第45話 無限のヘルメス

 思った以上にあっさり吹き飛んだヘルメスに、シズルとしても少し呆気に取られてしまう


 まさかこの程度で終わりなのだろうかと警戒しながら様子を窺うが、彼は地面に仰向けで倒れたまま動く気配がない。

 

「……」

『……』


 なんとも言い辛い時間が過ぎると、ヘルメスは緩慢な動きで立ち上がった。


「くっ、なんだこの力は……こんな野蛮なっ」


 悪態を吐きながらこちらを睨んでくるが、相当ダメージがあったらしく、ヘルメスは立っているのがやっとの様子だ。


 たしかに展開しようとしていた魔力は相当だったが、正直言って、これならここまで来るまでに戦ってきたリッチキングやヒュドラの方が危険だと思う。


「しかし、ふふふ……これほどの力を持つ者を使えば、我が力はさらに増すことになるか」


 怒りの混じった視線は、なにを考えているのか狂ったような狂気に変わる。こちらを見るその目が、シズルとしてもかなり近づきがたいものだった。


「なんか、嫌な感じ……」

『シズル、油断するなよ』

「うん、あの男がなにかする前に、一気に倒そう」


 再び魔力を展開しようとしているヘルメスに対して、シズルは距離を詰める。


「馬鹿め! 私は天才錬金術師、ヘルメス・トリスメギスだぞ! 同じ手が二度も喰らうはずがないだろう!」

「っ――!」


 雷の魔力を込めた拳は、ヘルメスの影から現れたスライムによって阻まれる。弾力のある柔らかい壁にシズルの拳が埋め込まれ、その威力を削いでしまった。


『ふん、こんなもの!』

「吹き飛べ!」


 それに対してシズルは一気に魔力を放出させる。凄まじい力が爆発的な力となり、スライムを内側から爆発させた。


「なんだとぉ⁉」

「喰らえ!」

「オグゥ――⁉」


 まるで川に投げた平たい水切り石のように、何度も地面にぶつかりながら、奥の壁まで吹き飛ばされるヘルメス。


 正直言って、かなりの力で殴ってしまったことにシズルはしまったと思う。


 ヘルメスがどのような力を持っているのかわからないが、今のシズルが全力で身体強化をした状態で人間を殴れば、再起不能になってしまうだろう。


「やり過ぎた?」

『……いや、どうやらそうではないらしい』


 ヴリトラの言葉の通り、ヘルメスは再びゆっくりと立ち上がる。その様子は満身創痍でありながら、どこか狂気に満ちた笑みを浮かべていた。


「ひ、ひひひ……なるほどなるほど。これまで見たことのない力だが、その根源は変わらず精霊のものだ。だが昔捕らえた上級精霊より、さらに強い力……ひひひ、ひひひひひ!」


 狂ったように笑うヘルメスに、シズルの背筋がぞっとする。この二度の攻防で、彼が自分より強いとは思わない。だがしかし、どこか恐ろしさを感じてしまう。


「とりあえず、早く気絶させよう。色々と聞きたいことはあるけど、このまま放置するのはかなり危ない気がする」

『同感だ……こういった男は、なにを仕出かすかわからんからな』


 耐久力は普通の魔術師を超えているのだ。手加減は無用と、シズルは全力で『雷身体強化ライトニングフルブースト』を使って、ヘルメスを攻撃しようと力を籠める。


 だがそれよりも早く、ヘルメスの足元の影が一気に地面に広がった。


「な、なんだ⁉」

『これは――⁉」

 

 その瞬間、地面の影からゆっくりと黒い人影が生まれ始める。その影が吹き飛ぶと、そこには無数の『ヘルメス・トリスメギス』が現れた。


「ひひひ、絶対にその力を解明してやる! 大人しく捕まって、私の実験台になるといい!」

『ひひひひひひひひひ』


 百を超えるヘルメスの狂ったような笑い声が、まるで二重三重と重なり深いな音となってシズルたちの耳に響く。


「……き、気持ち悪い」


 もはや最初にいたヘルメスは、他のヘルメスによって隠れてしまいどこにいるのかわからなくなってしまった。


『私が、ヘルメス・トリスメギスだ!』

『貴様は実験台だ! 新しい錬金術の礎となれ!』


 百を超えるヘルメスはそれぞれに意思があるように、それぞれが魔法陣を展開し始める。先ほどは一人だったためそれを抑えることが出来たが、この量はいかにシズルとはいえ、無理だ。


「ちぃ――⁉」


 百を超える魔術が一気にシズルに襲い掛かる。普通の魔術師であれば単一属性のそれが、ヘルメスはなにをどうしているのか、あらゆる属性の魔術を使ってくる。


 火、水、土、風、それぞれが形を変えて襲い掛かってくるため、シズルとしても回避が難しい。


「全部、吹き飛ばす!」


 大きな雷の斧を生み出すと、力強く振り払う。まるで雷神が怒りを爆発させたような轟音が広い部屋に響き渡り、飛び交っていた魔術はすべて吹き飛ばすことにある。


『ひひひ! なんだその力は! この化け物が‼』

『絶対に、その力を解明してやるぞー!』


 魔術を吹き飛ばし、さらに数多くのヘルメスを巻き込んだはずなのに、死んだと思ったら影に吸い込まれ、その影から再び生まれ出てくるヘルメス。


「くそ、それなら……」


 このままでは無限に出てくるこの男に、物量で圧倒されてしまう。


 そう危惧したシズルは、両手に持った雷の斧をさらに巨大化させる。そして一気にヘルメスたちに向かって行くと、大きく薙ぎ払う。


「ハァァァァァ!」


 一撃、二撃、三撃、四撃。何度も何度も、まるで嵐のように暴れまわるシズルにヘルメスの数はどんどんと減らしていく。


『ひひひひひ』

『ひひひ、ひひひ、ひひひひひひ!』


 だがしかし、ヘルメスの数が減らない。減らした数よりも、増えた数の方が多いのだ。これはまるで、第一層のときの魔物の群れを思い出す。


「そうか!」


 どこかにこのヘルメスを増やしてるなにかがあるはず。そう思って周囲を伺うが、周りにはヘルメスに埋もれてしまいなにも見えない。


「……くそ! 邪魔だぁぁぁぁぁ!」

『ひーひっひひひひひ!』


 シズルを中心に、巨大な雷斧があたりを一蹴。空高く吹き飛ばされたヘルメスたちが、地面に落ちるころには新しいヘルメスが生み出される。


 そんな無限に思える現状に、シズルは焦りを隠せなくなっていた。大技で一気に吹き飛ばそうにも、それをする隙は与えてくれないことだろう。


 せめて、自分以外の誰かがいてくれれば――。


 そう思わずにはいられなかった。

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