第31話 当たり前の話
翌日。
いつものラウンジで作戦会議を行っていたシズルとユースティアだが、そこにエリーが加わり三人で話し合いを進めることになった。
「とりあえず、あの女が変な術を使ってるのは間違いないわ!」
そう確信的なことを言うエリーだが、少なくともシズルの見た限り、ミディールが術によって我を忘れているようには見えない。
あの瞬間、彼は間違いなく正常だった。ただ、何かに縛られているようにも見えたが。
「なんでそう思うの?」
「ミディールはねぇ、浮気はするけど、絶対に私のことを一番に考えてくれてるの! だからあの時、あの女が二人いる状態であっち側に立ってたなんて、普通だったら考えられないのよ!」
「……」
「……」
シズルとユースティアは二人揃って黙り込んでしまう。
そもそも、浮気すること自体に問題があると思っているシズルからすれば、エリーの言い分はどうにも理解しがたいものだった。
そしてユースティアにしても、エリーがいるにもかかわらず他の女のところにいるミディールが、今も彼女を一番だとは言い難いだろう。
それを言ってしまえばエリーが泣いてしまうかもしれないから、言えないが。
「何よその目は! とにかく、あの時のミディールはおかしかったの! 絶対! これ絶対なんだから!」
「わ、わかったわかった。それじゃあ一度落ち着いて話を進めよう」
興奮するエリーを大人しくさせて、シズルはこれまでの状況を振り返る。
「まず、最初は普通科クラスだけだったんだよね?」
「ああ、そうだな。これまで調べた結果、一番最初にノウゲートに落とされたのはそこの男爵子息だったらしい。そしてそもそも、そいつは別に誰かと婚約をしていたわけではないから、周りも男爵同士良いカップルだと思ったくらいだという話だ」
「……まあ、学園にはそもそも貴族同士の出会いや、そうした婚約者探しの側面もあるし、別に構わないんだろうけど」
「うむ。だがしかし、そこから少しずつ彼女の周りは可笑しくなってくる」
最初は一人の男子生徒と仲良くしていただけだったエステルは、いつの間にか他の男子とも仲良くなり始めた。
その男も男爵子息で、しかも次男であったため家督を継ぐ予定もなく、そして婚約者もいない。
そうして彼女の周りには少しずつ、下級貴族の男子生徒が集まるようになる。そうなると、他の女子たちからはあまりいい顔をされないだろう。
その結果、最初は婚約者のいる男子生徒たちは、自分の婚約者に睨まれるのを恐れて彼女に近づかなかったらしい。
しかしそれもわずかな時間で覆る。
一人、そしてまた一人とまるで信望者のように、婚約者がいるにもかかわらず、エステルの下へ集まっていくようになった。
「ちょっと待って、ってことは男子の一部も最初は警戒してたんだ」
「ああ。実際に婚約者を奪われたという女子生徒が言うにはそうらしい。だが接触を断とうにも授業は続く。エステルは剣技の授業を取っていたからな。ほとんどの女子生徒は取らないそこは、奴にとって絶好の狩場だったのかもしれない」
実際、剣技の授業中は婚約者の目がなく、男子たちも緩んでいたのだろう。もしくは、秘密の恋に憧れを抱いたか。
どちらにしても、これを偶然と取るには状況証拠が揃い過ぎている。意図的にエステルは男子生徒たちを狙っていたのだろう。
そして、一気にクラス中の男子生徒を操らなかったところを考えるに――。
「ノウゲート嬢は、なんらかの条件を満たせば男を操れる?」
「と、考えるのが妥当だろうな。そしておそらく、何かを達成するごとにその力は強くなる」
「……ミディールとか、他の上級クラスの人間に手を出さなかったのは、そういった側面もあったのかな?」
だとすると、状況はかなり不味い。少なくとも今のエステルは、ミディールのような人間ですら自分側に引き入れられるようになったということなのだから。
彼は公爵家の人間だ。それは権力が高いだけでなく、魔力量も国内トップクラスのはず。それでも落ちたということは、ほとんどの男子生徒はもう抵抗出来ないだろう。
「っとちょっと待って。よくよく考えたら、まだ一般クラスの男子も操られてない人は結構いるんだよね?」
「む、そういえばそうだな。ということは、操れる条件もまた何かがあるということか」
少なくとも、婚約者のいる男子生徒の中で婚約破棄までしていない生徒は多数いるのだ。それを考えれば、ユースティアの言葉のとおり条件か何かが存在するはず。
それさえ見つければ、今の状況を好転させることができるかもしれない。
「話は分かったわ! そしたら私は、上流クラスの女子たちを集めて、自分の婚約者をあのクソ女に近づけないようにまとめ上げてあげる!」
「ああ、頼んだぞエリー。そしてシズル」
「うん?」
意気揚々と立ち上がるエリーに対して、冷静なユースティアは真っすぐこちらを見る。
「お前ももうあの女に近づくな。状況を考えれば、ノウゲートが男をどうにかできるのは明白。それがどのような条件か判明するまでは、お前といえど危険だ」
