第55話 最後のパーティー

 それから一週間。アストラル魔術学園で起きた騒動は、ついに終局を迎えることになる。


 男子生徒たちはエステルに魅了されていたことなど最初からなかったかのように、記憶から消されていた。


 とはいえ、自分が婚約者に対して行ったことは何となく覚えているらしく、一部の生徒たちは肩身が狭そうだ。


 女子生徒たちも、今回の騒動が悪魔という超常的な存在が起こしたものだという事実に対して、それ以上の追求をしなかった。


 それはジークハルト王子すらも魅了されたという事実が、自分の婚約者がそうなっても仕方がないという風に納得させたからだ。


 そこには、嫌な過去は忘れたいという願望もあったのかもしれないし、もしかしたらエステルが何かをしたのかもしれない。


 何より、誰一人いなくなったエリーのことに触れないのは、色々な意味で怖いものだった。


 また、この噂の広まり方などは明らかに誰か裏で誘導しているようで、少し気味が悪いと思う。


 この辺りは結局、ジークハルトの掌の上ということなのだろう。


 今回の騒動に対して、ずいぶんと彼の都合の良い様に話が進んでいるのだから、わかる人間にはわかるものだ。


 とはいえ、これ以上騒ぎが大きくならないことはシズルとしても望むべくことだったので、あえて干渉はしなかった。


 唯一、シズルとしてはどうにかして欲しいと思う噂は――。


「あぁ……フォルブレイズ様すてき。ローレライ様が羨ましいわ」

「そうね。でもあのとき王子を前に堂々と立ったローレライ様も素敵だわ。あのお二人は真実の愛に結ばれてる。だから絶対に邪魔しちゃだめよ」

「わかってるけど、だけど遠目で見るくらいは……」


 シズルがルキナとパーティー会場に向けて学園内を歩いているだけで、そんな声が聞こえてくるようになったのだ。


 唯一、学園の男子で操られなかったシズルは、真実の愛を胸に秘めた男として、女子生徒たちから熱い視線を向けられるようになり、さすがに勘弁してほしい思う。


「……これ、どうにかならないかなぁ」

「は、はいぃ……嬉しいですけど、ちょっと恥ずかしいです」


 もしこれがジークハルトの嫌がらせだとすれば、相当効果を発揮していると思う。それこそ、最後の攻防よりもよほどダメージが大きいものだ。


 ただルキナが顔を赤らめて照れる仕草は可愛いので、それが見れただけで許してやっても良いかなとも思う。


「まあ、とりあえず学園内が落ち着いてくれて良かったよ」

「そうですね……とはいえ、学園に出来た傷は大きいです」

「うん……」


 一週間前は本当に男女間で戦争が起きるのではないかというほど剣呑な雰囲気だった学園も、今は落ち着きを見せていた。


 とはいえ、あれだけの騒動が起きたのだ。さすがにこのまま今まで通り、というわけにはいかない。今いる生徒たちに対して王宮からの使者が事情聴取をしているところである。


 そして今日、学園中の生徒たちが集まり、最後のパーティーを行われる。それは最後の学園生活を、少しでも明るいものにしようという学園側の配慮だ。


 それが終われば、それぞれが自領に戻る。つまり、シズルたちの学園生活が終わることを意味していた。


「本当は、三年間通うはずだったんだけどね」

「仕方ありませんよ。次代の貴族が集まる学園で、これだけの問題が起きてしまったのですから」


 最初は行くことすら億劫だったはずの学園だが、実際に通ってみると中々楽しかった。


 ルキナと毎日一緒にいられ、ユースティアという得難い友人と出会い、ミディールたちと少し騒いだ日々。そこに王子とのやり取りを付け加えてもいいだろう。


 振り返れば、楽しい思い出の方が多いような気もする。


「何だかんだ、結構楽しかったなぁ」

「……この後のパーティーが終われば、あとは各自の迎えが来た人から順番にお別れですね」

「うん。まあでも、今生のお別れってわけじゃないから」


 学園史上でも類を見ない事件を経て、王宮の判断は決して間違ってなどいないだろうと思う。


 それでもつい、惜しんでしまう気持ちが隠せないのは、思っていた以上に居心地のいい学園生活だったということだ。


 そう言えば自分は、前世でも学校の卒業式などで泣いてしまうタイプだったなと思い出した。


 それまでは特別、学校が好きだったという訳ではないのに、いざ当日になると寂しい感情がこみ上げてくるのだ。


 今も何となく、そんな心寂しい気持ちがあった。


「……寂しいです」

「ルキナ、たくさん友達出来てたもんね」

「そうですけど、それだけでなくてシズル様とまた離れ離れになることが……とても寂しいです」


 そんな可愛いことを言われてしまうと、つい抱きしめたくなる。しかしここが学園の廊下だと気付いて、その行動に待ったをかけた。

 

