エピローグ
シズルの一撃を受けたルージュは、痛みではなく暖かい何かに包まれている感覚に陥る。
この暖かさ、そして懐かしさは知っていた。知っていたが、絶対にありえない、もう二度と手に入らない温もりのはずだ。
『まったく、強がってばっかりで貴方は変わらないわね』
――ああそうか、自分は死ぬのか。でも、貴方の声がまた聴けるなら、それも悪くはないわね。
聞こえるはずのない幻聴。もう一度だけでも聞きたかった声。それが聞けただけでも、今日この日まで生きてきて良かったと思う。
『無茶ばっかりして、せっかく綺麗なのに台無しじゃない』
――仕方ないじゃない。あの子、滅茶苦茶なんだもの。
最後の一撃、そこには神の力が混ざっていた。長い月日を生きてきたルージュでも、神より直接祝福を受けた人間など聞いた事がない。とんでもないヤツを敵に回してしまったものだと、我ながら呆れてしまう。
――ああでも……あなたがいるなら、もう怖くはないわね。
かつて死ぬのは怖かった。何も為せず、何もない虚無の中で暗闇に落ちるのは恐ろしかった。
だが今は違う。一人の少女と出会い、そして友となり、この世に生を受けた価値を理解した。だから前とは違うのだ。
もう今は、死ぬのが怖くなんかなかった。だが――
『ふふふ、駄目よ。貴方にはまだまだあの子を守ってもらわないといけないんだから。約束したでしょ?』
――約束……ね。確かにしたけど、もう私は……
『大丈夫。貴方はまだ――』
だんだんと彼女の声が遠くなる。
――だめ、待って! 行かないで! もっと、もっと一緒に――
そう叫びながら手を伸ばすと、そこには細い小さな光の筋が奔り――
「――ぁ」
ルージュが目を覚ますと、目の前には涙を流す一人の少女がいた。
ルキナ・ローレライ――愛すべき友の子供であり、あらゆる障害から守ると決めた少女。
赤ん坊の頃からずっと、ずっと見守ってきた少女は、泣きながらこちらを見ている。
「全部、全部聞こえていました。貴方の想いも、お母様との絆も、全部……」
ルキナは精霊の祝福を受けた少女。ゆえに、むき出しの感情を全て知られてしまったらしい。本当は、彼女だけには知られたくなかった。
知られてしまえば、きっと嫌われるから。
「……そう。それで復讐でもする? いいわよ、貴方にはその権利が――」
その言葉は最後まで言い切れなかった。それよりも早く、ルキナが抱き着いてきたからだ。
「ちょ――」
「ありがとうございます! ずっと、ずっとお母様の代わりに見守ってくれて……ありがとうございます!」
もし顔を合わせれば、きっと罵倒されると思っていた。それだけルージュは彼女に残酷な運命を強いてきたのだ。全ての責任を背負っていくと決めたのに、このような反応をされては――
「そして、ごめんなさい! 貴方をずっと辛い目に遭わせてしまって!」
「……なんなのよ。辛い目にあってたのはアンタの方で……貴方たち親子は、本当に……本当に……」
まだ小さな少女の温もり。それはかつて一緒に過ごした少女の物と同じ、月明りのように暖かいものだった。
――ああきっと、これが命の暖かさ。
ずっと閉ざされていた心の氷が溶けるように、ルージュの瞳からは涙が止まらなくなる。それはルキナも同様で、二人で抱き合いながら、同じようにずっと泣き続ける。
それはまるで、仲のいい姉妹がようやく出会えた。そんな感動的な物語の一幕のようだった。
それを少し離れたところから見ていたシズルは、隣で号泣してる公爵に声をかける。
「あとは、お任せしていいですね公爵?」
「ああ! ああ! もちろんだとも! 子供たちがこんなに頑張ってくれたんだ! ここからは、私たち大人が頑張る番だ!」
「父上も、お願いしますね」
「応! 任せときな!」
大人二人の力強い言葉を聞いてシズルはようやくホッとし一息吐く。この二人が任せろと言うのだ。それなら任せよう。
「じゃあ、悪いんですけど、俺ももう限界だから、後は……よろしく」
そう言って気絶するように倒れ込むシズルを、近くで待機していたマールがぎゅっと抱きしめた。
「お疲れ様です……シズル様」
マールの腕の中で眠るシズルの寝顔は年齢相応の可愛らしいもので、とてもあれだけの偉業を成し遂げた少年には見えない。
何せシズルの年齢はまだ八歳。普通なら母親に甘えてる年齢である。
「く、くく……マジでとんでもねえガキだなぁ。こりゃアイツを思い出すぜ」
「旦那様、笑いごとじゃありません。これだけの事が出来ると王国にバレたら、今までの比じゃないくらい色々きますよ?」
「わかってるって。だけどよ、男親としちゃやっぱ、これくらいの気概を持って生まれてきたことが嬉しくてな!」
今回の出来事を隠し通すことは不可能だろう。なにせ公爵と侯爵、国を動かす巨大な権力が集まっている状況だ。王国からは当然のごとく諜報員は紛れているだろうし、それを口止めする方法はなかった。
「心配しないでいい従者君」
「……公爵様」
ローレライ公爵は穏やかな表情でシズルを見ながら、自身の覚悟を示す。
「我がローレライ公爵家の名において、この子を危険に晒すような真似は絶対に阻止するさ」
「もちろん、俺もな! フォルブレイズ家の名前も、『紅蓮の騎士』の名も全部使ってこいつを守ってやるさ。! まあもっとも、守られるほど軟な奴じゃねえんだけどな!」
「ふ、確かにそうだね。これほどの子を持ててグレン君が羨ましいよ」
「はは、これからはアンタの息子にもなるんだぜ!」
「むっ……ふう、まあ彼ならいいか。というより、ここまでされて認めないわけにはいかないからね」
グレンは豪快に笑い、ローレライ公爵は静かに笑う。この二人は正反対に見えて、意外と相性がいいらしい。
「シズルが隠してる精霊の件、それからあの闇の大精霊。さて困ったぜ。どうすっかなぁ」
「困ったと言いながら、随分と楽しそうじゃないか」
「く、くくく……だってよマグナスさん。シズルみたいなイレギュラーに、闇の大精霊なんてとんでもないのが出てきて、こんなのどう考えても普通じゃねえだろ? きっと、これからもっとデカい事が起きるぜ」
「二十年前の大戦以上に……かな?」
「おう! 俺はもう現役じゃねえから無理だが、きっとこいつはその嵐の中心にいる。間違いないね」
グレンがシズルを見ながら羨ましそうに笑う。過去の自分と照らし合わせて、自分も現役だったらなどと思っているに違いない。
「そうか。かつての英雄がそういうならきっと、そうなんだろう。だったら私は、全力でこの子達を守るために力を使うだけだ」
この国の英雄であるグレン・フォルブレイズ。そして王国で一番の大貴族、ローレライ公爵。国のトップ二人からここまで認められる少年など、他にはいないだろう。
マールは柔らかい金色の髪をそっと撫でながら、この小さな主を誇りに思う。
その生まれ持った強大な力だけじゃない、その心で二人の少女を救った少年を、誇りに思うのであった。
「本当に、本当にお疲れ様です。シズル様」
いずれ雷帝と呼ばれる少年の、一番最初の物語はこれにて終幕。
これより先、激動の時代が訪れる事になるのだが、それはまだ先の話。
今だけは少女達の心を聴きながら、ほんの一時の休息を取るのであった。
雷帝の軌跡 ~俺だけ使える【雷魔術】で異世界最強に!~
1章 『月下の約束』 完
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