第147話:鉄道屋敷にようこそ

「改めまして、和達譲司君。我が綺堂家へ、ようこそいらっしゃいました」

「あ、ど、どうも……ありがとうございます……」


 綺堂家が誇るであろう巨大な豪邸の入り口の前で、丁寧に挨拶をしながら頭を下げる彩華さん。それにつられて、僕も深く頭を下げて挨拶を返した。

 丁度良い衣装が思い浮かばず、白いワイシャツと黒いズボンと何とか色合いだけでも失礼にならないように選んだ僕の一方、彩華さんはレース付きの長めの丈のドレスを着ており、まさに『大富豪の令嬢』という言葉がぴったり似合う豪華な衣装を身につけていた。やはり本物の令嬢にはどれだけ着こなしても敵わない、と一瞬思ってしまった僕だけど、そのドレスの色合いを見てある事に気づいた。上半分にベージュ色を、下半分に朱色に近い赤色を主に配した組み合わせは、まさに旧国鉄が日本各地に導入していた気動車が纏っていた標準塗装そのままなのだ。


「彩華さん……素敵な色合いのドレスだね」

「ふふ、ありがとう、譲司君。私の好きな色で揃えてみた甲斐があったわ」

「うん……国鉄気動車の色だね」

「流石譲司君、よく気付いたわね」


 服も趣味も褒められた事に対する彩華さんの笑顔は、いつもと変わらず眩しかった。

 そして、そんな彩華さんに導かれるように、僕は東京駅を思わせる巨大な綺堂家の豪邸をじっくりと眺めた。


「そういえば、どうしてこの屋敷は……」

「大規模な駅舎に似ている形なのか、気になるでしょう?私たち綺堂家のかつての当主が、東京駅など様々な駅舎をモチーフにして自らアイデアを発案した、と聞いたわ」

「そうなんだ……」


 綺堂家の人たちはみんな『筋金入り』なのかもしれない、という会話を交わしつつ、僕たちは使用人の人たちがゆっくり扉を開いた先に足を踏み入れる事にした。

 そこに広がっていたのは、まさに大金持ちの屋敷と言えばこういうものだろう、という事を示さんばかりの豪華な内装だった。まるで城を思わせるような明るいレンガ調の壁、あちこちに見られる西洋風の装飾、そして少し硬そうで転んだらきっと痛そうな床。和達家の建物とは全く世界が異なるような光景に目を奪われつつ、僕は内心自分の知識のなさを後悔した。もっとこう言った芸術や建物に関する知識があれば、綺堂家の屋敷の建築技術や様々な装飾を詳しく把握し、頭の中で理解できたかもしれない、と。

 そんな事を考えつつも、僕は彩華さんに促され、建物の奥へ向かって進んだ。流石は大都会の駅舎並みの巨大な豪邸だけあって、廊下はどこまでも続き、左右には多数の部屋へ続く扉が存在していた。


「ごめんなさい、少し歩くことになるけれど大丈夫かしら」

「う、うん……大丈夫だよ……あ、周りの皆さんもお疲れ様です……」


 僕がそう気遣うと、僕や彩華さんを囲むように歩き続ける執事の人たちが軽く会釈をしてくれた。男の人も女の人もばっちり黒を基調としたスーツ姿に身を包み、僕たちを安全にエスコートする旨を言葉にせずとも示してくれているようだった。そしてその中には、僕たちを背後から見守る執事長の卯月さんも含まれていた。

 普段経験する事のない光景に若干圧倒されつつも、周りの光景を見渡した僕は、ある事に気が付いた。両側の壁、扉の上が大きく張り出しており、それがずっと向こうまで続いているのである。どこか家の雨どいのような構造だけれど、雨漏りする訳でもないし、一体あれは何なのか、と尋ねた僕に、彩華さんはさらりと驚きの言葉を返した。


「あれ?ああ、この屋敷の中を走っている鉄道模型ね」

「……え、鉄道模型……!?」


 彩華さん曰く、これも綺堂家の当主の意向で作られたもので、この東京駅に似た豪邸の全体に鉄道模型の線路が張り巡らされており、綺堂家の令嬢である彩華さんですらまだ全容は把握しきれていないという。しかも、これらの鉄道模型の線路は単に『家の中全体に鉄道模型の線路を敷きたい』という鉄道オタクならだれでも抱く願望だけではなく、綺堂家における紙の資料や様々な小物、時には軽食や飲料も輸送する、実益も兼ねたものなのだ。