 その代わり、そっと手を握ると、ルキナも同じ気持ちだったのかそっと握り返してくれる。その手の温もりを、放したくないと、そう思った。


「あ……」

「お前たちは相変わらず、もう少し人目を気にしたらどうだ?」


 パーティー会場の入り口には、光沢のある黒のドレスを着たユースティアが立っていた。


 同年代よりも様々なところの成長が早い彼女は、まるで現代モデルがコレクションに参加してるように美しい立ち姿をしてた。


 キリッとした視線は他者を寄せ付けない雰囲気を持っているが、シズルは彼女が優しい心を持っていることを知っている。


「ラピスラズリ様、とても綺麗ですね」

「うん。大人っぽいドレスも完璧に着こなしてて、良く似合ってるよ」

「う……ぁ、と。お前たちはそうやって真っすぐ褒めてきて……」


 ルキナと二人で褒めると、彼女は照れたように視線を逸らすのだ。


 さらに褒めてどんどん照れさせようとしていると、彼女はルキナを見て、そしてシズルを見て顔を赤らめながら口を開く。


「お、お前たちも良く似合ってるぞ!」

「ありがとう」

「ありがとうございます!」


 せっかく褒められたので素直にお礼を言うと、ユースティアは少し拗ねた様子で唇を尖らせる。

 

「だから……お前たちはズルいのだ」


 いったい何のことだろうと思ってルキナと二人で首を傾げていると、ユースティアは扉を開く。


「さあ、もうすぐパーティーが始まる。お前たちは今回の主賓の一角だ。堂々とした姿を他の学生たちに見せてくれよ」


 そして開いた扉の先では、すでに集まっていた生徒たちが各々楽しそうに談笑していた。


 しかしそれもシズルたちが入場したことに気付いて、視線が一挙に集まった。

 

 その視線のほとんどが、二人を祝福するような好意的なものだ。シズルは少しだけルキナの手を握る力を強くすると、彼女も同じように力を込めてくれる。


 そうして二人で一緒に会場の中へと入り、そのまま上流クラスの生徒たちが集まる一角へと向かっていった。そこで一度ルキナは友人たちの輪に入り、いつも通り一人になる。


 普段ならこのタイミングでユースティアが近づいて助けてくれるのだが、今回彼女はパーティーの進行役として色々忙しい。その代わりにやってきたのは、憂いを帯びた表情のミディールだ。


「やあシズル……」

「ミディール。ずいぶん痩せたね」

「そうかな? まあ細い男が好きな女子もいるから」


 そう力なく微笑むのは、最初に会った時のような覇気はない。


 ジークハルトから全ての事情を聞いていた彼は、それでもエリーを信じ続けた。そしてその結果は散々たるものであったのだから、仕方ないことだろう。


「君は、これからどうするの?」

「ふ、決まっているさ。僕は王国を守る大将軍の息子だよ。これまでも、そしてこれからもずっと、あの人を守るさ」

「そっか……」


 彼には進むべき道が見えているのか、その瞳は弱いながらもその奥に輝きがある。


 シズルはそんなミディールを見て初めて、彼が強い男だと思った。


 そうして少し談笑をしていると、パーティー会場から音楽が止まる。そして――。


「ほら、ジークハルト様の登場だ。シズル、一つだけ言っておく」

「うん?」

「これから先、ユースティアは辛い道を進むことになる。だけど、どうかそれを受け入れてやって欲しい」


 ミディールの瞳は、友を想う気持ちにあふれていた。だからこそ、そんな真剣な言葉を、シズルは重く受け止める。


「言われなくても、ユースティアは大切な友人だ。だから、彼女が辛い道を進むなら、俺はその手助けを躊躇わない」

「……ああ、ありがとう」


 そして学園生活、最後のパーティーが始まった。

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