第48話 狂刃

『やったぞ!』

「うん。というか、もしかしなくてもやり過ぎた?」


 己の放てる最強クラスの一撃は、ジークハルトたちを覆っていた闇を全て吹き飛ばした。


 ジークハルトの放つ魔力に対抗するために仕方がなかったとはいえ、人間に向けて撃っていい魔術ではない威力だ。


 これではいくら悪魔の力を纏っている男とはいえ、無事で済むわけがない。


「……とりあえず、追いかけようか」

『うむ……生きてるとは思えんが』


 シズルの一撃でかなり遠くまで吹き飛ばされてしまったジークハルトたちを追いかけるために、シズルは一気に駆け出す。


 そうして最初にいた講堂から離れた広場に、ジークハルトは仰向けに倒れていた。


「来たかフォルブレイズ」

「……普通にいるし」

「普通なものか。お前の一撃でもう身体はボロボロだ。見ろ、起き上がることすら出来ないのだぞ?」


 そう言いながらも、その表情はいつもと変わらず飄々としたものだ。


 間違いなくあの瞬間、彼は死を覚悟せざるを得ない一撃を受けたはずなのに、とんでもないメンタルだと恐ろしくも思う。


 しかし身体が動かせないのは本当らしく、ジークハルトはその場から起き上がろうとしないで会話を続けようとする。


「エステルは?」

「気絶しているな。どうやらお前の神気が籠った魔力はよほどダメージが大きいらしい。これまで彼女がこうなったところなど、見たことがないが……」

「……」


 今のジークハルトの言葉を聞いたシズルは、やはりと思う。


 彼とエステルの関係性は、昨日今日の間柄にはとても思えなかった。だがしかし、それでは時系列がおかしなことになってしまう。


 少なくともジークハルトはエステルのことなど知らないと言っていたし、この学園で成り上がったからこそ傍に置いたという発言をした。これらは全て嘘だったというわけだ。


「ジークハルト様、あなたはだいぶ嘘つきですね」

「ふふふ、嘘を吐くことに関しては、中々年季が入っているからな」


 つい先ほどまで殺し合いをしていたとは思えないほど軽いやり取りに、不思議と違和感を覚えなかった。


 思えば先ほどの戦いも、彼は本気でこちらを倒す気であったものの、殺す気はなかったようにも思う。


「さて、今ならある程度のことは話してもいいぞ」

「……嘘は吐かないんですか?」

「ああ、それは保証しないな」


 では聞いても無意味ではないかと思うものの、それでも聞いてしまうのが人の性なのだろう。


「ジークハルト様の目的って何ですか?」

「ん? なんだフォルブレイズ。お前は気付いていなかったのか? ローレライは気付いていたというのに……」

「え、それって――?」


 ジークハルトが意外そうな顔をしながら尋ねてくるので、シズルは思わず聞き返そうとした、その時――。


「ジークハルト様! シズル!」

「おーい! アンタ無事だったー⁉」

「……」

「あ、ルキナにユースティア。それにベアトリス嬢――」


 少し離れたところから近づいていて来る少女たちと、その後ろから弱った様子のミディールが見える。


 どうやらシズルとジークハルトの戦いに決着がついたと分かったからか、講堂から出てきたらしい。


 戦いの後で気分が高揚しているからだろうか。ルキナを見るだけで気持ちがなんとなくホッとするのだ。


「来たか……」


 ジークハルトは動けないからか、顔だけそちらに向けて小さく呟く。その顔はどこか覚悟を決めたものだ。


「ジークハルト様⁉ ご無事ですか⁉」


 一瞬だけシズルを横目で見たユースティアは、シズルに怪我がないことを確認すると、そのまま倒れているジークハルトに駆け寄っていく。


 そうして倒れている彼の傍に行くと、そのまま座り込んで心配そうにのぞき込むのだ。


「ふ、ユースティアよ。あれだけのことをした私を、まだ心配するというのか?」

「もちろんです! 私にとって貴方様はもっとも敬愛すべきお方。たとえどれほどの罵声を浴びせられようと、その気持ちが変わることはありません!」

「……だから、お前では駄目なのだ」

「え?」


 一瞬なにを言われたのか分からなかったのだろう。ユースティアが呆けたような声を出す。


 そしてその発言を聞いたシズルもまた、これだけ献身的に思ってくれる少女に対して言うセリフではないだろうと、思わず一歩前に踏み出してしまう。


 だがそれよりも早く、前に出る者がいた。


「ザマァないわね王子」

「……エリー?」


 これまでのエリーとは違う、とても冷たい声。


 確かに彼女からすれば今のジークハルトは憎しみの対象といってもいい相手だ。


 先日のジークハルトとの対話の中でも、明確に敵意を向けていた。


 だがしかし、今の彼女はこれまでとは大きく異なり、倒れているジークハルトを嘲笑するように見下していた。


「あれだけ大言はたいた割には、こんなもんか。ま、男なんてこんな程度よね」

「おいエリー! いくらなんでも不敬だぞ! お前が怒るのもわかるが――」

「うるさい!」

「っ――」

「ユースティア⁉」


 ジークハルトに対する言葉を止めようと近づいたユースティアに対して、エリーは拒絶するように腕を振るう。


 想定していなかったエリーの行動に、とっさの反応が遅れたユースティアは、その身体をシズルの方まで飛ばされてしまう。


「ふ、ふふふ……いい気味ねぇティアァ?」


 これまでのエリーとは異なる声色。そして狂気に彩られた瞳は、まるで正気を保っているようには見えない。


「ベアトリス嬢? 君は……」

「ああ、いいわぁその目。何が起きているのかわからない、戸惑いの表情。そんな顔が私はだぁい好き」


 その瞬間、彼女の内部からおぞましい闇の魔力があふれ出す。それはシズルたちが慣れ親しんだ精霊の力を借りたものではなく――。


「……悪魔の、力?」

「大せぇかい。ところでジークハルト様ぁ? 貴方もう動けないんですよねぇ?」

「ふ、見ての通りだ。今なら子どもでも私を簡単に殺せるだろうな」

「でぇすよねぇ……色々と裏で頑張った甲斐がありましたぁ」


 今の現状、そして彼女の発言でシズルは今何が起きているのかを、ようやく理解した。


 そしてそれを理解して動き出そうとしたその瞬間――。


「じゃあ、死んでくださいねぇ。お・う・じ・様ぁ」


 エリーが懐から短刀を取り出すと、ジークハルトの心臓をめがけて振り下ろすのであった。

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