第1話 事情
あのあと、正式にエリザベートから話を聞いたシズルは、部屋で頭を抱えていた。
「まさか、王宮が今そんなに荒れてるなんて……」
「まああれだけの出来事が起きたからな。仕方あるまい。別にシズルからすれば悪い話ではないのだから、そんなに悩まなくても良いではないか」
「ヴリトラ……そうは言うけどさ」
ことの発端は、アストラル魔術学園の事件。
表向きはジークハルトが解決した事件だとされているが、当然ながら学校の生徒たちは状況を把握しているし、その裏にいる貴族たちも同様だ。
その結果、貴族間で現体制に反乱の兆しが見えているらしい。
ルキナやユースティアの実家である公爵家は今、それぞれの思惑で動いている。その中には、現国王を退位させる動きまで発展しそうな勢いだそうだ。
「ラピスラズリ公爵家、ローレライ公爵家は反国王派、そして大将軍であり、王国の大剣であるクライトス公爵家は静観……か」
「あのクルクル王女がやってきたのもその辺りが理由らしいな」
「クルクル王女って……あれで宮廷や民の人気は凄いらしいからね。命を狙われてもおかしくない立場だからさ」
もっとも、理由がそれだけでないのは明白だ。
兄であるホムラと同級生であったあの女性――ジュリエット・アストライア王女は学園時代からホムラに懸想していたという。
もとより恋愛事情に疎いホムラはその辺りをずっとスルーしていた。だがしかし、ここにきてジュリエットを守ろうという王宮側の意思と、早く正妻を据えたいエリザベートおよびフォルブレイズ家の思惑が一致した。
それにより、正式に婚姻を結ぶこととなる。
「というか、王宮側はフォルブレイズ家の力が増すのはいいのかな?」
「さてな。まあ、シズルたちなら別に権力を増したからといって反乱をするつもりはないだろう?」
「そりゃそうだけどさ。そんなの偉い人たちにわからないでしょ」
実際、シズルが思うに今のフォルブレイズ家は明らかに権力が増していると思う。
単純に考えれば、長男であるホムラは王女と婚約、そして次男であるシズルは公爵令嬢であるルキナ、そしてユースティアとの婚約。どう考えても力バランスが大きすぎる気がした。
それこそ、フォルブレイズ家が中心となって反乱でも企てれば、そこに四大公爵の二つが後ろ盾になるというようなものだ。さらには王女がこちらにいることで大義名分も十分。
王宮からフォルブレイズ家に付く家もあるだろうし、単純な武力という面で他家を圧倒していることもあり、追従する貴族は後を絶たないはず。
王家からすれば、明らかに危険な家になるということだ。
「その辺りの説明も、明日してくれると言っていたな」
「うん……というかユースティアとも婚約って、大丈夫かなぁ」
「大丈夫?」
「うん、だってユースティアって元々ジークハルト王子の婚約者で、しかも少し違うけど別の女性……エステルに奪われた形だからさ。ルキナとも仲良かったし、内心じゃあんまり良い気をしてないんじゃないかな」
それに、ルキナだっていい気分はしないだろう。彼女と最初に出会った時、側室関係の話は一度出たことがありそのときは好きにして欲しいということだったが、今は当時とはまた事情が違う。
「まあシズルやあの二人がどう思うかは我にはわからなんが、貴族なら側室くらいは当たり前ではないのか?」
「いや、それはそうなんだけどね」
実際、フォルブレイズ家だってそうなのだし、他の貴族だって側室の一人や二人くらいは当然いる。だからこれは本人たちの意思次第だ。
「というか、うちはちょっと特殊だからさ」
「うん?」
「俺の母上は、元々父上とは違う婚約者がいたんだよね」
「ほう……その話、詳しく」
興味津々で自身のベッドから身を乗り出してくるヴリトラに苦笑しつつ、シズルは父たちの馴れ初めを語り始める。
元々、イリーナとエリザベートは親友同士だった。しかし当時のイリーナは婚約者に酷い裏切りに合い、婚約破棄を言い渡される。
一度婚約破棄を言い渡された貴族子女は貴族社会で傷物扱いされ、次の婚約が上手くいくことは滅多にない。修道女か酷い貴族の側室か、その未来がしかないのが通例だった。
それに激怒したエリザベートは、その婚約者を貴族社会的に戻れなくなるくらい叩きのめし、そしてイリーナを自身の婚約者であるグレンの元へと連れてくる。
そしてグレンの婚約者自ら、側室を連れて来るという破天荒な逸話を残しながら、こうして今のフォルブレイズ家が出来上がったという話だ。
「なんというか、エリザベート殿は男前過ぎるな……」
「うん。だいたい貴族の中で正妻と側室って、あんまり仲が良くないんだけど、うちは異常に仲が良好だからね」
実際、普通の家では家庭内で派閥があるのが普通だ。シズルとホムラみたいに仲のいい異母兄弟の方が珍しい。
それは単純に、第一夫人は家同士の繋がりを作るための婚約が多く、そして第二夫人以降は恋愛結婚が多いから。
もちろん家を継ぐのは第一夫人の子が優先されるが、しかし貴族とはいえ当主も愛した人との子どもを後継ぎにしたいと思うのは自然な流れだろう。
「まあ、普通はそれで夫人同士が仲たがいをして、家の中でも派閥が出来るんだけどね。うちの場合、義母上が母上を連れてきたうえに、親友と公言してるせいで派閥とは無縁な感じだね」
だからか、先ほどの会話でもエリザベートは側室を入れることに対して抵抗がないし、イリーナもそうなのだろう。
困惑しているのはシズルやルキナだけ。
「まあ、その辺りももう少し詳しく聞きたいところだけどね」
「シズルはユースティア嬢を迎え入れることは反対なのか?」
「……わかんないや。ユースティアのことは友人だと思っているけど、恋愛感情はないと思うし。ただ、ルキナが泣くなら絶対に反対するかな」
「そうか……我にはわからない感覚であるが、シズルが決めたことには反対はしないぞ」
「うん。ありがとうヴリトラ」
普通に強い魔物と戦えと言われたら、迷いなく戦いに行く自信がある。だがしかし、今はいつも以上に逃げ出したい気分だった。
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