第11話 決着
「ば、馬鹿な……この僕が、こんな、こんなことって……」
自分が想定した未来とはまったく違う光景に、ミディールは狼狽したように声を零す。
そんな彼に剣を突き付けたまま、シズルは笑顔を見せる。
「俺の勝ち、って事で良いですよね?」
「くっ――」
大将軍の剣、というワードに心躍ったシズルであるが、実際は想像以上に期待外れであった。
確かに基礎についてはしっかり鍛えられていたようだが、明らかに実戦を知らない動き。
周囲の生徒たちが学んできたと思われる王宮剣術よりはマシだと思うものの、残念ながらこの程度では今の自分には触れることすら出来ないだろう。
周囲をパッと見た限り、ミディールの実力は上位に入る。それでこれなのだから、残念ながらシズルの期待に応えられる者は少なそうだ。
とはいえ、これが当たり前なのかもしれないと思い直す。
シズルは幼い頃からいずれ来る実戦を想定して鍛錬を続けてきた。実際に森で魔物を倒し、死闘すら経験してきた。
実家の権力に守られ、安全な所で安全に学んできた剣が通用するはずもなかったのだ。
「とりあえず、これで満足してください」
そう言ってシズルは剣を下ろす。その瞬間、ミディールは視線を鋭くさせて剣を振り被った。
「まだだ! 僕はまだ負けを認めてなんかっ――」
「その程度の動きじゃ無理ですよ」
「えっ……?」
だがそんな彼の行動を見てから動いたシズルは、その剣を弾き飛ばしてそのままミディールの首を掴むと、怪我をしないように手加減をしながら地面に叩き付ける。
そして手に持った剣を目の前に突き付け、再び笑顔を見せた。
「降参しますよね?」
「くっ……こ、降参だ」
ミディールからその言質を取ったシズルはその手を放して立ち上がる。
今度は流石に襲い掛かる気力もないらしく、ミディールは震える足で立ち上がると、そのまま気まずそうに立ち去った。
「ふう……ってあれ?」
周囲を見ると、観戦していた生徒たちが呆気に取られたような顔をしている。さて、自分はそんなに変な事をしただろうか、と思っていると――
「うおおぉ、すげぇぇぇ!」
「いやちょっとというかなにあれ!? 動き全然見えなかったんだけど!?」
「か、格好良すぎです! え、え、え、本当に凄い! フォルブレイズ様凄いです!」
男女問わず、爆発するような歓声が鍛錬場に響き渡る。
「うわ!? き、急に何!?」
一気に上がった歓声に押されて、シズルは一歩後ずさりしてしまった。しかし彼らの声は留まる事を知らず、次々と伝播していくように広がっていく。
「え、ええぇ……」
どうやら先ほどの戦いを見て感動している、ということは理解したシズルだが、彼からしたらあの程度は当たり前のことだ。
例えばだが、この場にホムラやローザリンデがいたとしても同様のこと、片手間でも出来ただろう。シズルとしても、本気など欠片も出していないレベル。
だがどうやら大多数の生徒たちからすれば違ったらしい。まるで王国が主催する魔術大会の決勝戦で白熱した戦いを見たような、そんな雰囲気すら出してシズルを称賛し続ける。
この辺りに自分と生徒の間でずいぶんなギャップがあるなと感じ、シズルは頬を引き攣らせた。
――これは、学園にいる間は本気で戦えないな。
シズルの実力を知っている者からすれば、当たり前だ! と声を荒げられるようなことを考えていると、生徒たちは先ほどの戦いに触発されたのかそれぞれ剣術の授業を再開し始める。
その熱量は最初のときとは打って変わり、みんな気合いが入っているようにも見えた。
「いやそれはいいんだけど……俺の相手は?」
ミディールは去っていき、気付けばいつの間にかまた一人になっていたシズルは、困ったように周囲を見渡す。
だが彼らはもう自分の事で精いっぱいなのかこちらを見てはいなかった。このままでは最初の懸念通り、二人一組を作れないボッチ確定である。
「フォルブレイズ」
「ん? あ、ラピスラズリ嬢」
「先ほどは見事だった。驚いたよ、あれほどの剣を見たのは初めてだ」
最初に出会った頃と打って変わり、ユースティアの声はずいぶんと柔らかい。だがそれとは別に緊張しているような雰囲気も感じる。
「またまた、公爵家に行けばあれくらい出来る騎士なんて山ほどいるでしょう?」
