第46話 殲滅

 ヘルメスが無限に増殖することといい、あらゆる属性を放ってくることといい、どこかこれまでのダンジョンで戦ってきたものたちを思い出させる。


「ちっ!」

『ひひひ、ひひひひ! いつまで持つかなぁ?』


 まとめて十人以上のヘルメスを吹き飛ばすが、広場一帯でこちらをあざ笑う無数の男。響き渡る声は不快感が酷く、苛立ちを覚えてしまう。


「第一層のときみたいに、なにかカラクリがあるはずなのに……」

『あの男が多すぎて、どこになにがあるか見えたものではないな』


 ヴリトラの声もどこか疲れがあるように思う。体力的な物ではなく、この不快感のある精神的な疲れだろう。


 気持ちはシズルもわかる。なにせ見渡す限り同じ顔をした男をした男が、下卑た笑いでこちらを見てくるのは一種のホラーだ。


「とりあえず、一発吹き飛ばすよ」

『おう!』

「『雷結界ショックウェイブ!』」


 シズルは掌に雷を発生させると、それを地面に解き放つ。その瞬間、地面から無数の雷が間欠泉のようにあふれ出し、周辺にいるヘルメスを薙ぎ払う。


『ギャァァァァッ』


 ここにいる全てを吹き飛ばすにはそれなりに力を溜める時間が必要だ。だがしかし、この状況ではその時間を確保することはできない。


 だからシズルは一度時間を作るために、近くにいるものを吹き飛ばした。


『ひひひひひ。浅はかな考えぇ!』

「くそ、復活が早いなもう!」


 倒すのは簡単だ。だがすぐに復活してしまうせいで、目の前がまたすぐ埋められる。無限に復活する敵がこれほど厄介だとは思わなかった。


 こんな時イリスがいてくれたら、そう思った瞬間――。


「うぉ⁉ なんだこれ気持ち悪ぃ⁉」

「これは……近寄りがたいな」


 自身の背後にある階段から、ホムラたちが降りてくる。そして目の前の無限にいるヘルメスを見て、そんな声を上げた。


「兄上! それにローザリンデも!」

「状況はわかんねぇが……敵だな⁉」

「はい!」


 シズルが頷いた瞬間、ホムラは迷うことなくヘルメスの群れに突撃していった。そしてそれに続くようにローザリンデも駆け出す。


「ぶっ飛びやがれ!」

「ハァァァ!」


 二人のおかげでシズルが一呼吸を置く時間が出来た。とはいえ、そもそもの数が違い過ぎるので、焼石に水とも言えた。


 だがそれも、イリスとアポロが現れることで戦況も一変する。


『シズル……第一層と同じことするよ?』

「うん、お願い。アポロはこのままイリスを守ってくれる?」

「ぅー!」


 任せろと言わんばかりに声を上げるアポロに心強さを感じながら、シズルは魔力を溜め始める。


 イリスがクルクルと指を回しながら風を操ると、その風は一気にヘルメスたちの足元に広がった。そして――。


『な、なんだこれは……か、身体が⁉』

『上がれー! 浮遊レビテーション


 一瞬、翡翠色に広がる柔らかな風がヘルメスたちを宙に浮かせる。前回の魔物たちはこれで身動きが取れなくなり、その間に元凶である水晶を壊した。


 しかしヘルメスには魔術がある。


『くっ⁉ これでも喰らえー!』


 宙に浮かされたヘルメスが、空中から大量の魔術を放ってくる。これまでは正面から飛んできていたそれが、頭上から放たれることでこれまで以上の範囲攻撃となってシズルたちを襲う。


「あぶねぇ⁉」

「くっ!」

「ぅー!」


 それをホムラとローザリンデ、そしてアポロが叩き落とす。おかげでシズルとイリスに魔術が届くことはなかった。


『えい!』

『くぉ⁉」


 一瞬驚いたイリスだが、風を上手く操作してヘルメスたちの身体を動かす。そのせいで集中力を切らされたヘルメスは、魔術を使えなくなっていた。


『えい! えい! えい!』

『く、ぅぅぅぅぅ⁉ や、やめろー!』


 ブンブンと上下に振られるせいでヘルメスは焦ったような声を上げている。


 その間に、シズルは魔力を溜め切った。その魔力を具現化するように、雷で出来た巨大な槌を作り出す。


「さて、それじゃあ終わりにしよう!」

『や、やめろー⁉』

「やめない! 『全てを粉砕する巨人の神雷ミョルニル!』」


 シズルの振り回した巨大な槌は、無数のヘルメスを飲み込んでいった。




「ふぅ……終わったね」


 本当は色々と聞きたいことがあったが、しかしあれだけ敵意を向けてきたあの男を相手に、話し合いが通じるとはどうしても思えなかった。


「で、俺らが来たときにはお前が戦ってたから加勢したが、結局あいつは何だったんだ?」

「そうですね。とりあえず休憩がてらお話します」



 そうしてシズルは先ほどの出来事を話し始める。


 シズルが階段を下りた瞬間、この部屋に辿り着きヘルメスを名乗る男に実験体扱いされたこと。そして倒したと思ったら、大量のヘルメスが現れたこと。


 おそらく仕組みは第一層の水晶と同じだったのだろう。先ほどの『全てを粉砕する巨人の神雷ミュルニル』によって部屋中を一気に巻き込んだため、ヘルメスだけでなくその装置も一緒に吹き飛ばしたのだと思う。


「まあ、そんな感じです」

「なるほどなぁ……まあしかし、これだけのダンジョンが作れる奴の割には、意外とあっさり終わったな」

「そうですね……・少しだけ拍子抜けです」


 とはいえ、それもホムラたちがやってきてくれたからだ。

 

 あのまま一人で戦っていたら、体力か魔力を使い切って負けていたかもしれない。戦いには相性というものがあり、今回のヘルメスはシズルにとって厳しい相手であったのは間違いない。


「まあとりあえず、先に進みましょうか」

「おう、そうだな」


 シズルたちは広場の奥にある扉を見る。おそらくその先が最終目的地点。


「ぅー……」

「アポロ?」


 シズルたちがそちらに向かおうとした瞬間、アポロがなにかを言いたげな声を出す。


 これまで見たことのない、不安そうな顔だ。いったいどうしたのだろうかと思うが、彼はなにも言わない。


 イリスを見ると、少しだけ困った顔をしていた。


「もう少し休もうか?」

「ぅ、ぅー……」


 そう尋ねると、アポロは首を横に振って歩き出す。どうやら体調的な問題ではなさそうだが、いったいどうしたのだろうかと不安に思ってしまう。


 もしかしたらこの先に、なにかがあるのだろうか。そう思うシズルだが、ここまで来て止められるはずがない。


 ゆっくりと一番前を進むアポロの後ろを、シズルたちは追いかけるのであった。

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