第23話 エルフの集落

 シズルから見たローザリンデは策略や陰謀からは程遠い、武人気質な人間に見えた。


 だからこそ、イリスの言う殺される、という意味を捉えかねている。


 少なくとも彼女がイリスを見る目からは殺意を感じる事はないし、むしろ守ろうという意思を感じるくらいだ。


 とはいえ、だからといってローザリンデ本人に突撃して話を聞くわけにもいかない。


 出来ればイリス本人から話を聞きたいところであるが、森を移動する時は常に団体行動。流石に魔物が溢れる森の中で離れるようなことは出来なかった。


「さあ、もうすぐエルフの集落だ。ディアドラ様が住んでいた祠もそこからそう遠くないからな、今日は一日休んでいくといい」


 白狼族の森から出てしばらく経つが、ローザリンデの態度は変わっていない。


 彼女が今どういう心境なのかはわからないが、エルフの集落では警戒を怠らないようにしなければならないだろう。


 美しい金髪は魔物達の紅い血で濡れ、隣を歩くホムラと揃っているとそれだけで相当な威圧感を感じさせる。


 そんな彼女を見て、シズルは知らず知らずのうちに自分の足取りに力が入っていることに気付いていた。


 A級冒険者の中でも上位の実力だろう。それにまだ実力の全てを見せたわけではないはずだ。


 三年前に比べて成長したとはいえ、彼女と真正面から戦った場合、苦戦は免れないだろう。


 シズルは隣を歩くイリスを見る。


 肩まで伸ばした美しい銀髪に翡翠の瞳。


 エルフは美形が多い種族であるが、一生懸命付いてくるその姿はまだまだ幼さを残しているものの、将来は傾国の美女となるのは間違いない。


 ただ、一歩一歩前へ踏み出すにつれて不安と恐怖が増しているのだろう。その表情は暗いものだ。


 今ローザリンデにイリスを助けようとしている事を知られるわけにはいかない。


 そのためイリスと二人で抜け出すわけにはいかないが、このような顔をしている彼女を放っておくわけにもいかなかった。


「大丈夫」


 シズルはそっと近づくと、冷たくなったイリスの手をそっと握ってやる。


「俺が守る。君は殺させないから」


 そう言った瞬間、イリスは少し泣きそうな顔をしながら、ぎゅっと手を強く握り返してくれた。


 まだ彼女の表情は暗いままだ。だがそれでも、その瞳にはほんの少しだけ希望が灯ったように思う。



 シズル達がエルフの集落にたどり着いたのは、すでに日が暮れる間際のことだった。


「さあ、着いたぞ。昨夜のうちに白狼族の者が走ってくれたからな、我々が今日着くことはすでに知っているはずだ」


 他の種族同様、高い木々に囲まれたその集落だが、他とは違い門番は立っていなかった。


 それを疑問に思う間もなく、慣れた様子で中に入るローザリンデに付いていく。


「……これはどういうこと?」

「んだぁこいつら……?」


 門をくぐった先には、百を超えるエルフ達が整列してその場で膝を付いて頭を垂れていた。


 その異常な光景にシズルとホムラは二人で訝し気にしていると、一人のエルフがこちらに歩いて来る。


 壮年の顔立ちをしたエルフの男性は、ローザリンデの前に立つとほほ笑むと、そのまま手を差し出した。


「お帰りロザリー。よくぞ使命を果たしてくれた」

「ああ。ギリギリだった。ギリギリだったが、なんとかやり遂げる事が出来た」

「本当に、本当に良くやってくれた……これで我々は、この大森林は……」


 そこまで言った瞬間、男性は感極まったように涙を流し、言葉を詰まらせる。


 そしてそれはこの男性だけではない。後ろで膝を付き伏せているエルフ達にも伝染していき、そこまで大きくないこの集落で嗚咽が響き渡った。


「おいおいおい、こりゃあ何だ? わかるかシズル?」

「分かるわけないじゃないですか。でもこれは……」


 シズルにとって、ローザリンデはフォルセティア大森林で探索するための護衛でしかない。


 もちろん旅の中で親睦は深めていったつもりだが、だからと言って冒険者の過去を詮索するのはマナー違反。


 だからこそ、ローザリンデが嘘を吐いている事に気付きながらも、これまで彼女の過去を聞くことはしてこなかった。


 その辺りの機微に関してはホムラも意外と敏いので、これまで聞いてこなかったのだろう。ゆえにこの状況はシズル同様理解出来ないでいた。


 兄弟二人揃って目を丸くして見ていると、一人立つ壮年のエルフが気が付いて涙を拭い、その美しい顔で笑顔を向ける。


「そういえば客人も一緒だったのだな。恥ずかしい所を見せた」

「あ、いえ」

「ああ、今日はなんて喜ばしい日なんだ。こんな日が来ることを願っていたが、実際に来るとやはり感極まってしまう」

「はぁ……」


 何とも言えず、あいまいな返事を返してしまう。


 あまりにも美しすぎるからだろう。エルフ一人一人の動きが妙に人形のようにも見え、まるでいきなり何も知らない演劇を見せられた気分だ。


「さてさて、ローザリンデも客人も、この森を抜けてきて疲れただろう? 客間を用意するから、君達もそこでゆっくりしてくれ」


 そう言って案内された家は木で出来た家だが、ベッドなどもあり住み心地の良さそうなものだった。


「食事は後で届けよう。本当はせっかく久しぶりに外から来た客だ。もっともてなしたいのだがな、今日明日は我々も忙しくてな」

「いえ、お構いなく。俺らも目的があって来ただけなので」

「そう言ってもらえると助かる……さてローザリンデ、帰ってきて早速だが儀式は明日の夜に決行する。いいな?」


 儀式? とシズルが聞き捨てならないセリフに怪しむ中、ローザリンデは神妙な表情で頷く。


「ああ。わかっているさ」

「ならいい。色々と話はあるだろうが、全部今日のうちに済ませておくんだぞ」


 それだけ言うと、壮年のエルフはそのまま出て行った。


 残ったのは苦し気な表情をするローザリンデと、事情もわからない自分達、そして悲しそうな顔をするイリスだけだった。

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