第50話 脱出

「うー……」

「アポロ……」


 ヘルメスごとダンジョンコアを破壊したアポロは、静かに涙を流しながらその煌びやかに散る水晶の欠片を見上げていた。


 そんな彼に、シズルたちはなにも言えない。たとえそれが望みであったとしても、アポロにとってヘルメスは親だったのだから。 

 そんな中、彼の隣に立ってその手を握る存在がいた。


『……ヘルメスは、今のアポロなら大丈夫だって、自分の心を繋いでくれるって、そう信じて託してくれたんだよ」

「ぅー……」


 それはディアドラではなく、イリスの言葉だった。どうやら、ヘルメスとの対話を終えた彼女は再び眠りについたらしい。


『泣き虫なアポロだと、ヘルメスが天国から心配しちゃうから……もう泣くのやめよ』

「ぅー、ぅー……」


 コク、コクと頷きながらアポロは何度も涙をぬぐう。そしてしばらくして、彼が顔を上げると、瞳こそ真っ赤に腫らしながらも、涙は止まり、力強い意思を感じさせる表情となる。


『偉い』

「うー!」

「アポロ……強いなぁ」


 そんな二人のやり取りを見てシズルは思う。自分だったらどうだろうか。彼の立場に立った時、同じように立ち上がれるだろうか。


「そんな仮定、意味ないか」

『そうだぞシズル。そうならないよう、我らにはすべてを守れるような強い力があるのだ』

「うん、そうだね。これから先、どんなことが待っていようと、俺は負けないよ」

『うむ……』


 風の大精霊ディアドラと、史上最高の錬金術師ヘルメス・トリスメギス。二人の会話の中に度々出てきた『災厄』という言葉。


 それをシズルは聞き逃していなかった。彼らほどの力を持つ者たちが危険視するそれらは、おそらく具体的なモノはわからないのだろう。


 それが今度どういったことを及ぼすのか、正直予想もつかない。


 だがしかし、自分には雷神様から貰った力がある。ヴリトラという相棒もいる。そしてホムラやローザリンデたちといた頼りになる仲間もいる。


 どんな恐ろしいことが待っていても大丈夫だと、強く心から思う。


「おーし! アポロも元気になったところで、とりあえずダンジョン制覇つーことでそろそろ地上に戻ろうぜ」

「そうですね……?」


 ホムラの言葉に頷き出口を見たところで、突然地面が揺れ始めた。


「これは?」

「……不味い」

「こいつぁ……」


 シズルが疑問に思っていると、ローザリンデとホムラが焦ったような顔をした。

 

 いったいなにが、そう思っていると、揺れが大きくなり始める。


 まるで、ダンジョンそのものが崩壊するかのように――。


「お前たち、急いで脱出するぞ! シズルはイリスを、ホムラはアポロを抱えてくれ! 道は、私が切り開く!」

「っ――⁉ イリス、ちょっとだけ我慢してね!」

『うん!』

「おいアポロ、落ちるなよ!」

「うー!」


 ローザリンデの言葉を皮切りに、シズルたちは一気に動き出す。

 ヘルメスの死体を抱える暇はなく、階段を一気に駆け上がり、元来た道を逆走した。


「くっそ、この長い道は本当に嫌がらせだぜ!」

「あまりグダグダ言うな! 来たときと違って階段が短くて助かったと思うくらいの気持ちでとにかく足を動かせ!」


 たまに落ちてくる瓦礫をローザリンデが捌きながら、シズルたちは長い通路を駆け出し、リッチキングと戦った第三層に辿り着く。


「シズル様!」

「エイル! それにみんなも……なんで逃げてないの⁉」

「この異常事態、主と決めた方がまだ残っているというのに、我々だけが逃げるわけには行きません!」

「そうだぜ! 俺らも冒険者だったら命あっての物種だがよ、今はアンタに仕えてるんだ。だったら、今まで通りって訳にはいかねえよな!」


 その言葉に『破砕』の面々も、シノビの二人も同意する。


 これまで自分の家臣を持ったことのないシズルは、そこまでの忠義を誓ってくれている彼らに心が揺さぶられる。


 それと同時に、自分の選択一つで彼らの命を失わせるかもしれないと思うと、少しだけ怖いと思うようになった。


「シズル、ビビんなよ」

「……兄上」

「前に森でも言ったが、俺らには責任があんだからよ。迷ったら、死ぬのは俺らじゃなくて家臣のやつらだ。こいつらの命より俺らの方が重い。それだけ覚えてたら、お前も早々無茶はしねえだろ?」

「無茶ばっかりする兄上がそれ言いますか?」

「かかか、そりゃ言うぜ。俺はお前のアニキだからな」」

「なるほど……それなら仕方ありませんね」


 相変わらず、言っていることは結構めちゃくちゃなのに妙に説得力のある兄である。きっとこれが英雄とかと呼ばれるような人間なのだろう。


 多分、そう言う風になれる人間というのは、無意識に人を惹きつけるような存在なのだ。父にしろ、兄にしろ、自分とは全然違う。


 だがそれでもいいと思っていた。彼らには彼らの、自分には自分の道があるのだ。


 シズルが一番好きな物語は、主人公が強くなって世界最強クラスの強敵達をも倒していくバトルモノだ。


 さらに可愛いヒロイン達に好かれたり、周りからは信頼されたり、憧れの対象となるといったハッピーエンド物など、何度も夢見てきた。


 そしてシズルは思ったのだ。自分もそんな物語の主人公のような、最強の魔術師になりたい。ファンタジーの世界で、憧れの対象になりたい。


 雷神様からこの異世界のについて説明を受けて、知れば知るほど、そんな気持ちが強くなっていたのだ。


 そして――物語の英雄のようになりたいと、そう強く思った。


「兄上……」

「あん?」

「俺、もっと強くなりますよ。どんなことからも、みんなを守れるように」


 たとえあの偉大なる錬金術師ヘルメスが脅威に感じた災厄であっても関係ない。


「この力は、そのためにあるんですから!」

『シズルなら、きっと大丈夫』

「おう、なら立ち止まってる暇はねぇな! 俺ももっともっと強くなるから、どっちが強くなれるか競争しようぜ!」

「その通りだお前たち! 本当に立ち止まってる暇はないぞ! エイルたちも! 余裕があるなら前を走れ! じゃないと置いていくぞ!」


 唯一前を走っているローザリンデの叱咤する声に反応するように、シズルたちは慌てて駆け出す。


 そして――途中で他の冒険者たちを拾いながら、シズルたちは誰一人かけることなく脱出することに成功したのであった。

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