第12話:ふたつの出会い

 この町には僕たち以外にも、図書館を定期的に利用する鉄道オタクがいる。しかも、それは僕の知らない『女子鉄』かもしれない。

 そんな、どこか不思議な話を梅鉢さんから聞いてから、再び数日が経過した。


(今日こそあるかな、例の本……)

 

 僕はいつものように電車に乗り、その図書館に辿り着いた。その目的は、ずっと借りれずじまいだったブルートレインの本を今度こそ手に入れるためである。

 梅鉢さんも後で合流する事になっていたけれど、その予定時間までだいぶ余裕がある。その間に目当ての本を見つけよう、と僕は早速図書館へ足を踏み入れ、様々な乗り物関連の書籍が陳列されている場所へと向かった。

 丁度図書館で働く職員さんによる本の整理が終わった直後だったようで、棚にはずらりと鉄道を始めとする様々な本が並んでいた。その中に、僕がずっと探し求めていたものも含まれていた。


(あった……これだ……!)


 早速僕は手に取り、本の中身を確認した。

 日本中を走っていた多種多様なブルートレインの詳細な歴史や解説、ブルートレインに使用されていた客車や機関車、業務に携わった人のインタビュー、そしてブルートレインと共に日本各地で歴史を刻んだ、581系・583系電車、285系電車など様々な夜行特急の紹介。

 まさにブルートレイン関連書籍の決定版、と言っても過言ではない、1日では読み切れないほどの内容だった。

 その事もあって本の分厚さや重さもかなりあったが、ようやく手に入れた嬉しさに比べればそのような欠点など微々たるものだった。


 そして、早速次の本を探すべく、棚に手を伸ばした、その時だった。


「……!」


 僕の掌に、別の誰かの手が当たった感触がしたのは。

 もしかしたら、後で到着すると言っていた梅鉢さんかもしれない、最初に声を交わした時と同じ状況だ、と考え、ごめんなさい、と言いながら隣を見た僕の瞳に映ったのは――。


「……ん?」


 ――梅鉢さんと同じぐらいの背丈の、見ず知らずの女の人だった。

 

 金色の髪のごく一部を青色に染めた、特徴的なヘアスタイル。メイクをばっちり決めているかのような顔に、青色の瞳。膝や太腿を見せつけるミニスカートを始めとした大胆な衣装。そして、手持ちの鞄にぶら下げた様々なアクセサリー。

 直感で考えなくても、その人がいわゆる『ギャル』と呼ばれる存在である事は、ファッションに全然詳しくない僕でも一目瞭然だった。


「……あ、あ、あの、すいません……」


 見知らぬ人、しかもどこからどう見ても友達も仲間も多そうな『陽キャ』っぽい外見のギャルの人へ不用意に声をかけてしまった事に気づき、僕は慌ててもう一度謝った。

 すると、そのギャルの人はヘッドライトのように明るい笑顔を見せ、伸ばしていた腕を引っ込ませながら棚になる本を僕に譲ってくれた。この本が借りたかったんでしょ、と言いながら。


「い、いいんですか……?」

「いいよー。あたし、ずっとこの本借りっぱだったし」


 その言葉を聞いた僕は、感謝の言葉を述べながらありがたくその本を借りる事にした。

 こちらもブルートレインの歴史を語る上で欠かせない、国鉄やJRの電気機関車が余すことなく紹介されている本だ。

 

 そして、ギャルの人は手際よく本を幾つか手に取り、図書館の乗り物コーナーを後にした。楽しんでいってね、と言っているかのように僕に手を振りながら。

 その時、僕はそのギャルの人が身につけていたアクセサリーの内容に気が付いた。それらは、『ギャル』と呼ばれる人たちがよく付けていると聞く可愛いマスコットや小さなぬいぐるみと言ったものではなく、鉄道オタクの僕にとって非常に見慣れたものだった。


(……これって……!)


 あさかぜ、さくら、はやぶさ、みずほ、富士。

 東海道本線・山陽本線を経由し、東京と九州方面を結んだ、有名なブルートレインのヘッドマークのデザインそのもののアクセサリーを、あのギャルの人は自慢げに身につけていたのだ。

 一体どういうことなのか、と声をかけようとした僕だけど、残念ながらその時既にギャルの人は図書館を後にしており、その詳細を尋ねる事は出来なかった。

 それでも、確かな情報を幾つか得る事は出来た。僕たちの町に、僕と梅鉢さん以外にも鉄道オタクがいる事。そしてその鉄道オタクは、ギャルの格好をしている女の人だ、という事だ。


(……あれ?)


 その時、僕はふとある事を思い出した。

 確か先日、ブルートレインの本が誰かに借りられていたと嘆いた時、梅鉢さんはまるで誰が借りたか心当たりがあるかのように、『どこかの女子生徒』かもしれない、と確かに僕へと語っていた。つまり、梅鉢さんはあのギャルの人と何らかの繋がりがある可能性がある、という事だ。

 でも、絶対零度の美少女と呼ばれるほど、僕と共に過ごす時間以外はいつもひとりぼっちでいる印象が強い梅鉢さんと、友達も多そうなギャルの人は見た目も含めて正反対な印象を僕は受けていた。

 ますます2人をとりまく事情が分からなくなり、頭を悩ませているうち、気付けばその梅鉢さん本人が図書館に到着する時間が近づいてきた。

 僕はブルートレインの本や電気機関車の本を含めた借りたい本の手続きを済ませ、待ち合わせ場所である図書館の外の広場へと向かった。

 

(……しまった、梅鉢さんを待たせている……)


 大きなガラス越しに、梅鉢さんが既に到着しているのが見えた。急いでそちらへ行こうとした時、僕は梅鉢さんが驚いた様子を見せている事に気が付いた。

 そして、梅鉢さんの前にいる人物を見て、今度は僕が驚いた。あのギャルの人が、まるで嬉しさと興奮の感情を覗かせながら、梅鉢さんと語り合い始めたのだ。


(……も、もしかして……2人は知り合い……?)


 折角会話を始めた2人を邪魔するのも悪いけれど、それよりも時間に遅れてしまった事を謝らないといけない。

 そう考え、自動ドアを抜けた僕を、梅鉢さんは手を振って迎えてくれた。


「あ、譲司君!こんにちはー!」

「あ、梅鉢さん……!ごめん、待たせちゃった……」


「へ、うめばち?」

「あ、そっか……『サクラ』は知らなかったわね、私の一応の・・・苗字」

「へー、『彩華いろは』ってそんな苗字なんだー」

「そ、とても素敵な響きでしょ?」


 まるで以前からの友人のように、梅鉢さんと隣のギャルの人はごく自然に会話を進めていた。

 その様子を蚊帳の外から眺めているような雰囲気になってしまった僕をギャルの人はじっと見つめた後、梅鉢さんに質問を投げかけた。


「……で、もしかしてこの人が?」

「そう!私の友達、『リア友』なの!」

「なるほどなるほど……」


 何かを納得したような表情を見せたギャルの人は、改めて僕の方へ視線を向けた後、あのヘッドライトのような明るい笑顔を再び見せた。

 その表情につい緊張してしまった僕を宥めるかのように、ギャルの人は優しげな口調で語った。


「はじめまして、『リア友』君。彩華から話は聞いてたよ」

「え、梅鉢さんから……?」

「そ、色々とね♪」


 そして、ギャルの人は自らの名前と趣味を名乗った。

 『幸風さちかぜサクラ』、梅鉢さんと同じ鉄道オタクだ、と……。

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