第15話 日常
エリザベートの一喝により、シズルとホムラはしばらくの間暴走することなく過ごすことになる。
とはいえ、二人ともいずれ来るべき戦いのため、己の研鑽は怠らない。
特にクレスに関しては、あのグレンを不意打ちとはいえ斬った男だ。
不意打ちなどシズルもホムラも何度もやってきた。
それでも怪我をさせられなかったのがグレンという男であり、それだけで自分たちよりも遥かに上の実力者であることがわかる。
「兄上! ちょっとここ最近心あらずな感じがするんだよね」
「うむ……たしかに鍛錬に身が入っていない感じがするな」
ヴリトラと二人で鍛錬をしながら、ここ最近のホムラの様子を思い出す。
いつも自信満々な姿は変わらないのだが、どこか不安を押し殺しているような、そんな気配がするのだ。
父親が斬られて動揺した、というにはタイミングも可笑しい。
さてこれはどうしたものかと思っていたが、改めて考えると自分が心配する必要などないことに気付いた。
「まあ、兄上にはローザリンデも、それにジュリエット様も付いてるからね」
「そうだな。我らがそこに入る必要もない」
そんな風に楽観的な会話をしていると、少し離れたところからルキナとユースティアが近づいてきた。
「お疲れ様ですシズル様」
「相変わらず精が出るな」
二人が来たので鍛錬の手を止めると、ルキナがタオルで丁寧に汗を拭いてくれる。
その横ではユースティアが敷物を置き、そこでドリンクや昼食を用意してくれた。
「……」
「どうされました?」
「いや、なんというかちょっと自分が駄目になりそうだなぁって思って……」
「なにを言っているんだお前は?」
二人揃って首をかしげるが、これは仕方がないだろう。
ルキナにしても、ユースティアにしてもとてつもない美少女だ。
そんな子たちが自分に好意を持ってくれて、こうして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる状況。
まるで貴族のようだと思って、そういえば自分は貴族だったと思い出す。
少なくとも前世の自分ではあり得ない光景だし、もしこんなのが続いていたらダメ人間になる自信があった。
「二人とも、どんどん綺麗になるよね」
「……ありがとうございます」
「お、お前というやつはいきなりそんないきなり!」
事実を言っただけのつもりだが、二人揃って照れたような顔をする。
言われ慣れてるだろうに、と思いながらユースティアが用意してくれた敷物に座って少し休憩をすることにした。
「二人は最近どう? なんか母上たちに結構色々と教えてもらってるって聞いたけど」
「はい、イリーナ様はとても優しいです」
「……エリザベート様はとても、その、厳しいな」
「あはは」
ルキナはイリーナに、ユースティアはエリザベートの下で貴族の妻になるとは何たるかを教えてもらっているらしい。
二人揃って同じ人から教えを乞うよりも、様々な視点からシズルを支えられるようにという母たちの想いからだ。
「だが、その分自分の身になっていることが多いのも事実だ」
「義母上、最近凄く嬉しそうだよ。ようやく教え甲斐のある子が来ましたってさ」
「エリザベート様の教育は有名だからな……色んな意味で」
元々王族との婚約のため、そして公爵令嬢として厳しい教育を受けてきたユースティア。
そんな彼女をして厳しいと言わしめるエリザベートの教育は、ほとんどの者が一ヵ月持たずに泣きを見ると言う。
特にそれまで甘やかされて育ってきた令嬢など、人が変わったようだと言われることも多々あり、なんとか彼女の教育を受けさせたい思うと同時に恐れを抱かされていた。
「あとシズル、お前の小言もたくさん聞いたぞ」
「え? なんのこと?」
「とぼけるな。今までお前とホムラ様にどれほど苦労をかけられてきたか、言われ続ける私の身にもなってみろ」
「あはは。シズル様は昔からやんちゃでしたもんね」
「そんなことなかったと思うけどなぁ」
しかしルキナはそれからいかにシズルがみんなを困らせてきたかをユースティアに話してしまう。
それを聞くたびに
「お前のことは、私が一生をかけて更生させてやる」
「ちょっとそれは重すぎだと思うんだ」
「ふふふ」
まあでも、一生傍にいてくれると言うならそれもありかな、なんて思うシズル。
ユースティアが叱り、自分がちょっと誤魔化し、それをルキナが笑う。
こんな些細な会話だけでも楽しい。
ここ最近、父が斬られたことで心が荒んでいた気がするが、二人と一緒にいると色々と悪い気のようなものが無くなっていくような気がした。
「二人がいてくれて、本当に良かったよ」
「そう思うなら……まあいいか」
「私もシズル様と一緒にいられて嬉しいです」
グレンを傷つけられたことで、エリザベートは魔族領と戦争をすると言った。
おそらくこれから先、かなり激しい戦いとなることだろう。
それこそ、ただシズルが戦えば良かっただけではない、血と肉が飛び交う戦場。
きっとそれはとても凄惨で恐ろしいものだ。だがそれでも――。
「二人も、この家も、全部守らないと」
そのために自分は力を持っているのだから。
そう覚悟を決めて、シズルは今この瞬間の穏やかな時を楽しむのであった。
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