第9話 実験

 先陣を切ったのは、ホムラだ。背負った大剣を抜きながら、目の前のアイアンゴーレムに向かって斬りつける。


 頭から兜割をするようなその一撃は、強靭な肉体をもつオーガすら一刀両断するほど強力なものだが――。


「っぅ! かってぇ!」


 ガゴンッ! と重い金属音が洞窟内に反響させながら、その剣が弾かれてしまう。まさか自分の攻撃が弾かれると思わなかったのか、ホムラが驚愕の声を上げる


 とはいえ、さすがにアイアンゴーレムも無傷ではないのか、四角かったその頭をへこませて、その重い身体が地面に少し埋め込みふらふらしている。


 追撃の意思を向けるホムラだが、予想外に弾かれて態勢が崩れてしまったせいか、一歩踏み出すことが遅れる。その隙間を縫う様に、疾風の風が彼を抜く。


「ハァ!」


 風の魔力を纏ったローザリンデの鋭い突きが、アイアンゴーレムの喉と身体の隙間を抜く。まるで針の糸を通すほど小さな隙間であるが、彼女の一流ともいえる技量の前では児戯に等しい。


『……ガ』


 その一撃を受けたアイアンゴーレムが初めて言葉を発したと思うと、首と胴体がゆっくりと離れて崩れ落ちる。そしてその重量がわかるように、重たい衝撃が洞窟を揺らした

 

「……さすがローザリンデ」


 一撃の重さで言えば、ホムラの方に軍配が上がるだろう。だがしかし、攻撃とは相手を倒せればそれでいいのだ。


 その意味では、彼女の槍はまさしく一撃必殺。相手の急所をすさまじい速度で打ち抜くその技量こそ、ローザリンデの真骨頂ともいえるだろう。


「おいロザリー! もうちょい俺にやらせてくれてもいいじゃねえか!」

「バカが、我々はパーティーだぞ? しかもここはダンジョンだ。少しでも消耗を抑えて進むべきなのに、お前は一撃一撃が全力過ぎる。そのままだと、途中でバテるだろうが」

「ぐっ」


 前衛二人が揉めているが、どう考えてもローザリンデが正論なのか、ホムラが押されているようだ。そんなやり取りも体力を使うだろうと思いつつ、シズルは隣でさり気なくサポートをしていたイリスの頭を撫でる。


「イリスも、お疲れ様。あのタイミングに合わせるなんて大したもんだよ」

『うん。ロザリーが前に出るのわかったから。ただロザリーじゃなかったら、そんなに成功しないと思う』

「そっか。それでも凄いけどね」


 イリスが使う風の祝福は、普通の魔術とは大きく異なる。ローザリンデが自前で使う身体強化に、イリスがさらに重ね掛けするような形だ。


 その結果、普通の身体強化よりも遥かに強力な付与となり、その身体能力を跳ね上げる。


 とはいえ、簡単にできる代物ではない。それどころか、他の誰かに魔術を掛けるなど、これまでの魔術概念の歴史を覆してしまうほどの偉業だ。


 もちろん彼女が大精霊ディアドラから生まれた存在だからこそできることだが、それであの激しい動きを見せるローザリンデに合わせるのは相当な難易度のはずだ。


 それをこともなげに成功させるのだから、彼女自身の技量もやはりとんでもないのだと改めて思う。


「……ところで、その人に強化をかけるって、どんな感じなの?」

『シズルもやってみる?』


 そう言ってイリスは少し不貞腐れているホムラに困った顔をしているローザリンデに向けて、強化魔術をかける。その様子を見ていたシズルは、自分が普段魔力を飛ばしているのと理屈は一緒なのだと理解した。


「よーし」


 シズルは気合を入れて、ホムラに向かって手をかざして魔力を込める。感覚的には、自分に魔力を纏わせるのと同じ要領のはずだと思い、集中し――。


「『身体強化ライトニングブースト 』」

「うげっ!」

「ホ、ホムラ⁉」


 雷の魔力をホムラに纏わせようと飛ばすと、兄が出してはいけないような声を出しながら地面に倒れる。いくら彼が歴戦の戦士であっても、背後から、しかも仲間から不意打ちを受けるとは思わなかったのだろう。


 身動きできずに身体を振るわせるホムラを助けようとローザリンデが必死に駆け寄っていた。


 そんな様子をシズルの隣で見ていたイリスがぽつりと一言。


『……失敗だね』

「うん、これやっぱり無理っぽい」

『シズルの属性は雷だから、余計に難しいのかも。水とか土なら、もしかしたら出来るかも?』

「あー……なるほどねぇ」


 確かにシズルの雷やホムラの炎などは、自分たちが身に纏っているからこそ安全なのであって、基本的には殺傷能力の高い属性だ。


 当然、それに対する耐性のない者が、強化魔術とはいえいきなり飛んで来たら、ああなるのも仕方がないのかもしれない。


「まあでも、魔力を飛ばす要領はわかった。これならもしかしたら、練習さえすれば俺にもできるかもね」

『うん、頑張ろ。魔術の練習なら、ホムラが喜んで付き合ってくれるよね?』

「兄上ならそうだね。よーし、やる気出てきた!」


 そんな風に冗談を言いながらイリスと笑いあっていると、少し怒った様子のホムラが近づいてくる。


「おいシズル! お前今なにしやがった! スゲェ身体痺れたぞ!」

「いや、イリスがやってるみたいに他の人に身体強化できないかなって思って、とりあえず兄上にかけてみたら失敗しました」

「……それなら仕方ねぇ」


 怒鳴られるかと思えばあっさりそう言うので、その意外な反応にシズルはすこし訝し気な表情をしていると、ホムラは言葉を続ける。


「その代わり、それ覚えたら俺にも教えろよ!」

「教えた後、誰で練習する気ですか?」

「そりゃあお前に決まってんだろ?」


 火達磨が確定した瞬間である。


 シズルはそんな未来を少しでも回避するため、頭の中で色々と画策する。そして一つの妙案を思いついた。


「兄上、ここは父上にしましょう。同じ火属性の父上なら、兄上の炎を受けても大丈夫なはずです」

「お、たしかにな!」

「それに父上は元とはいえスザクの契約者です。ということは、当然その炎は元々自分でかけていたものと同じ。つまり、いくらでも練習し放題ってことですよ! ……多分」


 そんな最後の言葉をあえて小さく呟いたのだが、ホムラはそれに気づいた様子はない。ただただシズルの提案に納得した様子を見せてくれてた。


「ただ、俺の場合は同じ属性の人間がいないので……兄上、実験……練習台になってくれませんか?」

「ち、しゃーねぇな。その代わり、親父を抑えつけるの協力しろよ」

「もちろんです! これまでの恨みもありますからね! 全力で協力しますとも!」


 ちょっと魔術の実験台として攻撃しただけなのに、大人げなく全力で反撃してくるグレンには散々辛酸をなめさせられてきたのだ。それこそ、容赦ない攻撃は少しトラウマである。


 とはいえ、シズルも昔に比べて強くなった。そしてホムラもいる。ここらで一度、兄弟がタッグを組んで父超えを目指してもいいだろう。


「……グレン殿には心底同情するな」

『でも二人とも楽しそうだよ』


 そんな様子を、イリスとローザリンデは少し呆れた様子で見守り続けるのであった。


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