第44話 突然の事態
結果から言うと、シズルたちは階段を上ることを一度止めることになった。
どれだけ歩いても先に辿り着く気配はなく、ただ永遠と先の見えない螺旋階段を上り続けるのは、ただただ苦痛な行為だ。
明らかにホムラなどは苛立ち、ローザリンデすら焦りを隠せずにいる状態。体力的には問題なくても精神的に辛いものがあった。
「どうする?」
ローザリンデの問いに、シズルは一度考える。正直、この状況が普通でないことはわかっている。しかし打開策が思いつかない。
空間が歪められているのか、それとも本当ただ真っすぐ上まで伸びているのか。このままただ立ち止まっていても意味はないだろう。
「……みんなはここで休んでて」
『シズルは?』
「俺は、一度全力で駆け上がってみる」
この中でもっとも移動速度の速いのは自分のため、シズルはどこまで伸びているのか一度検証してみることにした。全員で行動して、全員が体力を消耗させられるなど話にならないからだ。
ローザリンデが少し申し訳なさそうな表情をしているが、誰が一番適任かはよくわかっているのだろう。
「……頼んだ」
だから、彼女は素直にそう言う。この辺りの判断がきちんと出来るからこそ、シズルも彼女のことを信頼していた。
「それじゃあ、行ってくるね」
『雷身体強化ライトニング・フルブースト』を使い、一気にその場から飛び出す。それまで歩いていたペースの何十倍もの勢いで駆け上がっていくが、やはりゴールらしき場所には辿り着かない。
「ヴリトラ! どう思う⁉」
『うむ! 我も周囲を伺っているが、どうにも違和感だけがある状態だ! 普通であるが、普通でない!』
この場に誰もいなくなったため、自身の中にいるヴリトラに語りかけると、彼はすぐさま返事をしてくれる。
『シズルよ! これ以上は無意味ではないか⁉」
「……だね」
もはや普通の人間ではその影すら追いきれない勢い。それでも先は一切見えない以上、一度根本的なことから考え直さないといけないだろう。
「どうしようか」
『一度下に戻るしかあるまい』
「……わかった」
せっかくここまで来たというのに、振り出しに戻るのは悔しいものだ。とはいえ、いつまでも同じ状況の繰り返しでは埒が明かない。
もしかしたら、エイルやグレイオスといった経験豊富な冒険者たちなら、なにかわかるかもしれない。もしくはシノビの二人なら、この仕組みを解明してくれるかもしれない。
そんな期待を込めて、シズルはこれ以上上に上がることを諦めて、階段を下りる。
そして、螺旋階段をわずか二週ほど降りたところで、いきなり空間が現れた。
「……は?」
『……なんと、これは?』
広間、と言うには少々小さいが、部屋と言うには大きい。明らかに上がってきた段数との違いに困惑していると、そこに突然一人の男性が現れた。
「ふむ……ここまで辿り着ける者がいるとはな」
「っ――⁉」
まるでなにもない空間からいきなり現れた男性は、少し驚いた様子でこちらを見ている。触れれば柔らかそうな金色の髪の毛に、丸い眼鏡をかけていて、どこか学者然とした雰囲気だ。
「……あなたは?」
「なんだ? 私のことを知っていてここまでやってきたわけではないのか?」
意外そうにそう言う男に、シズルはまさか、という思いがあった。とはいえ、それはあまりにも荒唐無稽な考え。
「……ヘルメス・トリスメギス?」
「ふっ、やはり知っていたか」
そんなはずはない。そう思うシズルだが、現に目の前の男は自身をヘルメスだと名乗る。だが本当だとすれば、彼は人間でありながら千年間、この場所で生きてきたことになるではないか。
「ヘルメスは、千年前の人物だよ?」
「だから?」
「生きてるはずがない」
そう言いつつ、この男が本当にヘルメスなのだと本能が告げていた。なにせ、ただこの場に立っているだけでも相当なプレッシャーを放ってくるのだ。
「ふん、貴様ら凡人はすぐにこの天才のことを理解しようとする。どうせ、私の考えなど欠片も理解出来ないくせにな」
王国史上最高の錬金術師。そう名高い彼は、こと戦闘においても相当なものだったという。実際、彼の思想と実力を危険視した王国は、殺そうとしたほどだ。
ヘルメスがこうしてダンジョンを作ったのも、王国から隠れるためだったのだろう。
この情報はほとんど表には出ておらず、極々一部にだけ出回っているヘルメスの錬金術書に書かれていた内容だ。
「まあいい。ダンジョンが騒がしいとは思っていたが、まさかここまで来られるとは思わなかった。歓迎するぞ」
「歓迎するなら、その敵意は隠して欲しいかな?」
ヘルメスの瞳は、こちらをモルモットで見るような、そんなものだ。とても人間を相手に見ているようには見えない。
「くくく、そう邪険にするな。歓迎するというのは本当だぞ? まさか私が作った巨大ゴーレムと捕まえたヒュドラが突破されるとは思わなかった」
「……ん?」
なんとなく、これまでのヘルメスの言葉に違和感を覚えた。だがそれがなんなのか、分からないまま、ヘルメスは嬉しそうに笑う。
「見ればわかる。貴様の力は、とても人間のものとは思えん。ふふふ、これは色々と、実験が捗りそうだ」
「……人の身体を見て、変な想像を働かせないで欲しいかな」
「人? 残念だが貴様はもう人ではない。私の、実験体だよ」
ヘルメスはそう言うと、足元に魔法陣を展開する。それがとても危険なものだと理解したシズルの行動は速かった。
「なにをする気が知らないけど――」
『敵の攻撃を待つほど、我らは甘くはないぞ!』
「――っ⁉」
ヘルメスとの距離を一気に詰めたシズルは、彼の腹部に殴りかかる。だが小さな魔法陣がヘルメスの腹部を守るように現れて、シズルの拳を止める。
だが――。
「はぁぁっ!」
「な、なんだと⁉」
シズルは魔法陣を貫き気持ちで、一気にその拳を振り切った。
そして――パリン、とガラスが割れるような音と共に、魔法陣は砕け散り、ヘルメスを殴り飛ばした。
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