与えてもらう必要があったという。
「つまり、ローザリンデ達が冒険者として旅をしていたのは、その精霊の魔力を集めるため?」
「ああ、旅をするなら冒険者が一番だからな。この森の復興や周囲の魔物から集落を守るためには、大勢を連れて行くわけにはいかなかった。だからこそ、一族で一番強かった私がこうして使命を請け負ったのだ」
「そっか……」
ローザリンデ達が旅に出た理由は分かった。しかしその中で、一つ疑問点が残る。
「ねえ、そしたらイリスはどうして一緒に旅をしていたの?」
「……」
一緒に旅をしてきて、イリスも魔術が使える事は知っている。
その実力も、シズルが知っている範囲であれば十分優秀なレベルだ。
だがそれでも、A級冒険者にまで駆け上がったローザリンデに付いて行けるほどではないのも事実。
「なあシズル……お前はどこまで気付いている?」
「……はっきりとは何も。ただ、その封印の鍵を握ってるのがイリスなんだろうな、って思ってるくらいかな」
ローザリンデの隣で座るイリスは、これまでと違い怯えた表情ではなかった。
しかしそれでも、どこか無理をしているような、張り詰めた空気は感じる。
「シズル……お前はイリスを守ると言ってくれた。そんなお前だからこそ、真実を知る権利があると思った。だからあえて問おう」
――お前は本当に真実を知りたいか?
ローザリンデのそれは、知らない方が救いもあると、そう告げているようだった。
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