「……冗談なのか、本気で言っているのか判断に困るような事を言うなお前は」
ユースティアは少し困ったような顔で頬を引き攣らせる。
「まあいい。フォルブレイズ、今更なんだが私の相手を務めてくれないか? このままでは相手がいないまま授業が終わってしまいそうなんだ」
「っ――もちろんですよ!」
ユースティアほどの者なら少し声をかければすぐに相手など見つかるはずなのに、わざわざ困っている自分に声をかけてくれるのだから、やはり彼女は優しい人だと思った。
「と言っても、私の実力では打ち合いなど出来そうにないがな」
自嘲気味に言うユースティアにどうしたものかと考えていると、いいアイデアが思いついた。
「だったら俺は反撃しないので、打ち込んできてください」
「む、だがそれでは万が一当たってしまったら……」
「大丈夫ですよ! 万が一程度じゃ当たりませんから!」
「そ、そうか……」
あまりにも自信満々にそう言われてしまい、ユースティアはそれ以上何も言えなかった。
シズルの実力を見ていなければ怒鳴りつけていたかもしれないほど舐めた態度であるが、あれほどの力を持っているのであればそう言われても仕方がないだろう。
ユースティア自身、自分の実力程度は把握している。そのうえで判断すると、シズルの言い分は決して間違いではないのだ。
「では胸を借りるつもりで挑ませてもらおうか!」
「はい!」
それからしばらく、シズルはユースティアの攻撃をひたすら捌く作業を続けていた。
そうこうしている内に授業の時間も残りわずかとなり、息を荒げたユースティアは、息一つ乱していないシズルを見て驚愕を隠せない。
「ハアッ、ハァッ……ハァァ……お、お前は化物か?」
「そこまで言われると流石にへこむんですが」
「へこむのは、ハァ、ハァ……むしろこちらの方だ……せめて、息くらいは乱して欲しい。とても同じ人間とは、思えんぞ!」
「そこはほら、鍛えてますから」
剣を杖にして息も絶え絶えなユースティアを見て微笑みながら答えて剣を仕舞う。時間的にも、これくらいで十分だろうと言う判断だ。
「きゃあっ!」
「ん?」
不意に、背後から女性の悲鳴が聞こえてきた。振り向くと、そこには入学式の日に見た、水色の髪の少女が尻餅を付いていた。
「ん? んんん?」
「どうしたフォルブレイズ。ずいぶんと変な顔をしているが」
「いやですね。あの子なんですけど……」
シズルの視線の先の少女は照れた様子で対峙した男子生徒に手を引かれ立ち上がる。どうやらあの男子生徒を相方として剣術の授業を行っていたらしい。
周囲の女子生徒に比べてもずいぶんと可愛らしい雰囲気を纏っているせいか、相方を務めている男子生徒の表情は緩みっぱなしだ。
同じ男として、何を考えているのか丸わかりの態度である。
ただし、シズルが気になっているのは男子生徒の方ではない。
「あれは一般クラスの者だな? どうかしたのか?」
「あの子の立ち振る舞いは……いや、何でもないです」
シズルはあの女子生徒を初めて見た時、その立ち振る舞いはローザリンデに匹敵、もしくはそれ以上かもしれないと判断した。間違ってもあの程度の男子に尻餅を付かされるようなか弱い女子ではない。
そんな彼女がどういった理由で弱い振りをしているのか気になったが、人にはそれぞれ理由があるのだろう。
ユースティアが悪い人間でないことは理解しているが、彼女には第二王子の婚約者としての立場がある。
あの女子生徒ほどの実力があり、将来性もあるのであればまた王子の事を考えて暴走するかもしれない。
流石にそれは女子生徒にも、そしてユースティアにも良い事はないだろう。だからこそ、シズルはあえて彼女の実力について触れることはなかった。
ただ――
「どうにもきな臭いんだよなぁ」
あの女子に手を握られ、男子の方は鼻の下を伸ばしてデレデレとしている。
二人の妙に近い距離感を見ながら、シズルはどうしても最初に見た彼女の印象からかけ離れているような気がして仕方がなかった。
「まあ考えても仕方ないか」
授業が終わりの時間を迎えたので、ユースティアの剣を預かったシズルはそのまま女子生徒に背を向ける。
そんなシズルの背中をじっと見ている視線に気づきながら――
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