第15話:その名はジョバンニ
絶対零度の美少女、でも中身は優しく明るく、『好き』を貫く芯の強さを持つ黒髪美女の梅鉢彩華さん。
誰もが注目する読者モデルにして、皆が憧れるインフルエンサーな金髪ギャル、幸風サクラさん。
そして、冴えなく情けなく、背も低ければイケメンでもないごく普通の男子であるこの僕、和達譲司。
そんな面々がレストランで昼食を食べ終えた後、やる事と言えば――。
「いやー、やっぱりブルートレインと言えば20系客車でしょ!特にあのナハフ20形やナハネフ22形の非貫通型緩急車のデザイン、丸っこくてめっちゃ好きなんだよねー!」
「20系客車……確か、『走るホテル』って言われた、初代ブルートレイン……ですか?」
「おー、流石良く知ってるー♪JRになる前に定期運用はなくなったけれど、20世紀の終わりまで臨時列車で活躍してたんだよねー♪」
――幸風さんが熱中している『ブルートレイン』=日本各地を走っていた寝台特急列車について、熱く語り合う事だった。
そもそも、どうして幸風さんがブルートレインの知識を豊富に持つ鉄道オタクになったのかと言うと、本人曰く、小さい頃に手に取った本か何かにブルートレインのヘッドマーク一覧が描かれており、そのデザインの素晴らしさに惹かれ、どんな電車がこのヘッドマークを付けているか気になったところから、あっという間に列車や車両、歴史などの知識が身に付いたという。
そして、ブルートレインに関連した様々な鉄道の情報を次々に手に入れた事で、今や僕や梅鉢さんに負けず劣らず、鉄道について熱く語る鉄道オタクになった、という訳である。
その『好き』の度合いは、トップモデルや世界的なインフルエンサーになるという自身の職業に関する夢と並行して、『線路の上を走る本物のブルートレインに乗って旅をしたい!』という夢を抱くほど。
だからこそ、日本に夜行列車自体が僅かしか残っていない現状は辛い、と幸風さんは言葉を続けた。
確かに日本国外、例えば中国、インド、ヨーロッパ諸国、アメリカなどへ行けば、夜行列車はまだまだ現役。思う存分乗れるかもしれない。でも、あくまで自分が乗りたいのは『日本』の夜行列車だ、と。
「あーあ、もっと昔に生まれていればなー、飽きるほど本物のブルートレインに乗りまくって旅してたのに」
「やっぱりそう思うんですね……」
「当然だよー。『経験者』はベッドが狭いとか車内が揺れるとか色々言ってたけど、経験したから言えるんだよね。羨ましいなー」
そう言いながら、幸風さんは少し残念そうな表情を見せた。
そんな幸風さんを眺めた時、僕はふとある事に気が付いた。金色の髪の中にアクセントとして混ざる青色のメッシュ、これはもしかして『ブルートレイン』の青色を意識しているのではないか、と。
それに、青色に金色という組み合わせは、「あさかぜ」「出雲」「北斗星」「はくつる」など一部で見られた、車内を豪華仕様にアレンジしたデラックス車両の証。
ブルートレインに憧れを抱く幸風さんだからこそ、このような特徴的な髪の色にしたのではないか――そんな事を考えていた時、先程からずっと黙って僕と幸風さんの話を聞いていた梅鉢さんが言葉を挟んできた。
ブルートレインの話で盛り上がるのは良いけれど、『気動車』派の自分からすると話題がなくて物足りない、と。
「だって、気動車って騒音問題があるでしょう?日本だと西日本の豪華列車ぐらいしか、気動車を使った夜行列車がなさそうだし……」
「北海道で昔走っていた夜行快速『ミッドナイト』とかは?」
「あれは寝台車両が付いてなかったじゃない。サクラが好きな『ベッド付きの列車』とは違うでしょ」
「まあ、確かにそうだけど……あ、もしかして彩華、あたしたちの会話に加われなくて寂しかったり?」
「そ、そういう事じゃなくて……!」
悪戯げな笑みを見せる幸風さんの指摘に対し、珍しく慌てた表情を見せる梅鉢さん。
いつもは様々な形で助け舟を出してもらっていた僕だけど、今回は逆に僕の方がそんな梅鉢さんを助ける番になった。
確かに、日本ではエンジンの騒音を始めとした問題から、気動車を使った寝台列車は希少な存在である。でも、気動車を使った、ベッドを備えた『寝台列車』が無い訳ではなかった。そう、エンジンがない車両、ベッド付きの寝台客車を挟み込めば問題ないのだ。
