第9話:知識の園で
「ついに到着したわね、図書館!」
「う、うん……!」
最寄りの駅から歩いて数分のところにある、文化センターと併設された大きな図書館。
僕たちが暮らす市の各地にある図書館の中で、ここは鉄道、自動車、航空機、船舶と言った交通機関に関する書籍が充実している事でも有名だ。
そのため、僕は昔からこの場所に訪れては沢山の本を借り、背中のリュックサックの中にぎっしり詰め込み、家に帰ってのんびりと読み漁るのが日課になっていた。
だけど今回は普段と違っていた。僕の隣には、鉄道オタクの同志である梅鉢さんが、楽しみと言わんばかりの顔で立っているのだ。
「それじゃ、早速行きましょうか」
「そ、そうしようか……!」
当然のルールだけど、目当ての本が見つかって興奮しても図書館の中では静かにしよう、と互いに約束をした後、僕たちは自動ドアの向こうにある図書館内部へ足を踏み入れた。
そこには沢山の本がぎっしり詰まった棚――古今東西の知識がたっぷり詰まった知識の山が、どこまでも続いていた。
そして、僕たちは早速お目当ての場所、鉄道を始めとする交通関連の本がある場所へと向かった。
何度も訪れているけれど、梅鉢さんと一緒に眺めるとまた特別な雰囲気があった。
やがて、隣で梅鉢さんが品定めをし始めているのに合わせて、僕も借りる本を選ぶことにした。
学校の図書室にあった本に負けず劣らず、この図書館にはたくさんの鉄道の本があった。
最新の鉄道の本は勿論、鉄道雑誌の増刊号、分厚い鉄道の資料、中には昭和時代に出版された南満州鉄道の関連書籍といった史料価値が高いものまで、多種多様な書籍がずらりと並んでいた。
どれも借りたい本ばかりだったけれど、その中でも僕は運良くずっと借りたかった本を発見する事が出来た。
日本各地の廃止された地方私鉄の歴史をまとめた本、関西の大手私鉄の各種車両の詳細が記された本、鉄道雑誌の最新増刊号、そして貨物列車に関する本。
加えて、あの南満州鉄道の本も気になったので借りてみる事にした。第二次世界大戦前、複雑な情勢の中にあった日本が『満州』と言う場所でどのように鉄道を発展させたのか、未知の分野として興味が沸いたからである。
一方、僕の近くでは梅鉢さんも順調に借りる本を決めていた。
幸い、僕と梅鉢さんで借りたい本が被る事はなく、お互い順調に作業を進めることが出来た。
そんな中、僕はもう1冊、気になる本を発見した。
それは、過去に日本各地を結んでいた、青い車体が特徴の寝台特急『ブルートレイン』の概要や列車、車両、乗務員さんのインタビューなど、多方面からその歴史について纏めたものだった。
以前鉄道雑誌でも取り上げられていた事もあり、借りたいという欲が沸いた僕だったけれど、残念ながら図書館から借りることが出来る本の枠は既に埋まっていた。
(うーん……)
しばらく悩んだ末、今回はこのブルートレインの本を諦める決意をした。借りる予定の5冊もまた、是非のんびりじっくり読みたい本だったからだ。
それに、学校の図書室で起きた凄惨な出来事――鉄道の本だけが破られ濡らされ、ボロボロにされるような事態が、この大規模かつセキュリティもしっかりしている図書館で起きるとは考えられない。
また次訪れた時に借りればよい、と僕は前向きに考える事にした。
その後、無事借用の手続きを終えた僕たちは、ロビーで今回借りた本を見せあった。
梅鉢さんも気動車を始めとしたディープな鉄道関連の本を沢山借りていたけれど、その中に1つ、鉄道ではなく、船舶の本が混ざっていた。
「あれ、これは……鉄道の本じゃない……?」
「ふふ、ただの船の本じゃないわ、『鉄道連絡船』に関する本よ」
「な、なるほど……!」
鉄道連絡船とは、料金や輸送体系などを鉄道輸送と一体化させた船の事。
