第2章
第11話:ブルートレイン・ミステリー
『絶対零度の美少女』こと、この学校で随一の美少女である梅鉢彩華さんと語り合い、互いの趣味を共有し、そして一緒に同じ場所へ出かける。
今までの僕では考えもしなかった事態が次々と起きる、夢のような体験から少しの月日が経った。
僕と梅鉢さんは昼休憩や放課後など、都合が良い時間に顔を合わせては、溢れんばかりの鉄道の情熱を互いにぶつけ合う日々を過ごしていた。
梅鉢さんが興味深い知識や情報を語れば、僕も負けじと知っている限りの鉄道情報を提供する。
傍から見れば鉄道オタク根性丸出しの光景かもしれないけれど、僕たちはそれがとても嬉しく、楽しかった。
『学校』と言う名の生き地獄のような空間での出来事を、少しだけ忘れさせてくれるのだから。
そう、変わらないのは、梅鉢さんとの楽しい日々だけではなかった。
学校へ行くたびに鉄道趣味をからかわれ、罵声を浴びせられ、机に落書きをされたりゴミを突っ込まれたりする日々も、以前と全く同じだった。
いじめの首謀格である稲川君を始めとするクラスの生徒たちは、この僕を権力ピラミッドの最底辺と見做し続けていたのである。
体育の授業で二人組を作る際も、僕は誰からも誘われず、誰からも触れられることなく、完全に無視され続けた。
たとえ僕が誰かに近寄っても、ウザいと言わんばかりに睨まれたり、無言で逃げられたりするばかり。
その結果、ひとりぼっちで立ち続ける羽目になってしまった僕は、事情を知らないであろう体育の先生から注意を受けてしまった。
「おい、ちゃんと2人組を作らなきゃダメだろ。先生の話、ちゃんと聞いてたか?」
「ご、ごめんなさい……」
謝る僕の視界には、ざまあみろと言わんばかりににやけ顔を見せる稲川君たちクラスの男子たちの姿がしっかりと映っていた。
でも、そんな僕を取り巻く状況を、梅鉢さんに告げる事は出来なかった。
梅鉢さんの方もまた、失望しきった学校に通わなければならないという状況になっていたのだから。
それなのに、相変わらず『絶対零度の美少女』――僕以外の誰にも心を開かないはずの梅鉢さんに告白を挑み続ける生徒は多かった。
『今日も告白されたわ。私の
家に帰った後、メールのやり取りをしている間にそんな梅鉢さんの愚痴が飛んでくる事もあった。
梅鉢さんは様々な知識、豊富な観察力、そして卓越した頭脳があるが故に、自分をおだてたり褒めそやしたりする言葉の裏にある薄っぺらい感情も見抜いてしまっているようだった。
そして、それ故に毎日学校で沢山のストレスを抱え、疲れている事も、僕は察していた。
『大変だったね。今日はゆっくり休んで』
『ありがとう。譲司君の真心はいつでも暖かいわ』
好奇心旺盛で優しい本当の心を、梅鉢さんは僕に様々な形で見せてくれる。
そんな真の姿を隠さなければならない程、梅鉢さんはいつも学校で大変な時間を過ごしている。
そんな状況なのに、僕がいじめを受けている、大変な思いを受けているなんて弱音を吐いてしまうと、ますます梅鉢さんに重荷を課す状況になってしまうだろう。
もっと1人で耐えて、もっと1人で頑張って、あのいじめを乗り越えないといけない、と僕は改めて決意を固めた。
そんな風に過ごしていた、ある休日の事だった。
その日、僕は町の大きな図書館を訪れていた。
予定が入ってしまったため一緒に行けないという謝罪の電話やメールが届いていたので、僕は梅鉢さんと出会う前のように、1人で電車に乗り、目的地へと向かった。
その目的は、以前借りていた本を返すだけではない。先日借り損なった狙いの本――ブルートレインに関する書籍を見つけるためである。
ところが、目的地であった乗り物の本が置かれた棚に辿り着いた僕は、いくら探してもそのブルートレインの本を見つける事が出来なかった。
急いで図書館にある蔵書の検索システムを使い、本の行方を捜索したところ――。
