第4話 魔術

 基本的に、魔術は危険であるため幼い子供が簡単に取り扱っていいものではない。十二歳から入学できる魔術学園で学ぶか、それぞれの家が専属の家庭教師を雇って教えるものだ。


 だがシズルの加護は世界で唯一の雷属性。教えられる家庭教師などおらず、侯爵である父からも安全が確保されている魔術学園に入学するまでは禁止されていた。


「って言われても、せっかくの異世界に転生して、魔術を使わないなんてありえないよなぁ」


 侯爵邸の敷地は広大である。綺麗に整えられた入口や庭園は美しく、誰もが憧れを抱く理想の屋敷だろう。流石に七年も住めば慣れるが、当初はその大きさや美しさに圧倒されたものだ。


 そんな屋敷の裏に存在する小さな林の中で、シズルは魔術の訓練を行っていた。


 敷地内であるため危険な生き物は存在せず、めったに人もやってこないため、隠れて何かをする際には重宝する場所である。


「しかも十二歳まで待てって言われて、待てるわけない」


 地球でも『ゴールデンエイジ』という言葉もあるように、幼いころにしか身に付かない能力というものがある。


 一般的には五歳から九歳をプレ・ゴールデンエイジ。十歳から十二歳をゴールデンエイジという。この期間こそ運動能力向上の黄金期であり、その先を一生左右する重要な時期だ。


 前世の知識でそれを知っていたシズルは、最強の魔術師を目指すうえでこの期間こそ重要と考えた。


 十二歳になってから魔術学園で学んでいては、最強への道はひどく遠ざかると思っていたのだ。


 それだけではない。赤ん坊の動けない期間。その頃から意識があったシズルは、起きている間はまさに地獄のような苦行であった。幸せだったのは母に抱かれている時くらいだろう。


 それでもシズルはめげず、漫画などの知識を参考に魔術制御の練習をし続けた。なんとなく自分の周囲にいるであろう精霊の事は感じ取っていたので、コミュニケーションを取るべく動き出す。


 色々試してみた結果、精霊は魔力を対価に協力してくれるのだと理解したシズルは、彼らを友として魔術の練習を行い始める。


 体の中に魔力を通してみると、まるで精霊に祝福されているような錯覚にも陥ったり、軽く魔力を放出してみると、小さな電気が発せられた。


 流石に周囲に被害を及ぼさないように気を付けていたが、雷神から受け取った加護によって精霊に愛されているシズルの才能は他者と比較しても群を抜いていた。


 どんどん魔力の扱いが上手くなっていき、精霊とのコミュニケーションもスムーズになる。すると最初の頃よりもずっと魔力を感じ取れるようになっていた。


 これがまた楽しい。やればやるだけ成果が出ることほど夢中になれるものはないのだ。


 歩けるようになってすぐに魔術書に夢中になったのも、読めないながらに必死になったのも、全ては目に見えて成果が出続けたがゆえの事である。


「精霊さん、今日もよろしく」


 シズルがそう言って両手の指先に意識を集中させると、バチバチと小さな雷が発生し始めた。シズルの声と魔力に、精霊が集まってきたのだ。


 この世界では魔術を使用するには、己の魔力を代価として精霊から力を借りることが必要である。


 そのため、魔力だけあっても精霊から嫌われれば魔術は発動できないし、精霊の加護があっても魔力がなければ発動出来ない。


 平民が魔術を扱えないのは、持って生まれた魔力が少ないから。貴族が魔力が多いのは、魔力持ち同士で結婚し、血を濃くし続けてきたから。


 前世と違い科学的な根拠はないが、経験則からそう判断されていた。


 そのため例外こそあれ、基本的には貴族の位が上に行けばいくほど、より優秀な血を残そうと魔力が強い者同士で子を残すことが多い。単純に増え続けるわけではないが、可能性は上がるのだ。


 そして――侯爵家の次男として生まれたシズルの魔力は生まれながらにしてトップクラスであった。


 さらに漫画などを参考にして赤ん坊の頃から魔力を枯渇するまで使い続けてきた結果、その魔力は他の追随を許さないほど膨大となる。


「よし、準備完了……そしたら、『身体強化ライトニングブースト』」


 指先に集まった魔力を全身に行き渡らせる。瞬間、シズルの体が輝き、全身に雷を帯びた魔力が帯電し始めた。


 それを確認したシズルは軽く屈伸など準備運動をすると、林の中を一気に駆け出す。その速度は凄まじく、もし元の世界でこの動きが出来ればどんな競技であっても金メダルを取れるだろう。


「ふう、身体強化ライトニングブーストはだいぶスムーズに出来るようになったか」


 木を駆け上がり、己の体を確認するも反動はない。それに満足したシズルは、まるで曲芸のように次から次へと木を飛び移り続ける。


 身体能力強化は赤ん坊の頃から練習してきたこともあり、シズルの得意魔術だ。


 魔力を帯びた雷で筋肉を活性化させ、その名の通り自身の身体能力を底上げする。これを使ったシズルの運動能力は、超人並となる。


 もちろん発動中は常時魔力を喰われるのだが、圧倒的な魔力を持っているシズルにとって、よほど長期間使用しない限り問題ない程度であった。


「本当は日常生活でもずっと使っておきたいけど……流石にばれるよなぁ」


 魔力コントロールが甘いからか、そもそも不可能なのか、残念ながら使用すると身体に雷が纏わりつくので、家の人間にばれてしまう。


 誰の教えもなく、勝手に魔術の鍛錬をしているなどと正妻である侯爵夫人にバレたら、どうなるか。考えただけでも恐ろしい。


 世界で唯一【雷精霊の加護】を受けたシズルである。世間は極力危険なことをさせたくないため、必要以上に過保護にされてきた。


 理由はわかるのだが、元々成人男性であったシズルにとって、籠の中の鳥状態というのは非常に落ち着かないものだ。


 今こうして自由に動けているのは、父であるグレンが奔放な性格をしているおかげである。


 どうも父は野生の勘か、それとも戦場の最前線で戦ってきた者特有の勘なのか、シズルがこうして一人魔術の鍛錬をしていることに気付いている節がある。


 その父にしても、勝手に魔術を使っている事を義母に知られたら、流石に庇うことは出来ないだろう。


 ――英雄とはいえ、嫁には勝てないものなのだ。


 シズルは飛び乗り続けた木から降りると、軽く拳を突き出したり、蹴りを出したりする。


身体強化ライトニングブーストに問題なしっと。そしたら次は――」


 片手を前に突き出し、魔力を集中させる。すると雷は収束され強く輝き、そのまま白雷色の剣の形へとなった。


雷の剣サンダーブレード、なんてな」


 子供でも扱いやすいように作られたその片手剣は、バチバチと雷を放出しながらも一定の形を整えている。


 シズルの魔力で生み出した、シズルだけのオリジナル武器。


 それをニヤニヤ眺めながら、軽く振るう。


「やっぱり、オリジナル武器はロマンだよな。それで、ちょっとこれをこうすると……」


 シズルは雷の剣に込めた魔力の形を変え始めた。瞬間、雷の剣が消えたかと思うと、再び収束された魔力は雷の槍となり、雷の斧、雷の弓、雷の大鎌、雷の大剣へなど、魔力の込め具合で変幻自在に武器の形を変えていく。


 子供の頃、持っている武器の形を変えて戦う主人公の漫画を読んだ。


 あらゆる武器を使いこなし、どんな場面でも己の優位を取って敵を倒していく。その姿が格好良く、子供の頃は新聞紙や身近な掃除道具などを利用して、よく色々な武器を作っては真似したものだ。


 子供の頃の憧れをリアルに出来る。であれば、やりたいと思うのが人の心というものだ。だが――


「……まだ変化が遅い」


 次々と武器の形を変えていくシズルは、その変化の遅さに不満があった。何も憧れだけでこの武器変化を練習しているわけではない。


 シズルの目標は誰もが認める最強の魔術師になることだ。その目標のために、あらゆる局面に対応できる能力が必要だと考えた。


 これまで己が読んできたあらゆるアニメ・漫画・ゲーム・小説を思い出しながらシチュエーションを想定し、有用と思える能力をピックアップし再現していく。


 そして今、最も必要だと思う鍛錬に優先順位をつけていき、訓練に励んでいるのだ。


 その一つが己の魔力で作り上げる変幻自在の武器。


 膨大な魔力を利用した力押しも考えたが、こと戦闘においていつでも力押しが通用するとは限らない。限定条件下であっても敵を圧倒出来て初めて最強と言えるのだ。


「なんだけど……まだまだ実践では使えそうにないんだよなぁ」


 その主人公は武器を一瞬で変えていたからこそ、あらゆる局面で優位に立てて、最強になった。


 しかし今のシズルでは武器の形を取るのに数秒かかる。これではきっと、実力者には次の動作を読まれ、あっさり対応されてしまうだろう。


 理想は、相手に武器の変化を悟られず、気付けば形が変わっていること。


「それに、一つ一つの武器も全然使いこなせてないし……最強までは遠そうだ」


 シズルは最強になった自分を思い描きながら一人、林の中で武器を変化させ続けるのであった。

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