第30話 事情説明

 一瞬でエリーとエステルの間に入ったシズルは、握った腕に力を加える。


「っ――」

「あっ!」


 突然の出来事に驚きを隠せなかった二人は、そのままお互いの武器を落としてしまう。


 それを確認したシズルは、そのまま手を離すと、二人の武器を没収するように拾い上げ――。


「さて二人とも、これはどういうつもりかな?」

「あ、その……」


 二人の武器を掲げながら威嚇するように笑顔で二人を問い詰めると、エリーは怯んだように一歩下がる。


 だがエステルの方は少しばかり笑みを深くするだけで、動揺している様子は見られなかった。


「……」


 あの瞬間、エリーは本気でエステルを刺そうとしていたし、エステルもまた、エリーを刺そうとしていた。


 普通に考えれば両成敗、と言いたいところだが、端から見た場合はエステルは正当防衛にしか見えなかったことだろう。


 このまま大事にしてしまえば、いくら貴族としての格が高くても、エリーの方が状況は不味くなる。


 とはいえ、エリーの感情的に起こした行動も問題なのだが、あの殺気を感じたシズルからすれば、エステルの方がよほど危険人物だ。


 さてどうしたものか、と考えていると、遠く離れたところからユースティアが駆けつけてきた。


「お前たち!」

「あ。ユースティア……君はとりあえずクランベル嬢を」


 助かったと思う。一先ず動揺しているエリーを預けたシズルは、改めてエステルを見た。


 水色の髪を腰まで伸ばした彼女はかなり綺麗な顔立ちをしている。


 そんな彼女に学園の生徒たちが夢中になることも分からなくもないが、しかしこうして改めて真正面から見て見ると、シズルは相変わらず嫌悪感を抱かずにはいられなかった。


 ――どうしてこんな女にミディールは惹かれているのだろう?