(あっ……そうか……)
――僕よりも先に誰かが既に借りている、という結果が表示された。
結局、僕はそのブルートレインの本を諦め、他の本を借りる事にした。
また来た時にはきっと借りた人も返してくれる。その時に手に入れて、じっくり読めば良いだけの話だ、と僕は前向きに捉える事にした。でも、本心は――。
「……正直、残念だったな……」
「まあ、今回は仕方ないわね」
――そんな思いを、梅鉢さんは穏やかな表情で聞いてくれた。
図書館から本を借りた翌日、僕たちはいつものように放課後に集まり、屋上へ続く階段の踊り場という誰もいない場所に座って仲良く鉄道談義を行っていた。
そんな中で、図書館へ行って何の本を借りたのか、という話になり、ブルートレインの本にまつわる出来事を語った、という訳である。
「あそこの図書館は色々な人が利用しているから……」
「うん……鉄道の本も僕たち以外に借りる人がいるみたいだし」
個人情報にも繋がる事柄なのであまり詮索し過ぎるのは良くないかも、と前置きしつつ、梅鉢さんと僕はどんな人がブルートレインの本を借りたのか、色々と想像した。
ブルートレインを懐かしむ親御さんか、逆に今は無きブルートレインに興味がある学生の鉄道オタクか。もしかしたら、昔ブルートレインを全国に追い求めていた元・カメラ小僧、今でいう『撮り鉄』の人たちかもしれない。
「確か、昭和時代にブルートレインブームが起きたんだよね」
「そうね。蒸気機関車の定期運転が消えた後に巻き起こった一大ムーブメントだったという話を聞いた事があるわ」
「特撮ヒーローや有名な漫画でも、ブルートレインが取り上げられたって聞いた事がある……」
「でも、結局そのブームだけでブルートレインの衰退を止める事は出来なかったのよね……」
既に昭和後期から衰退傾向にあったブルートレイン=青い車体の寝台特急たち。
JR以降もその流れは続き、最終的に令和へ年号が変わる前に日本からブルートレインは消滅。
定期運転を実施する夜行列車自体も、2023年の時点で僅か1往復のみというのが、今の日本の現状である。
原因は多岐にわたるとはいえ、車内で横になりながら都市の中心部を行き来できるというブルートレインの利点を活かせなかったのは本当に勿体ない、全滅したのが惜しまれる、など、次第に話題が寝台列車全体へ移ろうとしていた時、ふと梅鉢さんが何かを考えるような素振りを見せた。
どうしたのか、と尋ねた僕に返ってきたのは、意外な言葉だった。
「……もしかしたら、譲司君が借り損ねたブルートレインの本、『女子鉄』が既に借りてたり、なんてね」
「じょ、女子鉄……?」
昔の僕――梅鉢さんと学校の図書室で仲良くなる前の僕だったら、そんな事あり得ない、と考えていたかもしれない。
確かに『女子鉄』と呼ばれる、鉄道に興味がある女性の方も世の中にいるとは言え、鉄道オタク全体から見るとまだまだ少数派。そんな人が身近にいる訳がない、と断言してしまっていただろう。
でも、僕の近くには梅鉢彩華さんという、女子鉄が確実に存在するというちゃんとした証拠が存在する。
ブルートレインが大好きな女性の方がいても何らおかしくない、という訳だ。
「うーん……なるほど……」
「まあ、あくまでも私の推測なんだけどね」
「そっか……でも、どうしてそんな風に考えたの……?梅鉢さんのような女の人が、ブルートレインの本を借りるって……」
そう聞いた僕の目の前で、梅鉢さんはどこか悪戯げな、そしてどこか楽しそうな笑顔を見せた。
「ふふ……それは、ひみつ♪」
「えっ……!?」
一体どういう事なのだろうか。どんな秘密を梅鉢さんは握っているのだろうか。
その真実を知るまでに、案外時間はかからなかった……。
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