第14話 監禁

 グレンの命令でシズルとホムラは監禁された。


「……酷いと思いませんか兄上」

「ああ、理不尽極まりないとはこのことだぜ」


 この大きな部屋は、昔から二人が屋敷を抜け出した時や、危険なことをしたあとに反省させるべくエリザベートが作った部屋である。


 書物がたくさんあり、礼儀作法なども学べるようになっている。つまり、抜け出すと苦手なことをさせるぞという、彼女の脅迫部屋でもあった。


 もちろんこんな部屋、壁さえ破壊すればいつでも抜け出すことが出来る。だが――。


「当然ですよー」

「ああ、当たり前だな」


 シズルたちの前に立ちはだかる、二人の鬼――もといマールとローザリンデ。

 二人は呆れた様子で扉の前に立ち、シズルたちの脱走を阻んでいた。


「ねえ二人とも、もう三日だよ? 反省したからそろそろいいと思うんだ」

「そうだぜ!」

「反省……だと?」


 シズルの言葉にローザリンデが半眼になる。その視線は、欠片もこちらを信用していないものだった。

 隣のマールもまた、同じ状態。つまり、端からこの二人はシズルたちの言葉など聞く気がない状態だ。


「なら問うが、このまま外に出たらどうする?」

「もちろん、親父を斬ったクソ野郎をぶっ倒しに行く」

「当然ですね」

「なあマール。もしかして私がおかしいのだろうか?」

「いえいえー、反省という単語だけで意味を知らないお二人の方がおかしいんですよー」


 辛辣なマールの言葉にシズルたちは言葉に詰まる。

 だが仕方がないのだ。こっちは当主がやられたというのに、このままではなにもせずにいるなど、フォルブレイズ家の名折れである。

 

 その辺りはシズルだけでなく、ホムラも同じ考えなのだが、どうやら父であるグレンにはすぐにバレていたらしく、こうしてなにか事を成す前に監禁されてしまった次第だ。


「ホムラ、お前はいい加減フォルブレイズ家の長男としての自覚を持て!」

「シズル様もですよー」


 叱責するように声を上げるローザリンデと、笑顔でいながらプレッシャーを放ってくるマール。

 はっきり言って、見張りの人選としてはこれ以上はないだろう。


 ホムラはローザリンデに頭が上がらないし、シズルは生まれた時から一緒にいるマールには逆らえないのだから。


 そんな風に監禁されてから三日。なまじこの部屋で生活が出来る環境下にあるせいで、はっきり言って脱走が難しいのが現状だった。


 そして――。


「二人の様子はどうですか?」

「「げっ」」


 突然入ってきたエリザベートの姿を見た瞬間、シズルとホムラは同時に顔を顰める。


「母の顔を見ていきなりそのような顔をする息子と、義理の息子。私は一体どこで教育を間違えてしまったというのでしょうか……」

「兄上、謝った方がいいですよ」

「お、おうそうだな。悪かったお袋」

「義母上、その……すみませんでした」

「いえいえ、貴方方がそういう態度を取ることで、私のことをどう思っているのかがはっきりと分かりましたとも」


 そうして感じる、圧倒的なプレッシャー。これまでシズルは数多の強敵たちと戦ってきた。

 そのどれよりも……怖い。


「……はぁ、そんなに怯えるものではありません。今日は、お二人に話をしに来ただけですから」

「話? 言っとくが、親父の仇討ちをしに行くのは決定事項だぜ」

「そもそもグレン様は死んでいません」

「義母上、死んでいなければ問題ない、という話ではないのです」


 シズルとホムラははっきりと、意思を曲げないことを宣言する。たとえ相手がエリザベートでも、こればかりは関係ない話なのだ。


「本当に貴方たち二人は、グレン様の若いころにそっくりですね」


 そんな二人を呆れたような、少し眩しそうな瞳で見るエリザベート。しかしそれも一瞬。


「ホムラ……貴方にはやってもらわなければならないことがあります」

「あん?」


 ホムラを見て、覚悟を決めた様に言葉を発する。


「現当主であるグレン様はもう戦えません。そして、このフォルブレイズ家は戦いの一族。つまり、このまま戦えない人間が当主である続けることは、領にとって良いことではありません」

「っ――」

「私の言いたい事、わかりますね?」

「……おう」

「ならば、考える時間を与えます。ただ、これ以上短慮を起こさないように」


 そしてエリザベートは次にシズルを見る。


「シズルさん、貴方もこれ以上は馬鹿な考えはやめて、少しは大人になるように」

「大人に?」

「ルキナさんとユースティアの二人を娶るのでしょう? もし貴方が怪我を追えば、二人がどのような気持ちになるか考えていますか?」

「……」

「まあ、貴方の場合は分かっていて、それでも止まらないのかもしれませんけどね。そこのホムラと違って、理性は持っているようなので」


 凄い言い分ではあるが、彼女の言葉はあながち間違っていない。シズルはいつも、やらないければならないとことと、やってはいけないこと、その両方に気付きながら、それでも動いているのだから。


「……義母上は、父がやられたことに対してどうとも思わないのですか?」


 シズルがそう言った瞬間、彼女の瞳が鋭くなる。それは、これまで見たこともないほど険しいもので――。


「どうとも思わない? そんなこと、あるわけがないでしょう」

「「っ――⁉」」

「ええ、あの男。グレン様の友人だからとか、王族だからとか関係ありません。このフォルブレイズ家に盾突いたこと、そしてグレン様をあのように傷付けたこと、絶対に後悔させてやりますとも」


 その覇気は、これまで見てきた誰よりも強い。それこそ、シズルやホムラが黙り込んでしまうほど。


 淡々と話しながらも、彼女の怒りはどこまでも深かった。おそらく、自分たちが想像をしているよりもずっとずっと。


 それほど、彼女のグレンを想う気持ち、そしてフォルブレイズ家を守ろうとする愛は強いものだった。


「グレン様は笑っていましたが、私たちは絶対に許しません。どうやらあの男は魔王領に逃げ込んだということです。ならば、たとえ王が止めても止まりません。全面戦争です! だから二人とも!」

「お、おう……」

「は、はい……」


 歴戦の戦士である二人が思わずのけ反ってしまうほどの威圧。少し離れたところではローザリンデもマールも、若干怯えている。


「いずれ機会を与えます。二人はこのフォルブレイズ家最大の戦力ですからね。だから、これ以上はもういいでしょう」

「わ、わかったよ。俺としては、殺り合う機会をちゃんと作ってくれるなら、大人しくしておく」

「俺もです……」

「よろしい。ならマール、ローザリンデ。この二人を開放してあげなさい」


 その言葉を聞いて、ようやく扉の傍で固まっていた二人が動き出した。


 そしてシズルとホムラの二人は、扉の外に出ることになる。


「なあシズル……」

「はい、なんですか兄上?」

「お袋、ガチ切れだったな」

「正直、今まで戦ってきたどんな敵よりも怖かったです」

「……俺もだ」


 つい先ほどまで、勇者クレスを絶対にぶっ飛ばしてやると誓っていた二人。だがしかし、今はあの義母を相手にする敵に、ほんの少しだけ同情をしてしまう。


 とにかく、なにがあっても義母は本気で怒らせないようにしようと、そう思ってしまうシズルであった。

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