エピローグ
城塞都市マテリアの近くで発見されたヘルメスのダンジョンは、ダンジョンコアを破壊したことで崩壊した。
本来ダンジョンコアの破壊は、ある程度ダンジョン内の遺物を回収してから行われる。
しかしそれも、ダンジョンの主がいなくなり危険性が激減するからこそ行われる行為。
リッチキングのように、時間の経過と共に復活する。しかも通常のダンジョンとは比べ物にならないほどの脅威は想定外だったことだろう。
ヘルメスの遺産も全て瓦礫の中で、それを惜しむ声も中にはあったが、それ以上にシズルたちが話したリッチキングとダンジョンの危険性の方をギルドは優先してくれたらしく、お咎めなしということになった。
元々、ギルドからすれば大がかりの作戦でもあったからこそ、話はスムーズに進んだと言ってもいいだろう。
そして、今回のダンジョン攻略において、多くの冒険者たちはその恩恵を受けることになる。
普通なら危険で参戦すらさせて貰えなかった冒険者たちも、上層階でかなり安全に稼ぐことが出来た。
エイルたちA級冒険者も、己が主と仕えるに相応しい者を見つけ、今後は冒険者から足を洗い、フォルブレイズ家に入ることになる。
元々王国屈指の強さを持つ騎士団を有するフォルブレイズ家だが、それでもA級冒険者というのはまた別格だ。
ローザリンデがホムラ付きにすぐなれたのも、その恩恵が大きい。
単体の戦闘能力の高さではA級でもトップクラスのエイル。
元々大規模の組織である『破砕』を運営し、自身もA級冒険者に恥じない実力を持つグレイオス。
そしてシノビとして大陸に名を馳せているサスケとハットリの情報収集能力は、これからのシズルの大きな力となることだろう。
そうしてシズルたちがヘルメスの大迷宮を攻略してから約一週間経った。
その間、事情聴取として長く拘束されていたせいで、ホムラがかなり機嫌が悪くなるなどの一幕もあったが、それは割愛しておく。
シズルたちは今、城塞都市マテリアの入り口で、ギルドや他の冒険者たちに見送られていた。
「さて、それじゃあ行こうか」
「はい、シズル様」
シズルの言葉にエイルが同意するように頷いた。
来たときはホムラとローザリンデとイリスの三人だった仲間も、今はかなりの大所帯だ。
今のメンバーに、さらにグレイオスが自分たちの拠点から多くの部下を引き連れて、城塞都市ガリアで合流する手はずとなる。
「うー!」
「そうだね、アポロもいるもんね」
やってやるーと元気に声を上げるアポロに笑いながら、シズルは城塞都市マテリアを振り返った。
「色々あったけど、結果的に得るものはたくさんある冒険だったな」
「そうだな。特にお前にとっちゃ、これからが忙しくなるから仲間が増えたのはいいことだぜ」
ホムラと一緒に脱走するところから始まったダンジョン攻略も、これで終わりだ。あとは帰って――。
「お二人とも、どうやらお忘れのようなのでお伝えしておきますが……」
「うん? なにかなマール?」
「んだよ、今良い感じにまとまりそうなのにその不穏な声だして」
マールがにっこりと、それはもうとてつもないほどいい笑顔でこちらを見て笑っているので、フォルブレイズの悪童兄弟は揃って頬を引き攣らせる。
彼女がこういう顔をするときは、大抵こっちにあまりいいことがないのだ。
「帰ったら、エリザベート様からの特大の説教が待っていますよ?」
「よしシズル。次はどこのダンジョン向かう?」
「そうですね。ちょうど魔族領とも近いことですし、このままそっちに行くってのはどうですか?」
城塞都市マテリアは魔族領との国境い位置する都市で、そもそも魔族の侵攻を抑える役目を担っている。
当然、ここから少し西に行けばそのまま魔族領だ。今はグレンと共に魔王を倒した勇者が、そのまま魔族領で統治を行っているという話だが、それでも危険な地域には違いない。
「お前たち、絶対に逃がさないからな」
『さすがに一回帰らないとだめだと思う』
「うー!」
ローザリンデ、イリス、アポロが逃走を計画し始めた二人を抑え込むために構えを取る。ホムラとシズル、どちらか一人であればおそらく脱出できるだろうが、両方は難しい。
「おいシズル。お前が犠牲になれ」
「嫌ですよ。だいたい兄上は帰って勉強しないとダメでしょ? 逃げるなら俺が……」