そして、様々な改造や工夫を経て、そのような編成を組んだ列車が――。
「う、梅鉢さん……!ほ、ほら、『利尻』や『おおぞら』『オホーツク』みたいに、寝台客車を組み込んだ気動車特急や急行なら……!」
――過去に北海道に実際に存在していたのである。
「あぁそういえば……!ありがとう譲司君、すっかり忘れてたわ!」
「良かったじゃん、これであたしたちのブルトレ話に加われるよ、彩華♪」
もう、とすこし膨れるような顔を見せながらも、梅鉢さんは無事機嫌を取り戻してくれた。
なんだか今日は、慌てたり唖然としたりちょっぴり膨れたり、今まで見た事がなかった梅鉢さんの表情をたくさん見ているような気がする。きっとそれだけ、梅鉢さんは幸風さんと交友を重ねていたのだろう。いつか、梅鉢さんと今まで以上に仲良くなり、互いに様々な顔を向け合える間柄になりたい、と僕は心から思った。
そんなこんなで、ブルートレインや日本の夜行列車を中心に会話が盛り上がる中、ふと幸風さんがある事を思い出したようなしぐさを見せた。一体どうしたのか、と尋ねた僕や梅鉢さんに返ってきたのは、少し意外な、でも確かにその通りの言葉だった。
「そういえばさ、君の名前って『譲司』君……で合ってるよね?」
「……あ、そういえば譲司君、ずっと自己紹介できる時間が無かったわね」
「ご、ごめん……え、えっと、僕の名前は『
そういってお辞儀をする僕を、幸風さんはじっと見つめた。
「……あ、あの……ど、どうしたの……?」
「うーん……和達譲司君ね……譲司……じょうじ……!!そうだ!!」
「え、え!?」
そして、幸風さんは自信満々な笑みで、僕をこう呼んだ。
「あのさ、早速だけど今日から君の事、『ジョバンニ』君って呼んでいいかな?」
「じょ、ジョバンニ……!?」
「え、もしかして譲司君のニックネーム?」
新しくできた鉄道オタク友達に対する、あたし流の友好の証だ、と明るく告げる幸風さんの一方で、いきなり『和達』とも『譲司』とも異なる名前で呼ばれた僕は驚きのあまり少々困惑してしまった。友達もおらず、ずっとひとりぼっちだった僕は、からかいやいじめではない形で、誰かからニックネーム=あだ名を付けられる事が今までなかったからである。
どうしてそんな名前にしたのか、その疑問は僕だけではなく梅鉢さんも抱いたようで、先に尋ねていた。
「いやぁ、
「随分直感的な経緯なのね……それで、譲司君はこのニックネーム、どう思う?」
「そうそう、このあだ名、本人的にはどう?」
「ぼ、僕は……えーと……」
2人の美女に見つめられ、恥ずかしいやら嬉しいやらで顔を真っ赤にしてしまった僕だけど、『ジョバンニ』という新たな名前に不思議と違和感は湧かなかった。
センス抜群、スタイル抜群のモデル&インフルエンサーの幸風さんから授けられたあだ名である、という『箔』も勿論あるけれど、誰かの素敵な思いが込められた名前を受け取るという新鮮な体験に、嬉しさを感じていたからである。
「……と、とっても素敵だと思います……か、感謝です……!」
その言葉を聞いた幸風さんは、勝ち誇ったような表情を見せた。
「やったやった♪これから君は『ジョバンニ』君だよー♪」
「じょ、ジョバンニ……りょ、了解……」
「ちょ、ちょっと待って!言っておくけど、私はこれからも出来る限り『譲司君』って呼ばせてもらう事にするから!分かった?」
「う、うん……!」
幸風さんの行動を見た途端、慌てたように早口で宣言した梅鉢さんからかなりの圧を感じた僕は何度も頷き、その事は十分承知済みだ、という意思を示した。
でも、その言葉を聞いた僕の心には、先程とは別の嬉しさが溢れていた。僕の事をしっかりと『譲司君』という名前で呼んでくれる、家族以外の大切な存在がいる事を、再度実感できたからだ。
「じゃあ譲司君、午後は川沿いをのんびり散歩しましょうか」
「散歩ねぇ……ま、いっか!じゃ、あたしたちと一緒に行こうか、ジョバンニ君!」
「……りょ、了解!」
そして、2つの『名前』で呼ばれた僕は、その声の主である、黒髪と金髪の美少女たちと共に、賑わう町へと繰り出した……。
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