特に、かつての青函連絡船や宇高連絡船のように、国鉄やJRが運行していた、車内に貨車を搭載できる大型のフェリーを使用していた航路はその代表格として有名であった。
梅鉢さんが借りた本には、それらを始めとする日本の鉄道連絡船の歴史や船舶の情報が余すことなく記されていた。
たまには鉄道以外の本も借りて、知識の幅を増やしてみたい、という梅鉢さんの言葉に、僕は感心した。いつも鉄道の本ばかりを目当てにしている僕だけど、次訪れた時は敢えて鉄道と少しだけ離れたジャンルの本も探してみよう、と思った。
「まあ、今回は結局鉄道絡みになっちゃったけどね」
「でも、素敵な選択だと思うよ……」
「……ありがとう、譲司君」
そんなことを語り合っているうち、僕たちは次第に空腹を覚え始めた。時計を見るともう12時過ぎ、そろそろお昼の時間だ。
どこかに食べるところは無いか、とスマホを取り出そうとした梅鉢さんに、僕はこの文化センターに併設されたレストランを案内した。
いつも本を借りる度に、僕はここに立ち寄り、1人で少し贅沢な時間を過ごしているのだ。
「へぇ、結構色々なメニューがあるのね……」
「梅鉢さんはここへ来たの、初めて?」
「うん。立ち寄る機会が無かったから……で、常連の譲司君、お勧めのメニューは何かしら?」
「え、えーと……じゃ、じゃあこれで……!」
そして僕たちは、カツカレーを一緒に注文した。
「……へぇ、美味しい!カツの歯応えもカレーの程よい辛さもたまらないわ!」
梅鉢さんが夢中で食べている光景を見ていると、このメニューを勧めた僕の方も嬉しくなってきた。
そして、その勢いに押されるかのように、僕はついこんな言葉を口にした。
「……初めて一緒に食事をする友達が……梅鉢さんで本当に良かった……」
「……えっ?」
つい気になる素振りを見せた梅鉢さんを見て、僕は慌てて事情を説明した。
誰かと一緒に列車に乗り、図書館へ行き、そしてこうやって同じ食事を楽しむという行為を、僕は家族以外としたことが無かった。
何をするにもずっとひとりぼっちで、鉄道について語り合える友達が出来る、と言う考えすら思い浮かばなかった。
でも、今はこうやって梅鉢さんと言う大切な仲間と同じ時間を過ごせている。それが、とても嬉しい――僕は、正直に本心を伝えた。
「……そう……そうなんだ……」
「う、ご、ごめん……なんか、変な事……」
「ううん、全然変じゃないわ。そう思ってくれて嬉しかったの」
そして、梅鉢さんは僕の方をはっきり見つめてこう言った。
自分の方こそ、『和達譲司』という人物と、学校や図書館などあちこちで同じ時間を過ごすことが出来るという事実が、とても幸せだ、と。
「まあ、たまにディープすぎる話題も語っちゃって、譲司君でもついていけなくなる時があるかもしれないけど……」
「そ、そんな事ないよ!ディープな話題を語るって言うのは、つまりそれだけ梅鉢さんに豊富な知識があるという表れで、それを聞いている僕もその知識を受けとってより知識を高める事が出来て……え、えーと……」
「そんなに慌てなくても大丈夫。思いは伝わったわ」
だから、これからも、一緒に楽しい時間を過ごしていきたい、と梅鉢さんはお願いするように語った。
その言葉を、僕が断るわけはなかった。当然だろう、他ならぬ鉄道オタクの同志、梅鉢彩華さんからの頼みなのだから。
「……ふふ、ありがとう」
「どういたしまして……って、そういえば、まだカレーやサラダが……」
「あ、そういえばまだ私も食べ終えていなかったわ」
互いに笑いあった僕たちは、レストランのカツカレーやサラダを味わい続ける事にした。
口に入れたそれらの料理は、先程よりも美味しさが増しているように感じた……。
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