第10話:繋がるふたり
「ごめん、譲司君!」
「えっ……!?ど、どうしたの急に……!?」
レストランで美味しいご飯を食べ終えた直後、梅鉢さんのスマホに電話がかかった。
少し待っててと言い残し、物陰で電話の応対を行った後、慌てて戻ってきた梅鉢さんは、僕に頭を下げて謝ってきた。
抜け出すことが出来ない何かしらの用事が急に入ってしまい、今日の『デート』はここで終わりになってしまったようである。
「本当は譲司君と一緒にあちこちを巡りたかったのに……本当にごめんなさい」
「う、ううん、僕は全然気にしていないよ……。それに午後からどこに行くか、全然考えていなかったし……」
それに、例え今は会えなくても、また学校がある日に階段の踊り場や図書室で語り合えるし、きっと大丈夫だ、と僕は少し慌てながらも梅鉢さんを慰め、励ました。
幸い、その思いは伝わったようで、梅鉢さんはありがとう、と言葉を返してくれた。ただ、その表情には若干の寂しさが残っているようにも見えた。
「……でも、やっぱり譲司君と話せないのは……あ、そうだ!」
すると、何かを思い出したようなそぶりを見せたのち、梅鉢さんは、僕に尋ねてきた。何かSNSに登録していないか、良かったらアカウントを教えて欲しい、と。
言われてみれば、図書室で出会い、互いの趣味を知り合って以降、僕と梅鉢さんは何度も顔を合わせて言葉を交わし、デートまでしていたのに、互いの電話番号もSNSアカウントも知らないままだった。この機会に是非ネットでも交友を深めよう、と梅鉢さんは勧めてきたのである。
だけど、正直なところ、僕はそう言われると少し困ってしまう節があった。
「うーん……」
「どうしたの?もしかして教えたくない、とか?」
「い、いや、そういう訳じゃないんだけど……」
昔から友達がおらず、今の学校でもクラスの全員から爪はじきにされ、毎日のようにいじめられ続けている僕には、チャットを楽しんだりメッセージを送信し合ったりする間柄はずっと存在せず、そういった目的でSNSに入会するという発想もなかなか浮かばない程だった。
一応、登録しているSNSがない訳ではないけれど、それは単に鉄道会社の最新情報や鉄道情報サイトの更新確認のために利用しているだけであった。
「……べ、別にSNSが苦手って訳じゃないよ。でも、すぐに新規登録するのは大変かな、って……」
「なるほど……うーん……それじゃ、これはどうかしら?」
ワガママかもしれない僕の意見をじっくりと聞いてくれた梅鉢さんは、スマホを操作したのち、その画面を見せてくれた。
そこには、梅鉢さんが大事にしているスカーレット色のスマホのメールアドレスが記載されていた。
「少しレトロだけど、電話番号やメールアドレスの交換なんてどうかしら?これなら今の譲司君ともやり取りできるでしょ?」
「あぁ、そうか……」
こちらもメールマガジンや登録サイトの更新情報が主だけど、確かにこれなら新規でSNSに入会しなくても自由に言葉を交わし合うことが出来る。
それに、面と向かって会話するだけではなく、家に帰っても文字を使って梅鉢さんと交流できるのは僕にとっても嬉しい事だ。
「……分かった、僕の番号やメールアドレスも教えるよ……」
「本当?ありがとう、譲司君!」
そして、僕は梅鉢さんと共に電話番号やアドレスを交換し、スマホの連絡帳にしっかりと登録した。
家族や親戚以外に、誰かの連絡先を知ったのは初めてだったかもしれない。
「ふふ、SNSのアカウントを教え合うのも良いけど、電話番号やメールアドレスを交換し合うってなんだか特別な感じがするわね」
「そうだね……特別……」
『特別』――特別急行、特別快速のように、その言葉が加わるだけで、文字通り普通よりも豪華で格好良く、そして重要なものになっている。
僕たちの仲も、梅鉢さんが言う通り、きっと『特別』なものになり始めているのかもしれない、と僕は実感した。
そして、図書館を出たところで、僕と梅鉢さんは互いに手を振り、別々の道を歩み始めた。
後ろ姿に少しの寂しさは感じたけれど、今の僕にはそれ以上の嬉しさが残っていた。
学校一の美人、絶対零度の美少女、色々な肩書を抜きに、大切な『鉄道オタク仲間』と一緒に有意義な時間を過ごせた事だ。
その後、僕は借りた本を満載したリュックサックを背負いながら、図書館の最寄り駅へと向かった。
その途中、信号待ちの車の中に、1台の豪華そうな黒づくめの車を見かけた。