「どっちも逃がさんと言ってるのだ」
「そうですよー。お二人とも、絶対に連れて帰りますからねー」
帰りの馬車の中、狭い室内にも関わらずローザリンデの鋭い槍がホムラの首元に突き刺さり、そしてシズルの方をギリっと睨む。
シズルの腰にはいつの間にかマールの短刀がそっと添えられて、二人は揃ってうなだれることとなった。
「ふふふ、これからが楽しみですね」
「そうだな。あのフォルブレイズ家で俺らの力を振るえるなんてガキのころは夢にも思わなかったが、これから楽しくなりそうだぜ、なあサスケ!」
「否、我はハットリ」
「是、こっちがサスケ」
「お前ら同じ顔して同じ格好してるから分かりづれぇなぁ……」
馬車の外から楽しそうにエイルたちの楽しそうな声が聞こえてくる。彼らもまた、これからの行く末を楽しみにしているようだ。
そうしてシズルたちがフォルブレイズ家に帰って待ち受けていたのは――。
「ようやく帰って来ましたわね!」
「誰?」
「げっ⁉ なんであいつがここに⁉」
シズルの見覚えのない女性がこちらを、というよりはホムラを睨みつけて指を差してきた。
それを見てシズルは思う。
金髪ロールに言葉遣い。紅い豪奢なドレスといい、どう見ても厄介ごとの匂いしかしない。
しかしホムラを睨んでいる女性は年齢的にも、そして対応的にも自分とは関係なさそうだ。
そして彼女を見たホムラの態度にシズルは――。
「よし、これは兄上の案件か」
ガッツポーズをする。
『シズル、嬉しそうだね』
「だって絶対ややこしくなりそうな状況だもん」
『……そうかも』
シズルの言葉にイリスも少し納得気味だった。
「そんなこと言ってられるのも今のうちですよー」
だがしかし、そんなシズルの希望を打ち砕くように、背後からマールが声をかける。
「ねえマール。なんで俺が安心してホッとしてるときにそんな不吉なこと言うの?」
「言っておきますけど、これはシズル様の自業自得ですからねー」
「……」
マールの視線の先、そこには額に怒りマークを付けた状態のエリザベートと、ユースティアが立っていた。
――大丈夫、ここまでは想定内だ。
元々彼女たちに怒られる覚悟はとっくに出来ている。そんな覚悟がなくて、家を飛び出せるものか。
そう強気のようで弱気の心を振るい立たせていると――。
「ん?」
――おかしい……いるべきはずのない人があそこいる。
「ねえマール……どうしてルキナがあそこにいるのかな?」
「それはもちろん、シズル様が今後勝手に家から飛び出していかないように、こちらでお勉強するからですよー」
「うん……前後の文が繋がってないよね?」
「繋がってまーす」
ソワソワした様子のルキナと、母であるイリーナがこちらを微笑ましい様子で見つめていた。
エリザベートの傍にはユースティア、そしてルキナの傍にはイリーナ。
もう、それだけ嫌な予感しかしない。あと別にそんなことしたつもりはないが、浮気のバレた夫の気分も。
「あにう――」
シズルがホムラを誘ってなんとかこの状況から脱出しようと振り向く、すでにローザリンデに捕まった状態でその場に拘束されていた。
「シズル様も観念してくださいねー」
「……はい」
そうして、シズルは全てを諦めて、家族の待つフォルブレイズ邸に向かう。
「うー」
『ふふふ、そうだねアポロ。ちょっとおかしいね』
「うー‼」
そして、そんな風にすごすごと肩を落としながら連行される二人を見て、アポロとイリスは微笑みあうのであった。
いずれ雷帝と呼ばれる少年のダンジョン攻略はこれにて終幕
心を知った偉大なる錬金術師の最高傑作は、これからさらにその心を広げて仲間を守るために強くなる。
次の舞台はフォルブレイズ家。そこで少年たちは、これまでと少し違った騒動に巻き込まれるのだが、それもまた未来に繋がる第一歩。
のちに雷帝と呼ばれる少年は、この時の出来事をこう語る。
――強い魔獣とかと戦う方がよっぽどマシだった。
そうして、二人の少女に挟まれながら少年は、より多くの経験をしていくのであった。
雷帝の軌跡 ~俺だけ使える【雷魔術】で異世界最強に!~
第4章 『偽心の愛』 完
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