第13話 親子
グレンに連れられたシズルが応接間に行くと、すでにホムラが苛立った様子でソファに座っていた。
「よう」
「兄上……」
ホムラはグレンを一瞥して一瞬目を見開くが、しかし声は上げずにじっと見つめる。
どうやら自分と違って事情を先に聞いていたらしく、普段の荒々しい様子とは違い大人しい様子だ。
「おいおいお前ら、そんな辛気臭い顔してんじゃねえよ」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「まったくだぜ」
片腕を無くし、片目もない状態でありながらグレンの様子はいつもと変わらない。むしろ存在感という意味では、今まで以上にも感じる。
「よっと。おいシズル、お前も座っていいぞ」
グレンとホムラは向かい合うように座り、促されるままにシズルはホムラの隣に座る。
こうして改めて見ると、やはり酷い傷だ。止血は完全に終わっているとはいえ、さすがに見せられる状況ではないのだろう。
女性陣を遠ざけたのは良い判断だったと思う。
「さて、どこから話したもんかね」
「細かいことはどうでもいい。親父をそんな身体にしたやつを教えやがれ」
「聞いてどうする?」
「もちろん、ぶっ潰す!」
血の気の多いフォルブレイズ家の中でも、ホムラはその遺伝子をより濃く受け継いでいる。
今にも飛び出して行きそうな雰囲気すらあり、シズルはそれを見て逆に冷静さを取り戻しかけていた。
だからと言って父をこんな風にした敵を、シズルは許す気など欠片もないが。
そんなシズルたちの視線を一身に受けたグレンは少しだけ嬉しそうに笑う。
普段はあまり子供らしくない二人がこうして己のことで感情的になることが親として嬉しかったのだ。
「まあ、事の発端は王都での出来事なわけだが……」
そう言ってグレンが語りだした内容は、シズルにとっても信じがたいことだった。
――一緒に王都に来て欲しい。
そう言ってグレンを連れて行った勇者クレスによる、突然の謀反。
国王を狙ったその凶刃は、しかしグレンによって阻まれることになる。
そしてその代償として――英雄は片腕と片目を無くすことになった。
「かかか、まあさすがに年なうえにブランクも長いしな。未だに最前線で戦ってるあいつ相手に時間稼ぎが精いっぱいだったぜ」
「笑いごとじゃねぇだろ!」
「ですね」
まるで腕を失ったというのに気にした様子の見られないグレンに、シズルたちは若干苛立ちを感じる。
「……それで、結局理由は何だったんですか?」
「さぁてな。王国は昔っから真っ黒だし、あいつにはちょっとしんどかったのかもしれねぇな」
少し遠い目をしながら語るグレンの姿は、まるでクレスを庇うような言い方だ。
それがシズルとグレンには理解出来ない。
敵は叩き潰すというのが、彼らの信条だからだ。
「ま、あいつがどういう目的だったのか分からねぇが、結局逃げられちまったからな。そのうちまた来るだろ」
「逃げられたんですか?」
「おお。不意打ちで国王を斬ろうとしてたみたいだが、間に合わなくてな。まあ俺が邪魔しまくったからだが」
少し自慢げなのはきっと、クレスという男の実力を誰よりも知っているからだろう。
「んで、どこに行ったんだよ?」
「魔族領」
「ふぅん」
それだけ言うと、ホムラは立ち上がる。もう聞きたい情報は聞いたと、そういう態度だ。
「おいホムラ、どこ行くつもりだ?」
「もちろん、落とし前を付けさせてやりに行くんだよ」
それはつまり、魔族領まで行ってクレスを倒しに行くということ。しかしそれは、あまりにも無謀である。
「待ってください兄上」
「あぁん?」
「俺も行きます」
一人で無謀なら、二人で行けばいい。
簡単な話だとシズルは立ち上がった。
「はぁ……なんつーか、俺の息子らしいというか、フォルブレイズ家の男らしいというか……まあ喜ばしいことだが、とにかく座れ二人とも」
呆れた様子でこちらを見る父と一瞬睨み合うが、別に言い争うつもりもないので大人しく座る。
どうせ、結果は変わらないのだから。
「いいかお前ら。クレスは光の大精霊と契約して、間違いなく今この世界で一番強い男だ。お前たちが二人がかりで戦っても勝てやしねぇよ」
「関係ねぇな。親父がやられたんだ」
「その通りです。このままだとフォルブレイズ家が舐められっぱなしじゃないですか」
「なんつーか……お前ら本当に似てやがるなぁ」
呆れた様子でありながら少しだけ嬉しそうなのは、気のせいだろうか?
「まあとにかく一度落ち着け。そもそもお前らにはやってもらわないといけないことがあるからな」
そういうとグレンは懐から一本の短刀を取り出す。
それにはフォルブレイズの家紋が刻まれており、それをテーブルの上に置く。
「フォルブレイズ家当主の証だ。こいつをホムラ、お前にやる」
「……なに?」
「正式に発表するのはまだこれからだが、今日からお前が実質的な当主だ」
「っ――」
その言葉を聞いたホムラが驚いたように目を見開く。
そして驚いたのはシズルも同様だ。なにせ怪我をしているとはいえ、グレンはまだ健在。だというのに当主の座を明け渡すというのは……。
「フォルブレイズ家はアストライア王国にとって強さの象徴。だからこそ、これまで国の命令に従わずにいても許されたが、当主がこうなっちゃな」
グレンは少しだけ寂しそうにそう呟き、そしてホムラを見る。
「お前はスザクにも認められている。いずれ全盛期の俺よりも強くなるだろう。だから、もうお前に任せても大丈夫だと確信している」
「親父……」
「まあちょっと早いが、楽隠居させてもらうことにするぜ。そんでシズル」
「……はい」
グレンはホムラから目を離し、今度はシズルを真っすぐ射抜く。
「お前は今後、独立するだろ? だからな、その前にホムラについて、色々と勉強しとけよ」
「……」
ホムラが当主になることも、シズルのそれも確定事項だ。
だから、これ以上踏み込むな。それがグレンの言い分だった。
「お前ら二人とも、美人な嫁さんも貰ってんだ。いつまでもガキみたいに冒険してるんじゃなくて、いい加減貴族らしく、優雅な暮らしでも覚えろよな」
そんな父の言葉に対して、シズルは思わずホムラを見る。
すると兄もまた、シズルを見ていた。
そしてお互い頷き合うと、並んでグレンの顔を真っすぐ見て――。
「「日和ってんじゃねえぞこのクソ親父」」
二人揃って中指を立ててながら、そう言った。
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