普段なら、きっと大金持ちが乗っているんだろうな、という感想で終わったかもしれないけれど、僕の視点はその車の正面に設置されたエンブレムへと集中していた。
当然だろう、そのエンブレムの形は、世界初の高速鉄道にして日本が世界に誇る大発明である『新幹線』の初代車両・0系新幹線にそっくりだったのだから。
(……そういえば、昔の鉄道オタクには富豪の人が多かったって聞いた事がある……)
あの車に乗っている人たちが鉄道オタクだったら嬉しいかも、なんて事を考えながら、僕は横断歩道を渡った。
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家に帰り、のんびり本を読み、家族と一緒にご飯を食べる。
気づいた時には、楽しかった休日も終わりに近づいてきた。
自室のベッドの上でのんびりしつつ、借りてきた本を再度読み漁ろうとしていた時、僕のスマホが振動し、メールが届いた事を伝えてくれた。
もしかして、と思って開いた画面を開いた僕は、自然に頬が緩むのを感じた。
『無事帰宅しました。今日は本当に楽しかったわ。また明日も会いましょう』
文面こそ絵文字も何もなくシンプルなものだったけれど、間違いなく画面の向こうには梅鉢さんがいる。
その事が伝わってくるようで、僕はとても嬉しい気持ちに包まれた。
勿論、そのメールに対する返信も忘れてはいない。
どんな文章にしようか、どのような形なら梅鉢さんに失礼にならないだろうか。
つい悩んでしまうけれど、それは普段の『悩み』のような深刻で困ってしまうようなものではなく、期待に満ちた、いわゆる『嬉しい悩み』だった。
「えーと……こちらこそ……とても楽しかったです……っと……」
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(ふふふ……)
あの後、僕と梅鉢さんは何度もメールを交換し合い、風呂に入る時間まで様々な鉄道の話で盛り上がった。
そのせいで今日の授業の予習をする時間がだいぶ削られてしまったけれど、夜になっても互いの気持ちを伝えあえる幸せを存分に実感する事が出来た。
そして、その余韻は休みが明け、新たな週の学校の日程が始まってからも残り続けた。
梅鉢さんの楽しそうな笑顔、鉄道の豊富な知識、それらを存分に示してくれるような沢山のメール。思い出すだけでも、僕の口元には微笑みが――。
「……うぜえんだよおらぁ!!」
――一瞬で消えた。
大きな音と共に机の脚を蹴り上げてきたのは、このクラスの権力ピラミッドの最上位、この学校の理事長の息子、そして僕をいじめる中心人物である稲川君であった。
そして周りには、稲川君に付き従う男子やその関係者である女子たちが集い、僕に向けて苛立ちや憎しみに満ちた視線を向けてきた。
「ったく、なにヘラヘラしてんだよ、気色悪いんだっつーの」
「ほんと鉄オタが笑う顔ってキモいよね。なんかあたし吐き気してきた……」
「おい、俺の彼女が体調不良になったじゃねーかよ。謝れよクズ鉄!」
「そうだそうだ!この犯罪者!」
四方八方から罵倒され、鉄道趣味を否定される。
あの休日の楽しさの幻想は崩れ去り、目の前にあるのは悪い意味で普段通りの現実だった。
それでも、僕は少しだけ、ほんの少しだけ、そんな『現実』に抵抗する事が出来た。
普段の僕なら、『謝れ』と言われるとすぐ謝ったりしまうところだったけれど、机に伏したまま、何とか周りからの言葉に耐えたのである。
もしかしたら、梅鉢さんとの楽しかった日々が、僕の中の何かを強くしてくれたのかもしれない。
やがて、僕が何の反応も見せない事につまらなさを覚えたのか、それとも次の授業の時間が近づいたのか、稲川君たちは僕の元を離れていった。
「……ちっ……マジで鉄ヲタがいるだけで教室の空気が汚れるし」
「ま、鉄道オタクは陰キャでキモオタで社会的弱者だから仕方ないよ」
そんな事ない。有名人の陽キャにも、大金持ちにも、きっと鉄道オタクはいる。そうに違いない。
去り際の暴言に対し、僕が出来るのは心の中で反論する事だけだった。
そして、改めて僕は決意した。梅鉢さんを、こんな『地獄』に絶対に巻き込ませない、と。
僕さえ我慢すれば、僕がずっと耐え続ければ、梅鉢さんは楽しい時間を過ごすことが出来るはずだ。
大切な人のためにも、もっと頑張らないといけない。チャイムが鳴る中、改めて僕は決心した……。
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