第20話 日常
不思議な少年、アポロと遭遇したシズルたちは、とりあえず一度ダンジョンから城塞都市アルテナへと戻ってきていた。
「……それでシズル様たちは戻ってこられたんですね?」
「うん、さすがにこの子をそのまま置いていくわけにもいかなかったし」
「ぁー……」
ヘルメス・トリスメギストスが作ったと言われるダンジョンの奥で出会った謎の少年、アポロは出された食事を不思議そうに見つめながら、ゆっくりフォークで食べる。
その姿は初めて食事を一人でする幼子のようで愛らしいのだが、出会った場所が場所なだけにどう見ればいいものか判断に困っていた。
ふわふわな金髪に、太陽を浴びたことのないような色白の少年をマールが見る。
「うーん、とりあえず……ホムラ様たちがギルドに説明していますし、その結果を待ちましょうか」
「そうだね。とりあえず今のところ、危険はなさそうだし」
シズルとしても、今のところこの少年から危険な雰囲気は感じられない。
このぽわぽわした雰囲気をみれば、先日のような明らかに異常な力も間違いだったのではないかと思うくらいだ。
「まあ、この光景を見て、危険に思えるはずもないんだけどね」
一緒に帰ってきたイリスだけが、唯一この少年と言葉を交わせる。理由を聞いてもなんとなく、としか答えてくれないが、恐らく本当に理由はわからないのだろう。
『もうアポロ。お口汚れてるよ?』
「ぅー」
『うん、これで大丈夫」
そんなイリスはまるで、自分がお姉ちゃんとでも言う様にアポロの世話をしていた。
今も口元が汚れた彼を拭いてあげている。
そしてアポロもそんなイリスにされるがままで、なにも知らない人間が見れば可愛らしい兄弟だと思うことだろう。
「あぁぁー……美少女と美少年の絡みも良いですねー」
「マール、顔が緩みきってるよ……」
まるで不審者のようで、この顔を見てしまえば三年の恋も冷めてしまうことだろう。
もっとも、シズルはすでに十年以上一緒にいるので、今更彼女のこんな顔を見ても離れることはないのだが。
「仕方ないじゃないですかー。最近のシズル様はどんどん格好良くなっちゃって……それはそれでいいんですが、やっぱり可愛さがなくなってくるのは寂しいんですよー」
「俺も男だし、可愛いって言われても嬉しくないんだよねぇ」
昔からマールは可愛いものが好きだった。
自分が幼い頃はいつも頬を緩ませていたし、ルキナがヴリトラと遊んでいるときなど、どこから持ってきたのか撮影機でたくさん撮っていたものだ。
撮影機はかなり高価なはずだが、どこからそんなお金を絞りだしたのか、不思議で仕方がなかった。
「って、言ってる傍から撮ってるし」
「ふふふー、いついかなる時でもベストショットは見逃しませんよー」
「こんな所まで持ってきて、壊れても知らないよ?」
「そんなヘマはしませんよー」
パシャ、パシャとアポロとイリスのツーショットを撮っていた。
魔力が動力源になっているカメラなのだが、前世ではほとんどがスマホで済んでいたため、このようなものは段々と廃れていったものだ。
不意に、この世界でもいずれ、インターネットや様々な文明が発展していくのだろうかと思う。
「……まあ、その時はもう俺は生きていないか」
百年後か、千年後か、この不思議なファンタジー世界もいずれ前世のような世界になるのかもしれないと思うと、少しだけ不思議な気分だ。
とはいえ、そういうのは得てして、突然生まれた天才による影響が大きい。
今のところ文明を変えてしまうような人物が生まれた例など、それこそ史上最高の錬金術師ヘルメス・トリスメギスくらいなもんだ。
「そう考えると、結構とんでもない光景だよなぁ」
目の前でご飯を食べることに悪戦苦闘してるアポロと、その世話をしているイリス。
一人は千年前のダンジョンから出てきた少年であり、もう一人は大精霊ディアドラから生み出された精霊の御子。
この二人の歴史的な価値を考えれば、そこらの金銀財宝など無価値と言っていいだろう。
「まるで人ごとのように言っていますが、シズル様も同じかそれ以上にとんでもないお人ですからね?」
「まあ、それはそれ、これはこれってことで」
「もう! もう少しご自身の価値を自覚してくださいってば!」
たしかに世界で唯一の『雷魔術』を使えるシズルの価値は、一国の王族よりもさらに希少だ。マールが言うように、歴史的な価値でも現存物的価値でも、シズル以上の者は早々現れないだろう。
「おい、戻ったぜ!」
「あ、兄上が帰ってきたよ」
「また話を逸らそうとして……」
「今は俺のことよりアポロのことの方が大事だからさ」
「……はぁ。まあいいですけどー。屋敷に帰ったらしっかりその辺りも自覚してもらいますから、覚悟しておいてくださいよー」
本当に、屋敷に戻ったら自分と兄はいったいどうなってしまうのだろう。
もうずっと戻りたくないという気持ちがこみ上げてくるが、さすがにそれは不味いので、いずれ来る未来に覚悟だけを決めておこうと思った。
「お帰りなさい兄上、それにローザリンデ」
「ああ、今帰った。とりあえず状況報告と、このアポロのこと……」
そこまで言ったローザリンデが言葉を切る。そして目を見開いて、驚いた表情をしていた。
いったいなにを、と思って見ていると、その視線の先にはイリスとアポロ。
二人で仲良く食事をしている微笑ましい風景は先ほどとなにも変わらないが、いったいなにに驚いているのだろうか。
「……イリスが」
「イリスが?」
「一生懸命食べ方を教えている⁉ おいマール、この貴重なシーンをしっかり記録するんだ!」
「ふふふー、もうしっかりばっちりお任せですー」
そうしてローザリンデはマールの背後に立つと、彼女と同じ目線でイリスたちを熱い視線で見つめる。
「……えぇ、ちょっとキャラ違うくない?」
「ロザリーのやつ、今まで見てきた中で一番生き生きしてやがるぜ……」
そんな男二人を無視して、マールたちはただひたすらご飯を食べるという、『日常』のワンシーンを記録に残すのであった。
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