第21話 懸念

 いつもと違い興奮しているローザリンデとマールは一端置いておくとして、シズルはギルドで報告に行ったホムラから状況の確認をしようと思う。


「それで、どうでした?」

「ん、まあとりあえず俺らに預けるってよ」

「え、それだけ?」


 あのヘルメスの大迷宮から出てきた少年に対する対応として、ずいぶんと甘い気がする。


 とはいえ、少し考えてそれも仕方がないのかもしれない。なにせ、あの大迷宮の危険性は、自分たちを除いた現状の戦力では到底対応出来ないレベルだと判明してしまったからだ。


「どこまで話したんですか?」

「もちろん、ゴーレムがくっついたところも含めて全部だ」


 あのゴーレムの危険性は、はっきり言って国家戦力が必要なものだった。それこそ冒険者で言えばS級、そして王国の戦力で言えば英雄級の力が必要だと言えるだろう。


 シズルとてこの広い世界でまだまだ最強を名乗れるほどではないと思っているが、それでもこの街にいる誰よりも強い自負があった。


 ホムラもローザリンデも強いが、それでも全力で戦えば負けはしない。なにより最大攻撃力という点では最強クラスである。


 だからこそあの巨大ゴーレムも破壊できたし、それ以前のゴーレムたちが集まった部屋も切り抜けることが出来たのだ。


「この街の冒険者たちはどうすると?」

「とりあえず、すでに開拓された部分に限ってだが、魔物の数を減らすために入れるってよ」

「つまり、俺らの役割は引き続き変わらず、ダンジョンの攻略ということですね」

「おう。そういうこった」


 冒険者にとって危険を乗り越えてダンジョンに挑むことは、自己責任。ダンジョンには古にお宝も残っていることが多く、一獲千金を狙ってその指示を無視する者もいるだろう。


 中にはギルドの判断を、ダンジョンの宝を独り占めするための策略だ、などと喚く者もあらわれるかもしれない。


 だがそれでも、ギルドとしても危険とわかってるダンジョンにむざむざ実力不足の者を送り込む判断をすることはないのだろう。


 この辺り、完全に冒険者の自由だと言い張るギルドよりもよほど信用できる。


「といっても、良く信じてくれましたね?」

「まあ、最初は疑ってきたし、渋々って感じだな。とりあえず応援に呼んでいる冒険者たちが着いたら、そいつらもダンジョンに挑みながら情報を収集していくってよ」

「そうですか」


 A級冒険者であるローザリンデ、そして侯爵子息のホムラの言い分は、ギルドとしても無視できないものだったのだろう。


 いくら荒唐無稽な話であっても、これを無視してギルドで被害が出れば、今度は侯爵家から色々と問題視されかねない事態にもなる。


 そういう意味では、この二人が説明に行ったのは間違いではなかったと思う。


「それじゃあ俺たちは引き続き、ダンジョンに潜ってもいいんですよね?」

「ああ、とりあえず次に潜ったらあの小部屋の調査。んでその後は階段を下りて下の階層だな」

「了解です。あのときはアポロに気を取られて全然調べられませんでしたが、あの部屋にある書類関係もだいぶ貴重品ですからね。実は結構楽しみなんですよね」


 とはいえ、すでに一度は攻略している場所だ。今後はギルドの選んだ調査員たちも入り込むだろうし、せっかくの貴重な資料であるが、自分が調べる時間はそんなになさそうである。


 このダンジョンが発見される前から、シズルはヘルメス・トリスメギスについては調べたことがある。


 というのも、母であるイリーナを救うために、あらゆる魔術的な文献を読んだからだ。


 シズルは魔術だけでなく、呪術、そして錬金術についても散々読み漁った。当然、歴史上最高の錬金術師と呼ばれるヘルメスに関しては、他の錬金術師よりもずっと多く調べたものである。


「黄金錬成、賢者の石、そしてホムンクルス。誰もが不可能だと言う錬金術の秘奥に、もっとも近づいた存在。その禁忌に辿り着く可能性から、王国に追われた希代の天才」


 最終的には当時の魔族領である、この辺りに逃げ込んで行方不明になったという話だったが、それも正しかったというわけだ。


「そういやよ、なんであのゴーレムたちはアポロを守ってたんだ?」

「そんなの本人に聞かないとわからないですけど……本人は覚えてないの一点張りですからね」


 シズルはアポロを見る。


 今はイリスと一緒に街の外を眺めている不思議な少年は、こちらの質問には答えてくれないのだ。


 とりあえず敵意がないのは間違いないし、あのような幼い少年を締め上げて無理やり吐かせるわけにもいかず、とりあえずここまで連れて帰ってきたが、正直このあとどうするべきか悩むところである。


「正直、ギルドが身柄を寄越せって言わなくてホッとしました」

「ああ、そう言ったら俺らが敵に回るのもよくわかってたっぽいからな」

「兄上がそう言ってくれて助かりますよ」

「当たり前だろ? 大の大人があんなガキを追求するとか、最高にだせぇじゃねえか」


 そうは言うものの、普通の大人であればそのダサいことをしてでも情報を得たいと思うものだ。


 なにせヘルメスの大迷宮は今、あまりにも危険すぎる。


 もちろん宝の山である可能性もあるのだが、それ以上に中にいる魔物のしても、ゴーレムにしても、普通のダンジョンよりはるかに強い。


 あれが溢れてダンジョンから飛び出し、流れ込んでくれば、この街の戦力ではまともな抵抗も出来ないのだから。


「とりあえず、そうならないように俺らが頑張るしかないですね」

「ま、目的もやることも変わらねえんだ。しっかりダンジョン攻略してやろうぜ」

「ええ、むしろ邪魔な人たちが入ってこられないのは、こっちとしても都合がいいですし」

「俺はもっと競争相手がいても、熱くていいんだけどな!」


 そう言われると、自分が少しずるい考え方をしている気がして、なんとも言えなくなる。そしてもう一つ、懸念事項が出来てしまった。


 普通はダンジョンのお宝は早い者順である。それを先に入った自分たちが流した情報によって規制されるとなると、面白く思わない者たちもいるだろう。


 もしかしたら、今後はそういう者たちとのいざこざも起きるかもしれない。


 そうなったとき、この兄を止められるだろうかと、少し不安に思うシズルであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る