「うーん……」
正直言えば、シズルは自分は大丈夫だと思っていた。
というのも、あのエステルという少女を見るたびに、敵としか思えないのだ。少なくとも、これから彼女に対して好意を抱くことがあるとは、とても思えなかった。
だがそれもあくまで自分主観の考えだ。たとえヴリトラがいるとはいえ、未知の能力に対応できるとは限らない。
「頼む。万が一お前が敵に回れば、我々にはもう為す術がないのだ」
だから、ユースティアの考えはよくわかった。
シズル自身、実際にやるつもりはないが、学園中が敵に回ったとしても一人で勝つ自信があるのだ。
そんな男が敵に回る可能性がある。それだけで彼女にとっては恐ろしいことだろう。
「……そうだね。わかったよ」
「ああ、済まない」
「でもユースティア、君も気を付けてね。俺は友人の君が何か危害を加えられたら、我慢できる自信はないから」
「ああ、心配してくれてありがとう」
そう言うと、ユースティアは一瞬驚いた顔をした後、優しく微笑んだ。その笑顔は魅力的で、つい視線が固定されてします。その瞬間――。
「なにアンタたち見つめ合って? もしかして……二人とも婚約者がいるクセにできちゃってるわけ?」
自分たちを見ていたエリーが爆弾発言を繰り出した。
「なぁ⁉ え、えええエリー! お前何ということを言うのだ! わ、わわ私はジークハルト様の婚約者だぞ! そんな不貞を行うはずがないだろ!」
「ちょ、ちょっとした冗談じゃない! そんなに早口になって、しかも動揺してたら余計に怪しいわよ!」
「あ、怪しくなんてない! もちろんシズルのことは好ましく思っているが、それは友人としてだ! そもそも、私がジークハルト様を裏切るわけがないだろう!」
「あ、あわわ……ちょ、ちょっと待って……ゆ、揺らし過ぎぃぃぃぃ!」
その発言にユースティアは一瞬固まった後、慌てたようにエリーの肩を掴んで揺らし始める。
確かにあの状況はそう勘違いしてもおかしくないが、だからといって自分たちのことを知っているエリーからは言って欲しくない言葉であった。
二人でしばらくじゃれ合っている姿を見て、自分が入る隙が中々ない。
そうして男一人で待っていると、どうやら二人の間で誤解はちゃんと解けたらしい。満足に頷くユースティアと、目を回しているエリーが対照的だ。
「ところで、俺もルキナのことを大切に思ってるから、あんまりそんなことを言わないで欲しいかな」
「あー、そう言えばアンタはそんな感じだったわね。まったく、ミディールにも爪の垢を飲ませてやりたいくらいだわ」
そもそもユースティアの発言通り、彼女はジークハルトのことを本当に大切に思っている。
そこにどんな感情が含まれているのかは分からないが、それだけは間違いない。
「まあでも、そう言うアンタが婚約者で、ルキナが羨ましいわ」
「そうだな。私もジークハルト様のことは敬愛しているが、お前たちのように想い合えているかといえば……いや、これは言うべきではないな」
二人して自分のことをそんな風に見てくれていることに、少し照れてしまう。
そもそもシズルの倫理観的には、浮気がオールオッケーな状況の方が問題だと思うのだが、それはこの貴族世界ではあまり通用しないらしい。
「とりあえず、しばらくアンタは大人しくしながら、あのクソ女には近づかないように! 情報収集は私たちでやるから!」
「そうだな。それがいい」
「ちょっと待った」
二人の発言には一つだけ問題があった。自分の言葉が止められて、エリーが少しだけ不機嫌そうな顔をする。
「あによ?」
「俺がノウゲート嬢に近づかないのは問題ないけど、二人が彼女に近づくのも危険だ」
「なぜだ? 少なくとも今のところ、ノウゲートが女をどうこうしたという記録はないが?」
ユースティアも疑問があるらしく、そう尋ねてくる。それに対してシズルは、つい先日のことを思い出す。
「前はわからないけど、今のノウゲート嬢はかなり危険だよ。昨日エリーがミディールを刺そうとしたとき――」
「ちょ、それはあんまり言わないで!」
顔を紅くして声を上げるエリーに、昨日のことを気にしていることがよくわかる。
「あ、ごめん。だけど重要なことだから……昨日のノウゲート嬢、間違いなく俺が止めなかったらエリーのことを刺そうとしてたよ」
「だから?」
「え?」
そんなことか、とエリーは腕を組んで視線を鋭くする。
「こっちも刺そうとしたのよ。いいフォルブレイズ? 女はね、男を奪うためなら何でもするし、守るためなら相手を倒す。そんなことはね、当たり前の話なのよ」
「……」
堂々と言い切るエリーはどこまでも男前だ。
そうして女の子って怖いなぁと思いつつユースティアを見ると、彼女は首を横に振って自分は違うと言いたそうなのが印象的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます