第7話 護衛パーティー結成

 シズル達が盗賊を壊滅させるのに、そう時間はかからなかった。


 そもそも、盗賊達はシズル達の馬車を狙っていたわけではなかったらしい。


 別の商会の馬車を狙っていたところ、運悪く暇を持て余していたホムラに見つかっただけだったようだ。


 装備も練度も傭兵崩れレベルの男たちである。冒険者として見てもせいぜいEランク。


 集団で見ても危険度Cランクあるかないか程度では、この面々を相手取るには物足りなさすぎた。


 とはいえ、護衛がやられて危機的状況だった商会からは大げさなまでにお礼を言われる事となる。


 ぜひ謝礼を、とのことだが正直言って現状お金に窮しているわけでもない。


 とりあえず商品の中から保存の効く甘味類が揃っていたので、そちらを融通してもらい別れる事となった。


 そうして今、再度出発をする直前ではあるが、怒りを隠さないローザリンデによってシズル達兄弟は正座を強要されていた。


「さて、お前達二人は護衛の意味を理解しているのか?」

「そうだぜシズル! 遠距離で一網打尽じゃ面白くねえだろ!」

「ローザリンデ、待って欲しい。一番最初に突撃していったのは兄上だよ」

「護衛対象が護衛と一緒に戦いに出るなと言っているんだ! というか、そもそも危険に向かって突撃するな!」


 明らかに反省の色を見せない二人にローザリンデが一喝する。


 確かに彼女の言うことはもっともだろうとシズルは思った。


 護衛任務を請け負った以上、護衛対象を危険に晒さないことが大前提だ。だというのに、その護衛対象が危険に突撃するのでは話にならないだろう。


 今回の件、盗賊団は二十人程度の小規模集団だった。


 少なくとも貴族の馬車を狙うような大胆な相手ではなく、こちらがスルーをしていれば早々に逃げて行ったことだろう。


「護衛を依頼するならするで、護衛される立ち振る舞いをして欲しい!」

「だってよシズル」

「兄上、これは兄上が怒られるべきやつですよ?」


 わざわざ攻撃しに行き、相手を刺激したのはホムラである。当然怒られるべき相手は自分ではなくホムラだと思っていた。


「俺はB級の冒険者だぜ? 自分の身は自分で守るっつーの」

「いや、そもそも侯爵家嫡男としての自覚をですね……」

「一番の問題児はホムラだとして! シズル、お前もお前だ!」

「え? 俺も?」

 

 シズルはホムラと違い敵に突撃などしていない。遠距離から『電撃ライトニング』で一人ずつ戦闘不能にしていただけだ。


 そんな風に怒られることをしただろうかと思っていると、ローザリンデは呆れたようにため息を吐く。


「ハア……敵を倒した数、分かるか?」

「えっと、兄上が三人、ローザリンデが一人だから、俺は十六人かな」


 百発百中だったのはシズルの中では密かな自慢だった。


「なあ、護衛対象が一番敵を倒すっておかしいと思わないか? 普通に馬車で隠れるって選択肢があったんじゃないか?」

「まあでも、あれくらいなら全然危険もないし」

「……なるほど。わかった、お前達の感覚が普通じゃないことは、よーくわかった!」


 嬉々として盗賊に襲い掛かる異端の貴族と、自身の力に一切疑いを持たず危機感のない貴族。


 しかも、二人揃ってとんでもない実力者。護衛対象として見た場合、これ以上ないくらい厄介な二人組だ。


「なるほど、これは侯爵家がわざわざ私に依頼をするわけだ」


 ローザリンデは城塞都市ガリアの冒険者ギルドで、侯爵家より直々の指名依頼を受けていた。


 最初はフォルセティア大森林出身だからだと思ったが、そもそも並みの冒険者では彼らの護衛は務まらないことが原因のようだ。


 はっきり言って、A級である自分でさえ、この二人を抑えられる自信はなかった。


「なあ二人共、大人しく護衛される気はあるか?」

「ない!」

「もちろんあるよ」

「よし、よくわかった」


 ホムラは論外として、シズルの自覚なき返事を感じたローザリンデはこれからの行動方針を変更することにする。


「これからお前達を護衛対象とは思わず、戦力として考えるようにしよう。その代わり、このパーティは私がリーダーだ。ホムラ、貴様も冒険者ならリーダーの指示に従うように」

「お、それは分かりやすくていいな! オッケーだぜ!」

「シズルも、基本的には遠距離からのみで頼む」

「了解」


 そもそも暴走する相手なら、その理由を抑えてやればいい。


 この辺りはこれまで培ってきた経験が活きた形だろう。これにより、ホムラの勝手な突撃は抑えられるし、シズルも前に出ないから安心だ。


「なんだかこれじゃ、イリスを護衛するパーティーみたいだね」

「そうなった原因が言うな」


 少し困った様子のローザリンデが珍しいのか、イリスはそんな三人のやり取りを見て声には出さないが、クスクスと笑っていた。


 その純粋無垢な笑い方は実に可愛らしい。


 一緒に旅を始めて一週間近く経ったが、いまだに怯えた様子を見せていた彼女が初めて見せた笑顔に少しばかり見惚れてしまう。


「ほーん」

「なんですか兄上……そのニヤニヤした笑い方は」

「いや何、お前も親父の子だよなぁって思っただけだよ」

「どういう意味が含まれてる分かりませんけど、良くない意味だってことだけはわかります」


 今度寝ている時にいきなり静電気で驚かせてやろうか、などと思っていると、イリスが近づいてきてペコリと頭を下げる。


 これは一体どういう行動だろうと思っていると、ローザリンデが少しおかしそうに笑っていた。


「皆さん護衛よろしくお願いします。だそうだ」


 どうやらイリスなりの冗談らしい。シズルとホムラはお互い見合わせた後、笑いながら乗っかることにした。


「ははは、いいぜいいぜ! 俺に任せときな!」

「護衛される側のセリフじゃないですけど、イリスの事はちゃんと守るよ」


 これまで中々取っ掛かりの掴めなかったイリスとも打ち解ける事ができ、旅は非常に順調といえよう。


 シズルが想定していた以上にローザリンデは優秀だし、ホムラも何だかんだで面倒見のいい兄なので多少荒い点を除けば付き合いやすい。


 このままフォルセティア大森林に行き、風の大精霊に会う。そしてエリクサーの情報を得る。


 そうすればどんな医者に見せてもどうしようもなかった母の病気も治せるはず。


 ずっと追い詰められていた気分だったが、解決の道が出来てシズルの気分は高揚していた。


「さてシズル、さっきは済まなかったな」


 再びホムラが御者を務め、馬車に乗り込んだシズルにローザリンデとイリスが頭を下げる。


 何のことだろうと思い返すと、盗賊が出てくる直前、急に警戒態勢に入った事だろう。


 警戒態勢、と言えば可愛いがものだが、はっきり言って少女から発せられたのはもはや殺気に近かった。


「ううん、何か理由があるんだろうと思ってるし大丈夫だよ」

「確かに我々にとって風の大精霊ディアドラは特別な存在だ。だがだからと言って理由もなく警戒するのは違うだろう」


 コクコク、と頷きながら肩まで伸びたフワフワな銀髪を揺らすイリス。


 とりあえず二人に敵意がないことに安心しながら、それでいて油断はできない。なにせあの時感じた気配は、かつての死闘を思い起こさせるほどだったのだから。


「とりあえず、事情だけでも話すね」


 そう言ってシズルは二人に母の事を話す。もちろん、その原因となっている自分の事も含めて。


「そうか……」

「……」


 ローザリンデは聞き終えると、それだけ言って黙り込む。励ましの言葉などがないのは、彼女なりの誠意だろう。


 隣でイリスは涙を流してくれ、二人揃って優しい人達だと思う。


「とまあ、そんな風に悩んでいると、フォルセティア大森林にいる風の大精霊ディアドラ様がエリクサーを知ってるって言うからさ。こうして護衛を雇って旅に出たんだ」


 流石に他領や他国への遠征だ。騎士団を引きつれるなど出来るはずもなく、少数精鋭で行く旅にこうして優秀な人材を選んでくれるのは、流石義母上だと改めて感心した。


 何せローザリンデは大森林出身のA級の冒険者。これ以上ない人選だろう。


「しかしまさかそんな理由だったとは……」


 ローザリンデが少し困ったような、言い辛そうな態度を取る。そうして何をか言い篭り、意を決したように顔を上げた。


「……シズル、確かにフォルセティア大森林には風の大精霊ディアドラ様が住んでいた。これは口外しないで欲しいが、確かにエリクサーも存在する。実際に見た事はないが、我々の伝承には残っているからな。だが――」

「……」

「だが……何?」


 イリスは顔を伏せ、二人の態度から嫌な予感がしたシズルは、恐る恐る聞き返す。


 「今、ディアドラ様は長らくその姿を隠し、我々にもどこにいるのか分からない」


 ローザリンデの言葉は、光の道を歩んでいると思っていたシズルを闇に落とすことになった。

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