第14話:誰もが知るサクラ
「いやー、美味しい!最高!」
「ここのレストラン、メニューも豊富で雰囲気も落ち着くし、素晴らしい場所ね」
「そ、そうだね……」
僕の目の前にはカレーライス、黒髪美人の梅鉢さんは日替わりライス、そして金髪+青色メッシュなギャルの幸風さんはパンケーキ。
お昼時、僕たちは思い思いの食べ物を注文し、図書館や文化センターに併設されたレストランで存分に味を楽しんでいた。
初めてここを訪れるという幸風さんもすっかり満喫しているようで、常連の僕としては嬉しい限りだった。
午前中に起きて図書館へ向かい、好きな本を探して読み、そしてこのレストランで疲れた脳とすきっ腹を癒す。こんな贅沢な時間を、幸風さんも楽しんでほしい、と思った。
そんな中、幸風さんの隣に座る梅鉢さんが、意外な質問を投げかけた。
「そういえばサクラ、貴方ってどこの学校に通ってるの?」
「……えっ、梅鉢さん、知らなかったの……?」
「あ、そういえば教えてなかったっけ」
つい驚きの感情が声に現れてしまった僕に、梅鉢さんはその質問の理由を教えてくれた。
確かに梅鉢さんと幸風さんは、互いの『好き』を共有し、時にぶつけ合う事もあったけれど、それを乗り越え交友を更に深め合えるほどの間柄であった。でも、今までずっとそれらの交流は『ネット』の中だけで行われており、互いに顔を合わせる機会が無かった、というのだ。
「そうそう、彩華の写真は見せてもらった事があるし、声も知ってたけど、リアルで会ったのは今回が初めて、って訳♪」
「学生だって話は私も聞いてたんだけどね……」
「な、なるほど……」
そして、梅鉢さんの言葉を聞いているうち、次第に僕も幸風さんのプロフィールに興味を抱いた。
僕たちの学校に幸風さんのような鉄道オタクのギャルはいないし、そもそも今の幸風さんの外見は校則違反ですぐ捕まってしまいそうだ。
どこに通っているか気になってきた、という旨を正直に伝えると、幸風さんはスマホを僕たちに見せ、この写真に写っている学校に通っている、と教えてくれた。
それは、僕も進学候補の1つとして考えていた、比較的校則が緩めで生徒たちの自主性が重んじられている事で有名な学校。
でも、家からの遠さを始めとした様々な要因で、最終的に候補から外していたのだ。
「私も知ってる場所だわ。サクラ、貴方ここに通っていたのね」
「そだよー。授業はキツいしいつも眠いけど、何だかんだで頑張ってるって感じ」
「そ、そうだったんですね……」
そして、同時に幸風さんが僕たちと同学年である事も知ることが出来た。
もし僕が今の学校ではなく、家からの遠さを我慢して別の学校へ進学する事を決めていたら、もしかしたら黒髪美人の梅鉢さんではなく、金髪ギャルの幸風さんと『鉄道オタク』仲間として仲良しになっていた可能性もあったかもしれない――そんな淡い妄想が浮かんだ時だった。
「まあ、眠いのは仕方ないわね。貴方、学業と『読者モデル』を両立してるんでしょ?」
「まあねー。でもあたしが選んだ道だし、どっちも楽しんでいかないと。勿論、鉄道オタクの本分も忘れずに♪」
「流石ご立派なブルートレインオタクね……ってあれ、どうしたの譲司君?」
「も、モデル……?幸風さん、モデルさん……なんですか……!?」
確かに、幸風さんの顔つきや体つきは十分モデル業をやっていけるだけの美しさや可愛さ、そして格好良さがあるのは間違いない。でも、今こうやって楽しく鉄道談義を始めとした会話に花を咲かせている人が、学業と並行してそのような凄い職業に就いているとは、にわかには信じられなかった。
「そうだよー。じゃあ折角だから見せようか?あたしの活躍ぶり♪」
そう言いながら幸風さんが見せたのは、ウェブ版ファッション雑誌のページの数々。そこには、春夏秋冬、様々な季節にぴったりの衣装に身を纏いながら、そのスタイルを存分に披露しているように見える、幸風さんの写真が掲載されていた。
更に、幸風さんは自慢げにSNSのアカウントも見せてくれた。そこには、様々なスタイルの幸風さんや可愛らしい小物、アクセサリー、そしてスイーツの写真と、たくさんのフォロアー数を示す番号が表示されていた。
「いやぁ、気付いたらフォロワー数がすっかり『インフレナンバー』になっちゃってさー♪」
