第7話 冒険者ギルド
城塞都市マテリアの冒険者ギルドは、ガリアと同じくらい賑わっていた。
そんな中、シズルたちは周囲から遠巻きに見られていることに気が付く。
おそらく先日の公開説教の件が大きく広がってしまっているからだ。
ひそひそと、あれがフォルブレイズ家の悪童兄弟、とたまに聞こえてくるのは、あまり気分の良い物ではないが、こればかりは自業自得なので仕方がないだろう。
とりあえず直接的に絡んでこない限りは害はなし、と思いつつ受付に向かうと、見知った顔の女性が立っていた。
「あれ? なんでセリアがここに?」
「……なんでシズル様たちがこちらに?」
青い髪を腰まで伸ばし、軍服に似たギルドの制服を着た女性の名前はセリア。
シズルが過去に冒険者登録をした際に、担当受付として色々教えてくれた女性だ。
フォルセティア大森林に向かってからはギルドに顔を出すこともなかった。
そのため会う機会はなかったが、どうやらこの城塞都市マテリア付近でダンジョンが出来たことで、多くの冒険者が増えることを理由に応援が必要と判断されて来たらしい。
「……まさかとは思いますけど、シズル様。ヘルメスのダンジョンに挑戦しようって思ってませんよね?」
ヘルメスのダンジョン、というのはこれからシズルたちが挑戦しようと思っている、新しいダンジョンの名前だ。
古の大錬金術師ヘルメス・トリスメギストスが生み出したとされ、発見されてから今まで深奥まで辿り着けた冒険者はまだいない。
「そのまさかだよ」
笑顔でそう答えると、セリアの表情が真っ青に変わる。
「だ、駄目です! あのダンジョンはついこの間もB級パーティーが壊滅的なダメージを受けて崩壊したんですから! そんな危険な場所に、侯爵家のご子息様を向かわせるわけには……」
「おいシズル。こいつ知り合いか?」
セリアの話を遮るようにホムラが前に出る。
「あ、はい。俺が冒険者登録したときの担当受付です」
「ふーん」
そうしてセリアをじろじろと見るホムラだが、彼女の方は顔が引き攣りだらだらと額から大量の汗が流れだした。
「……この燃えるような紅い髪。英雄グレンの生き写しのような顔。ねえシズル様? もしかして、この方は……」
「あ、そういえばセリアは見たことなかったっけ? 俺の兄上の、ホムラ・フォルブレイズだよ」
「やっぱりー! そういえば王都にいるはずのホムラ様がなぜかガリアにいるって噂は聞いてましたけど、なんでー!」
どうやら彼女はホムラの噂を知っているようで、困惑した様子をしている。
しかしそれも仕方がないだろう。なにせ、ホムラ・フォルブレイズといえば侯爵家嫡男でありながら、その破天荒さに関しては折り紙付きの存在だ。
ガリアで悪童、という言葉が最初に広がったのは、間違いなくホムラのこれまでの行動のせいだと断言できる。
そのあとにシズルも混ざり、フォルブレイズの悪童兄弟、としてガリアに名を轟かせることになった。
そして今、その悪童兄弟が揃ってセリアの前にいる。
彼女からすれば、ただでさえシズル一人でもかなり無茶無理を言う存在だというのに、そこに更にグレードアップした無茶を言うであろうホムラの登場に、自身の仕事が大変になる予感がしていた。
「あ、そうだ! どっちにしてもヘルメスのダンジョンに入るには、最低でもパーティーにB級以上の冒険者が必要なんだった。残念ですが……」
「ほれ」
セリアの言葉にホムラが懐から自分のギルドカードを見せる。
「なんで貴族の、それも侯爵家嫡男がB級冒険者の資格持ってるんですかー!」
「あ、いちおう俺も出しとくね」
シズルの冒険者カードはD級。以前そこまで取得したあとは、残念ながらフォルブレイズ家で教育という名の監禁を受けていたので、ランクアップさせることが出来なかったのだ。
とはいえ、先ほどの口ぶりではB級冒険者が一人でもいれば大丈夫のようなので、特に心配ごとはないのだが。
「で、でもでも駄目ですよ! よく考えたらB級のパーティーでも崩壊したんですから、ここはギルド職員として止めさせていただきます! せめてA級のメンバーがいないことには――」