 そう思っていると、エステルが一歩前に出てきて頭を下げる。


「フォルブレイズ様、こんにちわ」

「……君は何者?」

「あ、ようやく私に興味を持ってくださったんですね! 嬉しいです!」


 明らかに敵意を向けて睨んでいるというのに、彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべる。


 普通に考えれば、上級貴族に睨まれるなど、男爵家でしかない彼女からすれば恐ろしいことのはずなのに、違和感しかなかった。


「私のことはエステルとお呼びください」

「……そう、それでノウゲート嬢。もう一度訪ねるよ。君は何者だ?」

「あはは、そこは反応してくれないんですね。まあ何者と言われても……アストライア王国の男爵子女で、学園の生徒としか……」


 はっきり言って、彼女は異常である。少なくともこうして対峙して見てはっきりわかるのは、彼女が普通の人間ではないということだけ。


 人の顔、人の身体をしているのに、まるで他のなにかを前にしているような違和感。しかもルージュなどと違い、魔物に近い感覚を覚える。


「そう、そしたら学園でいつでも会えるね」

「あ、もしかしてお誘いして下さるんですか?」

「そうだね。そうならないようにしたかったけど……」


 シズル後ろではエリーが涙を流しながら蹲っている。


 それをユースティアが慰めるように支えているが、周囲の目が騒がしくなってきた。これ以上は騒ぎを大きくしたところで、誰のメリットもないだろう。


「とりあえず今日はお暇することにするよ」

「そうですか。私はこのままでもいいんですけど」

「へぇ……ずいぶんと学園とは態度が違うんだね? クランベル嬢は伯爵令嬢だけど、怖くないの?」

「うふふ、ここは学園じゃないですからねぇ」


 それがどういう意味を持っているのかは分からないが、彼女の態度が普段とは違うことは間違いない。


 本来ならこのまま追求したいところであるが、今はエリーをそのままにはしてられなかった。


「ところでミディール」

「っ――な、なんだい⁉」

「婚約者が泣いてるのに、どうして君は傍に駆け寄ってあげないの?」

「そ、それは……」


 エステルの横で立ち尽くしているミディールに問いかけると、彼は視線を彷徨わせながらもその場から動かなかった。


「まあいいや。とりあえず今日はこれまでにしよう。野次馬も集まってきたことだしね」


 そう言うと、シズルはユースティアの方を向く。


「ああ、あとこれは没収させてもらうから」

「ええ、フォルブレイズ様に貰ってもらえればその子も喜びます」

「……そう」


 シズルは手に持った短刀を見せびらかす様に掲げると、そのまま懐に入れてユースティアたちの方へと向かう。


 そして二人を立ち上がらせると、そのままミディールたちに振り向かずに歩き出した。




 騒ぎを聞きつけた騎士が集まる前に、シズルたちはその場を離れると離れた個室のカフェへと入りこんだ。


「えぐ……うぐ……ミディールのあほぉ」

「ほら、いい加減泣き止め。可愛い顔が台無しだぞ?」

「ティアぁ……でもぉ」


 普段は勝気な性格のエリーであるが、今は見る影もなく普通の少女のように泣き続けていた。


 どうやらよほどミディールが浮気をしていたのがショックだったらしい。


 自分がもし逆の立場で、ルキナが別の男とデートをしていたらと思うと、胸が痛くなる光景だ。


「一度、本気でミディールは根性を叩きのめしてやらないと」

「おいシズル。今はそれどころじゃない」

「ああ、ごめんね」


 そう冗談を言いつつ、実際はどうだろうとシズルは思っていた。


 エリーが泣いていたあの時、ミディールの態度は少しおかしかった。手を伸ばそうとしてその手を引っ込め、だが視線だけは離せない。


 まるで駆け寄りたいけど駆け寄れないような、そんな葛藤を心に持っているようにも見えたのだ。


「もしかしたら、状況は意外と複雑なのかも……」


 単純に洗脳をされているなどであれば、話は簡単だ。諸悪の根源を叩きのめせばいい。


 しかしである。上級貴族のミディールを脅せるかといえば、そんなことを一介の男爵令嬢が出来るはずがない。


「ぅ……ありがとねティア。フォルブレイズ、アンタも悪かったわね。みっともない姿を見せたわ」

「うん、少し落ち着いたみたいで良かった」


 しばらく考え事をしていたうちに、ユースティアが無事に慰めることに成功したらしく、声色はだいぶ落ち着いてた。


 とはいえその瞳は真っ赤に充血し、まるで手負いの獣のようだ。


 今の彼女に再びナイフは渡してもいいものか、一瞬悩むもこちらが持っていても仕方がないと思い、エリーに手渡す。


「ありがと。ところでアンタたち、二人で何してたの? そんな変装までして」


 その言葉に、シズルたちは何と答えたものか一瞬迷う。


 ここ最近、学園でも一緒にいる姿は目撃されているが、しかしそれはあくまで学園内。


 当然ジークハルトやルキナも公認であることくらい、普通の学生では分かっていたはずだ。


 しかし、それが学園外となれば話は別だ。この場合、それぞれの婚約者たちに内緒で蜜月を過ごしていると思われても仕方がない。


 エリーが先ほどあれだけ怒りに支配されていたのも、学園の外の出来事であったから。


 もしかしたら彼女は、自分たちが婚約者に隠れてデートをしていたと思われているのかもしれない。


「あー……実は」

「シズル。私から話そう」

「ユースティア?」


 そうしてユースティアは語りだす。


 そもそもの発端であるジークハルト王子の依頼。


 そして学園内で広がる異常ともいえる婚約破棄の数々。それらをすべて総合して、エステルが怪しいと睨み、ミディールを近づけたこと。


「ふぅん……そういうこと」


 全てを聞き終えたエリーは、少しばかり表情が引き攣る。それが怒りを抑えているというのは、誰の目から見ても明らかだ。


「すまなかった。私たちが迂闊にミディールを近づけたせいで」

「別にティアたちのせいじゃない。それくらい、わかってるわよ」

「だが……」

「あのバカは自分から首を突っ込んできたんでしょ? それに王子の依頼だったらあいつ、多分死んでもやるって言いかねないもの。だから……ってフォルブレイズ、アンタ何よその顔」

「いや、その、なんというか意外だなぁって」


 もっと猪突猛進なタイプかと思っていた、とは口が裂けても言えない状況だ。罵詈雑言は避けられないだろうと思って身構えていた分、少し力が抜ける。


「何考えてるのかは顔に出てるからムカつく……けどさっきは助けてくれたし、不問にするわ」

「あはは、ありがとうございます」

「……とりあえず事情はわかったから――」


 エリーは何かを考えるように一度うつむき、すぐに顔を上げる。 


「私も今後、アンタたちと一緒にあの女の調査をするわ。いいわよね?」


 それを断ることは、例え貴族位が上の二人であっても出来なかった。

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