第10話 ミディールの実力
「いくぞ!」
一気に飛び出してきたミディールは、最短距離を駆けるように接近してくる。
その速度はお世辞にも速いとは言えず、しかし意外なことに無駄の少ない動きだ。どうやら彼自身はともかく、その教育者は中々の腕前らしい。
「喰らえぇぇ!」
「いや流石にこんな真正面の剣は喰らわないよ」
ミディールによって振り下ろされた剣を、シズルは己の手に持った剣を軽く添える。
そして彼の剣速に合わせてそっと横にずらすと、その場から一歩も動いていないにもかかわらずミディールの剣は横に逸れる事になった。
「なっ!?」
「まあ、こんなもんだよなぁ」
初撃を外したことに驚いた様子のミディールはあまりにも隙だらけだ。この瞬間に三度は叩きのめせると思うと、シズルは少しだけ期待外れなことに対して残念に思う。
「ま、まぐれが決まったからって調子に乗るな!」
ミディールは焦ったように声を上げながら、剣を斬り上げた。重力に逆らうような動きが人にとって有用なはずがなく、シズルはそれを一歩横にずれるだけで躱す。
あえて紙一重で避けたのだが、それをあと一歩だと思ったのだろうか。ミディールは意地の悪い笑みを濃くする。
「どうしたどうした! 避けてばかりだなぁ!」
ミディールは歓喜の声を上げながら、一気に攻め立てる。どうやら自分のペースを掴んだと思っているのか、連続で剣を振り続けてきた。とはいえ、最初の動きに比べて感情的になった今の動きは非常に荒い。
この程度、今のシズルなら目を閉じていても当たらないだろう。
「うおっ! 流石クライトス公爵家の……すっげぇ」
「はぁ……素敵ぃ」
「お、お、おっ!? っとぉ……フォルブレイズ様も良く避けてるけど、このままじゃジリ貧だな」
「神童なんていうけど、こんなものなのかしら?」
とはいえそれはシズルから見た時の話。どうやら周囲の観客たちはミディールの技量に驚いているのか、ときおり感嘆の声や悲鳴が上がる。
端から見れば、ミディールに圧倒されているシズル、という図のようだ。
シズルとミディールの実際の実力差に気付いてるのなど、本人を除けば極々一部の者だけだ。
「……ありえん」
そしてそのうちの一人、ユースティアはシズルの動きを見て驚きを隠せなかった。
「なんという無駄のない動き……ミディールは決して弱くない。弱くないはずだが……」
ミディールがいくら果敢に攻めても、まるで堅牢な壁のように、もしくは揺れる風のようにシズルには通用しない。
大将軍の息子というだけあって、幼少時から鍛錬を重ねてきたミディール。
軽薄な男であるが、そこに手を抜いてきたことがない事は幼馴染である彼女も知っていた。
才能だって他の兄弟たちに負けていない。努力もしている。そんな男が弱いはずがないのだ。
実際、それなりに実家で剣術を学んできたユースティアでも、剣術という分野でミディールに勝つことなど不可能だろう。
同年代で勝てるとしたら、隣に立つジークハルトくらいなものだ。
そんな彼を、シズルは圧倒している。
王子の婚約者として王都で生活し、多くの騎士や戦士たちを見てきたユースティアだが、その誰よりもシズルの動きは美しかった。
「ふふふ、素晴らしい」
「ジークハルト様?」
隣に立つ婚約者が、嬉しそうに笑いながらその光景を見ている。
「動きの一つ一つが恐ろしいほどに洗練されている。あれはなユースティア、才能ではなく努力で身に着けた技術なのだよ」
「努力? お言葉ですがジークハルト様、我々の年齢であそこまでの技量を身に着けることなど、才能無くして出来るはずが……」
「それだけの死闘を繰り返してきたということだろうさ。人は己の命を賭けて戦う時こそ一番輝き、そして強くなれるのだから」
「命を賭けて……」
ユースティアにはその言葉の真意が分からなかった。貴族の子どもが命を賭けて戦う場面など、それこそ戦争でもない限りあり得ない。
そもそも、自分たち貴族のやるべきことは戦うことではないはずだ。領地を富ませ、領民の生活を守ることこそ貴族の義務。戦いになった時点で、貴族として失格だとさえ思う。
だがどうしてだろう。シズルの動きを見ていると、目が離せなくなる。
シズルの動きには、これまでの彼の壮絶な人生が詰まっている。そのように思えてくるのだ。
「お前はいったい……どんな人生を歩んできた?」
シズルから伝わってくるその人生は、ユースティアは想像すら出来なかった。
それから少しして、息を切らしたミディールが大きな隙を作る。と同時に遠目からでも見えないほどの動きで剣を弾いたシズルは、そのままミディールの首筋に剣を突き付ける。
決着だ。もちろん、シズルの勝利で。
「……シズル・フォルブレイズか」
その様子を一部始終見たユースティアは思う。
シズルは噂だけの存在ではなかった。むしろ噂以上。彼を味方に出来るかどうか、それこそがこの先に待つ戦いにおいて重要なカギとなるだろう。
そして絶対に敵対してはならない。もし敵対した時、その時はいっそ――
「ユースティア、そんなに怯える必要はない」
「っ――ジークハルト様、しかし……」
「人の身では自然には勝てない。ましてや神になど勝てるはずがない。だがそもそも、自然も神も人と敵対する必要などないのだ。なぜなら彼らにとって人とは、あまりにも矮小で視界にも入らないものだからね」
「それは、フォルブレイズの事を言っているのですか?」
ユースティアの言葉にジークハルトは満足げに頷く。
「人はただ、その怒りに触れないように時が過ぎるのを待てばいい。それだけが人が神に対抗する手段なのだから」
そう言うとジークハルトはその場から離れる。
神と喩えられた少年。
それでは逆に、彼の怒りを触れてしまったとき一体どうなってしまうのか。
「人は、神の怒りに触れてはいけない……か」
その言葉が妙に胸に残り、ユースティアはシズルを見て不安に思わずにはいられなかった。
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