「おいロザリー!」
「……」
ホムラに呼ばれて近づいてきたローザリンデが、申し訳なさそうに自分のギルドカードをすっと出す。
「なんでメンバーにA級の方が混じってるんですかー!」
「これで文句ねえよな?」
「ないわけないじゃないですかホムラ様! 貴方たちはこのフォルブレイズ家における大事な身ですよ! なのにこんな未踏破なダンジョンに挑戦させるわけには……あ、そうですよ! エリザベート様! あの方の許可は得ているのですか⁉」
すると今度はマールが前に出て、懐から一枚の手紙を取り出した。
フォルブレイズ家の家紋が記された手紙は、公的な効力を持つ。セリアが嫌な汗をかきながら、その手紙を受け取ると、中を見た。
『そこのアホ二人がダンジョンに入ろうとするのは間違いありません。止めても何度でも入ろうとするでしょう。止めても無駄なので、満足するまでやらせなさい。その代わり、帰ってきたらこれまでとは比較にならないほど教育しますので』
最後にエリザベートのサインが書かれており、間違いなく彼女が許可した証拠であった。
「……」
もはやなにも言えなくなったセリアは、ただただ魂が抜けたように撃沈する。
「これで、今度こそ文句ねぇな!」
「……はいぃ。絶対に、大きな怪我とかしないでくださいねぇ……」
セリアは半泣きでそう言いながら、一度奥に引っ込んでから紙の束を持ってくる。
「これが、これまで他の冒険者様たちが集めてきたヘルメスのダンジョンの資料です。命がけで集めてきてくれた情報なので、大切に扱ってください」
そう言いながら、さらに追加で資料を持ってきたセリアは、シズルたちを防音の個室へと案内する。
「さて、それではヘルメスのダンジョンについて、今現在分かってる範囲でご説明させて頂きますね」
そこからセリアの話は、とても分かりやすかった。
ヘルメスのダンジョンが最初に出来たのは、約千年前。
名前の通り、ヘルメス・トリスメギストスという史上最高の錬金術師とまで呼ばれた存在が作り上げたダンジョンであり、この数ヵ月前までは完璧な隠ぺいと封印が施されていたという。
そのせいで、まるでダンジョンが突然現れたように思えるが、実際は千年前からそこにあったと言う話だ。
「さて、先ほども申しましたが、すでにルマテリアの冒険者ギルドでも指折りの実力派パーティーが壊滅状態で戻ってきました。理由は中にいる魔物とガーディアンたちの存在のせいです」
「ガーディアン?」
「はい、シズル様。どうやらあのダンジョンは元々ヘルメスの研究施設としても使われていたようで、その研究成果の一つである金属でできたゴーレムたちがダンジョンを守っているそうです。さらに長い年月を封印されていたせいか、かなり強力な魔物たちが潜んでいるそうです」
そう言いながらセリアは資料を一枚こちらに渡してくる。そこには現れる魔物の種類が事細かく記されていた。
「それは他の冒険者の方々が血肉を糧に作り上げたものです」
魔物の特徴、攻撃パターン、その他さまざまな情報が書かれている。
どうやら彼らは深部までは辿り着けなかったせいか、載っている魔物の数はずいぶんと少ないようだ。
しかし、前半部分とはいえ先人たちによって作られた地図があるのは大変ありがたい。
「とりあえず、今分かっているのはそれくらいです。シズル様のお力は私も知っていますが、くれぐれも無茶をしないようにお願いしますね」
「うん、わかってるよ」
「わかってないから言ってるんですけど、まあ今回はお付きの方もいるようなので、そちらにお任せします。とりあえず、このゴーレムはどういう素材で作られているのかわかりませんが、物理的な攻撃に滅法強いらしいので、注意して無理なら逃げて帰ってきてくださいね」
そう真剣な表情のセリアに言葉を聞いて、シズルたちは頷くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます