第126話:食らいつく心

 スポンサーからの支援や信頼を完全に失い、根っこから崩れ落ちる運命を辿る他なくなった『学校』。この僕、和達譲司と『特別な友達』である綺堂彩華さんは、そんな場所を捨て、新たな学校へと転入する事となった。

 そして、その未来が確定する前、彩華さんは僕にある事を述べていた。新たな学校へ行くのなら、是非とも譲司君=僕と同じ場所へ行きたい、と。それは、僕としても是非叶えたい願いだった。

 

 でも、その新たな学校を探す過程で、父さんや母さんはある危惧を僕に打ち明けた。確定したわけではないけれど、もしかしたら、その願いが叶わないかもしれない、と。

 どうしてなのか、とその時つい大声を出してしまった僕に、父さんや母さんは丁寧にそう推測した理由を教えてくれた。


 綺堂彩華さんはただの女子ではなく、『綺堂家』という、指先一つで経済を左右する事もできるであろう大富豪の令嬢。幾ら同じ学校へ行きたいという規模があっても、その学校の中身次第では『綺堂家』の箔が傷つく可能性がある。下手すれば、進学先の学校の存在自体が彩華さんが後ろ指を指される要因になってしまうかもしれない、という訳だ。

 それに、あの学校――彩華さんが抱えていた『鉄道が大好き』という思いを踏みにじり、嘲り笑うような連中ばかりの場所を選んでしまったのは彩華さん自身。敢えて厳しく言ってしまえば、彩華さんが未来の選択を間違えた、と捉えられかねないような事態だった。幸い、綺堂家の当主まで動き出した事で何とかその『過ち』を正す事は出来たけれど、もしかしたら今後、当主たる綺堂玲緒奈さんは、そういった勝手な選択を許さなくなっているかもしれない――僕の父さんは、真剣な表情で述べていた。


 これに関して、僕はつい異論を唱えてしまった。僕の父さんや母さんに土手座までするような誠意ある人が、そのような強固な態度に出る事は流石にあり得ないんじゃないか、と。

 でも、父さんはそれでもあり得ない話ではない、と語った。子供を大切にするというのは単に我がままを聞く事だけじゃない、例えそのとき子供に猛反発されても、危ないと思ったところには連れて行かない、それもまた親心だ、と。母さんも、それに同意するようにうなずいていた。


『父さん……母さん……』

『それもそうね……譲司、あくまでこれは私たちの考えに過ぎないわ。でも、そう言う可能性がある、っていう事は覚えて欲しいの』

『厳しい事を言うようだけどな、そうなった時の覚悟は決めておいた方が良いぞ』

『覚悟……』

 

 言われてみれば、もし自分が綺堂玲緒奈さん=威厳に満ちた綺堂家の当主の立場だったとしたら、彩華さんが再び学校の選択を誤らないよう、何かしらの介入をしてしまうだろう。例え彩華さんに反対されても、彩華さんのためを思って、強硬手段に出てしまうかもしれない。

 でも、それでは彩華さんが抱く未来――僕と一緒に仲睦まじく、同じ制服を着て同じ学校へ通う、という夢が叶わない可能性もある。


 一体、僕はどうすれば良いのか。何かできる事はあるのだろうか。もし、覚悟を決める時が来たら――。


「……あ、あの……」


 ――父さんと母さんからそう言われて以降、ずっと心の中に溜まっていたそれらの恐怖や怯え、そして疑問が、こうして『鉄デポ』にいるコタローさんや鉄道おじさんに人生相談をする原動力になった。

 勿論、コタローさんや鉄道おじさんは他の『鉄デポ』の皆と同様、彩華さんの本当の名前やプロフィールは知らない。そのため、僕は秘密を守るべく、何とか言葉を濁しながら質問をした。


「へ、変な事を尋ねてしまうようですが……」

『あら、何かしら?』


「そ、その……もし、大切な人や大事な物と離れ離れになってしまう可能性が出たら……それを覚悟しないといけない時が来たら……おふたりなら、どうしますか?」


 しばらくの間、『鉄デポ』に沈黙の時間が流れた。

 危惧した通り、変な質問と受け取られてしまったのか、と言う僕の不安は、幸いにも杞憂だった。


『……なるほど、何があったのか分からないけれど、真剣な話のようね』

「は、はい……」

 

 コタローさんも、鉄道おじさんも、僕の突然の質問に対してじっくり、そして真面目に考えてくれていたのだ。


『私は後で良いですわ。鉄道おじさん、お先に回答をどうぞ』

『え、私!?(◎_◎;)いきなりで大丈夫か心配だよー』

「あ、あの、ぼ、僕は大丈夫です……」


 そして、『鉄デポ』の文字チャット欄に、鉄道おじさんの言葉が刻まれ始めた。


『もし私がジョバンニ君のように青春を堪能する若者だったら、きっとどんな手段を取ってでも離れ離れになんてなりたくない、って言う意志を伝えるだろうね。それこそただ頼むんじゃない。泣いて怒って喚いて叫んで、駄々もこねて、大声で叫ぶ!』


 子供みたいだと冷たい目で見られても、相手にされなくても絶対に諦めずに自分の意志を伝え続ける。どれだけ恥をさらそうが、自分の思い通りになるまでやるべき事は何でもやってやる。たとえ無理と言われても、その無理を推し落とす勢いで最後まで頑張る――普段は愉快で明るく、そしてどこか飄々ひょうひょうとした雰囲気の鉄道おじさんからのアドバイスは、泥水をすすってでも絶対に思いを通してやる、という強い意志の表れのようにも感じた。


『鉄道おじさん……身も蓋もありませんが、つまりそれって、相手を根負けさせるつもりですか……?』

『まあ、そうなるよね('ω')でも、ジョバンニ君のような若者ならきっとまだそれが出来ると思うんだよね、私は』

「え、僕のような……ですか?」

『そうだよ、床で駄々こねるような事、おじさんがやっても怖がられて誰も近寄らないからね(;^ω^)君のような若者にだから出来る特権だと思うよ』

 

すると、その言葉に反応するように、コタローさんも僕へ向けてアドバイスをしてくれた。流石に鉄道おじさんのような無茶苦茶で派手な事は自分は遠慮したいけれど、それでも諦めずに頑張りたいという思いは同じだ、と。


『それに、離れ離れになってしまうのが「人物」なら、SNSやメール、手紙でのやり取りで繋がりが残せそうじゃない?』

「ああ、確かに……」

『もし自分の思いが全部伝わらなくても、何かしらの妥協案は見出したい。せめて自分の中でわだかまりが残らないようにしたい、というのが、私の考えかしらね』

「……なるほど……」


 鉄道おじさんの考えは、自分の意見が通るまで絶対に諦めない、というもの。

 コタローさんの考えは、例え全てが通らなくても、自分の中で満足した答えを見出すまであきらめない、というもの。

 

 僕が投げかけた内容に対する考え方はそれぞれ違うけれど、共通しているのは『出来る事を最大限やってみる』、そして『後悔だけはしたくない』という熱さだった。


 実は、コタローさんにも鉄道おじさんにも黙っていたけれど、僕の中にもそれと同じような思いは確かに心の中にあった。

 彩華さんと一緒にいられないという未来は、『特別な友達』という存在の大切さ、格好良さ、そして愛おしさを知った身として、想像しただけでもぞっとする、暗い情景しか浮かばないものがあった。彩華さんと離れ離れになるなんて嫌だ、絶対に彩華さんと共に新たな学校へ行きたいという、という思いが、確実に存在したのである。

 でも、それは考え直してみれば、社会の事も何も知らない『若者』だからこそ言えてしまう我がままに過ぎない。もしかしたら、より経験を積んだ『大人』たちから批判されるのではないか、と僕は密かに恐れていた。だからこそ、コタローさんや鉄道おじさんへの相談も、相応の覚悟が必要だったのだ。

 でも、2人とも根本的な考えは、『若者』である僕と全く同じだった。思いっきり無茶をして、どこまでも足掻いて、自分の思いを完遂させるべく頑張ればよい――皆の言葉に、僕はどこか救われたような気持ちになった。


「……ありがとうございます……」


『どういたしまして。お役に立てたようで、私は嬉しいわ』

『私もだよーん(*^▽^*)嬉しいぴょーん』


 ぴょーんて何ですか、と突っ込むコタローさんに、なんだか面白い響きだったから、と愉快そうな口調で理由を返す鉄道おじさん。

 そんなふたりに頼もしさと尊敬の念を抱きつつ、僕は改めて心の中で意志を強くした。まだ僕たち和達家の推測の段階だけれど、もし彩華さんと別れる事が宣告された時でも、最後まで絶対に諦めずに努力してみせる、と。

 きっと彩華さんも、僕の言葉に賛同してくれるかもしれない。そうだったらいいな――こんな事を考えていた、その時だった。

 

「!?」


 その『綺堂彩華』さん本人から、僕のスマートフォンへメールが届いたのは。

 そして、その内容を見た僕は、『鉄デポ』をログアウトし、彩華さんとの会話に集中する事にした。

 コタローさんからの応援、鉄道おじさんからの顔文字混じりの激励の言葉を受けながら『鉄デポ』を去った僕は、彩華さんからの指示――もし今時間が空いていたら、このメールに返信をして欲しい、という内容に従った。すると、すぐにスマートフォンへ彩華さんから電話が届いた。


「あ、もしもし、彩華さん……?」

『あ、譲司君、もしもし、彩華よ。無理に電話に出たようならごめんなさい』

「ううん、大丈夫だよ……」


 そして、僕は改めて彩華さんに、電話で伝えたい要件は何か尋ねた。メールではなく電話で連絡するという事は、それなりに重要な要件かもしれない、と考えたからである。

 結果的に、その僕の予想は正しかった。いや、正確に言えば、僕の想像以上の内容だった。でも、それは決して悪い事ではなく、むしろとても良い事だった。あまりにもよい事過ぎて、それを告げられた時、つい大声を出してしまったほどだった。


 当然だろう、彩華さんは単刀直入に――。


『……今度、譲司君の家……和達家に、お邪魔しても良いかしら?』


 ――僕の家を訪れたい、という思いを告げたのだから……!

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