第41話 選択

 圧倒的な破壊の雷は不死の王を滅ぼしきり、そして同時に地獄の底から甦らされていた他の魔物やヒュドラたちも消えていく。


「終わった……?」


 誰かがそう呟く。シズルが後ろを振り向けば、そこには満身創痍の状態で、だがしかし誰一人欠けずにそこに立っていた。


 一人で多大な戦果を叩きだしたアポロもすでにボロボロで、まるで電池が切れたようにその場に倒れ込む。


「ぅー……」

「アポロ!」


 シズルが慌てて近づくと、他の冒険者たちも同様に彼を囲う様に集まった。


 どうやら普段使わない力を使い切ったせいか、体力切れを起こしただけで怪我らしい怪我は見受けられない。


『大丈夫、だって』

「そっか……よかった」


 唯一アポロと言葉を交わせるイリスがそう言うと、みんながホッとするように胸をなでおろす。


 今回の戦いは、この小さな少年がいなければどうなっていたかわからない。


「ありがとうございますアポロさん」

「スゲェ活躍だったなおい。お前も一緒に『破砕』のメンバーに入らねぇか?」

「是。格好良かった」

「是。強かった」


 それを理解しているエイルたちは、各々が彼を見て笑っていた。


 これまで彼らはアポロに対して得体のしれないモノを相手にするように、あまり近づこうとはしてこなかった。だがしかし、こうして一緒に死線を乗り越えたからか、今は仲間意識が芽生えたらしい。


 アポロは命がけで彼らと一緒に戦った。その姿は、たとえその生い立ちがどうであれ認められるべきことなのだ。


『良かったね、アポロ』

「ぅー、ぅー……」

『あ、照れてる』

「ぅー!」

  

 最初は掴みどころのないポワポワした様子を見せ、イリスにだけ懐いていた。それが徐々にシズルにも心を開き、そして今エイルたちに対しても感情を見せていた。


 成長しているのだ。このわずかな時間で、アポロという少年は様々な出来事を経て、成長している。それはただ強くなるという意味ではなく、精神的な強さを得ていると、シズルは思った。


 なにせ、最初は誰も周りにいなかったアポロの周りには、今こうして多くの人間に囲まれているのだから。


「まあ、なんにしてもこれで第三層もクリアだね」

「だな。で、どうする?」


 隣に立つホムラが尋ねていることが、この先に進むかどうかということはすぐにわかった。


 当然ながら、ダンジョンは進めば進むほど往復の時間がかかる。これが一度倒した魔物は復活しないなどということなら、問題ないのだが、ダンジョンはどういう理屈か魔物たちが復活するのだ。


 第一層、第二層の魔物はB級以下の冒険者たちが掃討してくれているのですぐに突破できるのだが、残念ながらこの第三層は他の冒険者たちでは難しい。


 それゆえに、ここで一度引き返せば、再びこの部屋まで辿り着くために時間がかかるのだ。


 だがしかし、この場にいる全員が疲弊していることも事実。特にアポロは倒れたまま動けない状態。エイルたちも満身創痍。これ以上進もうと思えば、誰かが犠牲になるかもしれない。


 そんな風に迷っていると――。


「シズル様、恐れながら具申してもよろしいでしょうか?」

「エイル?」


 真剣な表情でこちらに歩み寄るエイルに、シズルは向き合う。彼の瞳はどこか苦渋の表情をしていた。


「……ここは一度引きましょう。そして、次にこの部屋に来るとき、シズル様たちは万全の状態でいて下さい」

「それって……」

「残念ながら、私たちでは力不足です。きっとこの先はこれまで以上の強敵が待っているはず。とすれば、シズル様たち以外に、このダンジョンをクリアできる存在はいないのです」


 その言葉に、エイルだけでなくグレイオスたちも同様の表情だ。A級冒険者として有名になり、ここまでやって来た彼らにとって己の力不足というのは長らく経験してこなかったことだろう。


 だがしかし、そこできちんと己の力を把握できるからこそ、彼らはここまでやってこられた。たとえどれほどの才能に溢れていようと、己の力量以上の敵に挑戦して帰らぬ冒険者になった者は数多くいるのだから。


「街に戻ったあと、シズル様たちは英気を養ってください。そしてその間、この第三層は我々が徹底的に掃討しておきますので」

「エイル……」


 たしかに、B級冒険者たちでは相手が出来ない魔物も、エイルたちなら対処可能だ。それにこの層にはトラップも多いが、それもシノビたちがいれば問題ない。


 シズルは彼らが力不足などとは思わない。ただ、やはりこのダンジョンに現れるボス級の魔物たちは、巨大で不死性を持つ者が多く、一撃の破壊力が必要なため相性が悪いのもまた事実。


「わかった。それじゃあ一度、戻ろうか」


 この先、どんな危険が待っているかわからない。少なくとも、あのリッチキングでさえ本来ならフェンリル級に危険な相手だったのだ。今回はただ、相性が良かっただけである。


 だからこそ万全の状態を保ち、先に進む。そうしなければきっと、取り返しの付かないことになる。


「エイル、ありがとう」


 自分の迷いをきちんと理解してくれ、言葉にして止めてくれたエイルに感謝の言葉を伝えると、彼は少し戸惑った後、頭を下げるのであった。


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