「大量生産された結果、とても大きい数値になった鉄道車両の番号の事よね。確かにその例え通りだわ」
「す、凄い……!」
これで納得してもらえたか、という幸風さん――いや、今をときめくモデルにしてインフルエンサーの1人、幸風サクラさんの実力に、僕は圧倒させられた。
日々沢山の人と和気藹々と語り合い、カメラマンさんとも積極的に交流し、更に沢山のフォロアーの人たちに自身をアピールし続けている。そんな凄い人と僕は友達になってしまったという事なのか、と考えた時、僕はある事を思い出した。
以前、クラスの中でもカースト上位の女子たちが、最近話題になっているとかいう、モデル業を営むインフルエンサーの人の話で持ちきりだったのを小耳に挟んだことがある。女子たちが口にしていたその人の名前は――。
『
『マジ
「……ああ!も、もしかして……!」
「どうしたの譲司君!?」
「え、なになに!?」
「あ、ご、ごめんなさい……そ、その……く、クラスの女子も……幸風さんに熱中していたのを思い出して……つい……」
――つい大声を出してしまった理由を話して詫びた僕を見つめながら、幸風さんは嬉しそうな表情を作った。
「そっかそっかー、他所の学校でもあたし人気なんだー。なんかそう聞くと嬉しいなー♪」
「良かったじゃない。サクラの努力はあちこちで花咲いているみたいね」
褒め称える梅鉢さんの一方、僕も幸風さんが嬉しがる気持ちが分かる気がした。自分の努力が形になって報われる瞬間は、誰だって嬉しいものだ。
でも、それだけ努力の結晶が多くの人、それこそ僕をいじめているあのクラスの女子たちにまで浸透し、認められている、という事実を踏まえると、僕は少しだけ複雑な気分になった。
もし幸風さんと同じ学校、同じクラスになっていたとしても、『鉄道オタク』仲間として仲良しになっていた可能性はほぼ皆無だろう。それだけ凄い人と、僕はこうやって話をして良い立場なのだろうか。いや、梅鉢さんと言う学校一の美少女と交友関係を築ている以上、逆に僕はそういう立場に居続ける必要があるという感じなのだろうか。
「でもさー、こうやって色々とモデル業やってるのに、未だに鉄道と絡めた依頼が来ないんだよねー」
「鉄道と絡める……駅で撮ったり車内で撮影したり……?」
「そうそう!特に憧れのブルートレインとの撮影!やってみたいよねー……あーあ、誰かあたしに依頼持ってこないかなー」
一方、僕が悩んでいる間に、梅鉢さんと幸風さんは会話を進めていた。
先程の写真やクラスの女子の反応である程度察していたが、どうやら幸風さんはモデル業を営んでいる時、今のように『鉄道』を前面に押し出す事が無いようである。
ただ、それ故に大好きな鉄道と仕事が上手く絡められず、個人的な悩みの種になっているようだった。
「あ、あの……僕はそのうち、鉄道と絡めた写真を撮ってもらう機会は訪れると思います……」
「そう?」
様々な方面で活躍して言える有名な人でも複雑な思いがある、というのを目の前で見た僕は、いてもたってもいられないという思いで、幸風さんを励ます言葉を送った。
「さ、幸風さんは大人気だし……きっとそのうち生活に身近な鉄道と一緒に撮りたい、っていうカメラマンの人は出てくると思います……だ、だから望みは捨てないで……欲しいなって……」
「……そっか、ありがとね」
感謝の言葉をかけてくれた幸風さんの一方、隣に座る梅鉢さんはどこか自慢げな表情を見せていた。
「ね?譲司君は『可愛い』『真面目』だけじゃない、って分かったでしょ?」
「……なるほどね♪」
幸風さんが言っていた、『可愛い』『弟分』という僕への第一印象を梅鉢さんはずっと気にしていたのだろうか、なんて些細な疑問が浮かんだけれど、それに関しては口に出さない事に決めた。
梅鉢さんも、幸風さんも、幸せそうな笑顔に包まれていたからだ。
そして、きっと2人の視界に映る僕の表情も、満面の笑みだったのかもしれない。レストランが提供してくれた料理に3人の『鉄道オタク』という程良いスパイスが加わり、最高に幸福な時間がこうやって進んでいるのだから……。
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