第21話 白狼族の集落
「さあ、我らが同志に乾杯!」
『カンパーイ!』
そこかしこで浮かれたような笑い声が聞こえ、集落の中心では高々と炎が燃え上がる。
周囲からは笑顔が絶えず、貴賓席のような席を用意されて次から次へと食べ物や飲み物が運ばれてくる。
その様子を、シズルは呆気に取られて見ている事しか出来なかった。
「いや、確かに仲は良好って言ってたけどさ……」
オークと違い、白狼族の見た目はほとんど人間と同じで、そこにファンタジーらしく獣耳がや尻尾が生えている。
それぞれ特徴こそあるものの、シズルから見ても美男美女が多い印象だ。
そんな彼らが歌え騒げと盛り上がる様は、穏やかとは程遠い。
すでにホムラが飲み食いしながら白狼族の若者たちの輪の中に入っているが、全く違和感なく溶け込んでいた。
これはどういう事? とローザリンデを見ると、彼女も少し焦った様子で弁明する。
「いや、そんな目で見るな。私だってこんなことになるとは思っていなかったんだ」
ローザリンデ曰く、白狼族とはフォルセティア大森林でも穏健派に属し、物腰は柔らかく聡明な種族の代表だと言う。
それでいて狩りになれば一糸乱れぬ動きを見せて獲物を追い詰め、確実に息の根を止める事でも有名だそうだ。
「私が旅立った日だってこんな事にはならなかったんだ」
「いやいや、あれ見てよ。あの暴走戦車みたいな兄上と一緒になってる姿を見たらさ、どこが穏やか? って感じなんだけど……」
すでに出来上がっているのか、白狼族の若者たちと肩を組みながら酒の一気飲み大会が始めているホムラを見て、シズルは絶対にあそこにはいかないと決めていた。
「う、うむ。白狼族はもっと大人しい種族だと思っていたのだがな……?」
「ほっほっほ。何、今日は我らが同志、ローザリンデが使命を果たして戻ってきた喜ばしい日だからの。アヤツらも嬉しくて羽目を外してしまっているだけじゃって」
「長老……」
シズル達の前に現れたのは、最初に集落に訪れた時に案内されて挨拶をした白狼族を束ねる長。
顔は皺が多く、人間であればすでに七十は超えているであろう見た目だが、背筋もピンと伸びてまだまだ現役な雰囲気を持つ老人だ。
シズルは立ち上がると、そのまま白狼族の長老に向けて頭を下げる。
「この度は突然の訪問にもかかわらず、このような席を用意して頂き――」
「よいよい、ここは王国でも何でもないんじゃ。そんな畏まっても誰も付いてこんよ」
「ですが……」
「あやつらも騒ぐきっかけが出来て嬉しいだけじゃからな。主らが来たことで迷惑など欠片も思っておらんさ」
そう言って長老は目を細めて、炎の周りで騒ぐ若者たちを見る。
「それに、我らは元々満月が近づくにつれて気分が高揚する一族だ。ほれ、空を見ればだいぶ丸い月が我らを見守ってくれておるじゃろ?」
そんな長老の言葉を受けて空を見上げると、満月ではないものの丸い月が辺りを照らしていた。
具体的な日数を数えているわけではないが、恐らく明後日には満月となるだろう。こうして月を見上げる度に、シズルは泣かせてしまった婚約者を思い出してしまう。
「一応、旅をしてるから来ないようにって手紙で伝えてるけど……」
果たしてルキナは素直に言う事を聞いてくれるだろうか。そんな風に思いながら、心のうちでは会いに来てほしいという気持ちも存在していた。
会いたいが、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
転生して生前の知識から色々とやってきたものの、恋人一人いなかったシズルにとってこの辺りはあまりにも経験不足過ぎた。
「何かお悩みかな?」
そんな風に月を見上げていると、長老が穏やかな声で尋ねてくる。
「……そうですね。悩みというか、自分が女々しいなって思ってるだけです」
「ふふふ、そういった悩みは若者の特権だからの。存分に悩むと良いさ。だがそうじゃの、この老骨から一つアドバイスをするとすれば、感情に身を任せて飛び込むことも時には重要だ、ということかの」
「感情に身を……?」
「うむ。そうして失敗したとしても、それはいつかお主の糧となる。もちろん、それで成功すればそれはそれで良しじゃ」
「ははっ」
意外と茶目っ気な言い方をする長老に、シズルはつい笑いを零してしまう。
「いや長老。貴方は知らないかもしれないが、こいつはかなり暴走するタイプで、これ以上好き勝手されると私がもっと大変で――」
ローザリンデが色々と言っているがシズルはふと思った。
つい自分は前世の年齢を加味して色々と考えてしまうのだが、そもそもこの世界ではまだ十を超えたばかりの若造だ。
それならもっと子供らしく、もっと早くからなりふり構わず周りに頼れば良かった。
そうすればエリクサーの存在にも気付けたかもしれないし、母も今頃治っていたかもしれない。
ルキナとも喧嘩をせず、何の障害もなく魔術学園へ行けたのかもしれない。
下手に賢しく動くのではなく、思ったまま突き進めば良かったのだ。今更ながらにそう思ってしまい――
「っ!」
再び後ろ向きになりかけた自分の思考を遮るため、両手で勢いよく両頬を叩く。
その甲高い音に周囲の者達の視線がシズルに集まったが、そんな視線が気にならない。
長老が言いたい事は、決してネガティブな話ではない。未来は分からないからこそ、自分の後悔のない道を進めと、そう言ってくれているのだ。
シズルはじんじん痛む頬に触れながら、過去は過去、そして今は今だと自分に言い聞かせた。
「ありがとうございます。少しだけ、気持ちが楽になったような気がします」
「ほっほっほ、こんな老骨の話で良ければいくらでも聞かせようではないか。と言いたいところじゃが、ローザリンデよ。少し話がある」
「……はい。シズル、イリス、悪いが席を離れるから、ここで大人しくしていてくれ」
まるで信用のない言葉は言ってから、ローザリンデは真剣な表情で長老に付いていく。
そうして残されたシズルは、隣で不安げに座っているイリスに向き合うと――
「少し、向こうで話せるかな?」
笑顔を見せて、さっそくローザリンデの信頼のない言葉に沿って行動するのであった。
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