 そして、そう言っている間にも、その張り出し――鉄道模型の線路が通っている場所を、何かが通るような音がした。まるで運行ダイヤを確認するかのように時計を見た彩華さんは、先程通り過ぎたのは定期的に線路をクリーニングする専用列車だ、と僕に教えてくれた。ここからだと見えづらいのは残念だけれど、この鉄道模型が立派な『生きた鉄道』である事をしっかりと実感できた。


「分かりやすく言えば、病院とかでよく見かける、紙のカルテを輸送する懸垂式のミニモノレールのような感じかしら」

「なるほど……実際に見た事が無いけれど、聞いた事はある……」


 そんな事を語り合いながら周りを見ているうち、次第に目や心が慣れてきたのか、屋敷の各地に様々な鉄道要素が隠されている事にも気が付き始めた。廊下のあちこちに飾られている美しい絵画も、よく見れば背景に蒸気機関車が描かれていたり、車内の様子が描かれていたり、何かしらの形で『鉄道』に関連するものが並べられているのだ。大半はレプリカや模造品だけれど、鉄道に関する絵画や造形物を見つけてはこうやってあちこちに飾っている、と彩華さんは説明してくれた。でも、これはレプリカではなく本物だ、と指さした先にあったものは――。


「ヘッドマーク……!」

「ええ、急行列車のヘッドマークね」


 ――国鉄時代に使用された、どこか錆がかっている本物の『鉄道要素』だった。芸術品と呼べるものの多くがレプリカである一方でこういった実際の鉄道に関するコレクションは実物だというのも変な話だ、と彩華さんは苦笑いを見せた。そして、それにつられるように笑顔を見せた僕に、彩華さんはそっと優しく語ってくれた。これで少しは楽になったか、と。

 その言葉で、僕は彩華さんの気遣いを認識する事が出来た。敢えてここから先に待ち受けるであろう未来を口にせず、僕や彩華さんの共通の趣味である『鉄道』について存分に語り、綺堂家にまつわる様々な『鉄道』要素を見せ続ける事によって、緊張や不安を少しでも和らげようとしてくれたのだ。それは決して僕を現実逃避させるためではなく、大勝負へ挑む僕を支えたい、という彩華さんの思いであった。


「ありがとう、彩華さん……」

「ふふ、どういたしまして」

「それと……卯月さんも、ありがとうございます」


 そして、僕は彩華さんに加えて、この場所まで僕を案内してくれたのに加えて、綺堂家にまつわる様々な『鉄道』に関する要素を見せてくれた卯月さんにも感謝の言葉を送った。それに対し、卯月さんはどういたしまして、という意志を示すかのように無言で頭を下げてくれた。


 でも、そんなやり取りが終わりを告げる時が来た。彩華さんの父さん、綺堂家の当主である綺堂玲緒奈さんが待つ部屋の前に辿り着いたからだ。


 西洋風の豪華そうな扉の近くには、それと若干不似合いな『愛国 - 幸福』と記された板が貼られていた。かつて北海道に存在したローカル線で実際に存在した駅名が記された、鉄道車両に設置される行先表示用のサインボード、鉄道オタクで言う『サボ』と呼ばれるものだ。

 何故そのようなものが入り口で僕たちを迎えたのかは分からなかった。でも、僕はそのサボを見ながら、改めて気合を入れ直すために頬を軽く叩いた。『愛国』とまではいかないけれど、『特別な友達』である綺堂彩華さんを、絶対に同じ学校=『幸福』へ導いてみせる、と決意を新たにしながら。


 扉を何度かノックし、僕たちが到着した旨を語った彩華さんの言葉に続くかのように、扉の向こうから威厳ある声が部屋へ入るよう僕たちを促した。


「失礼します……」


 校長室や社長室のように普段入る事が無さそうな部屋に入る瞬間に似た、どこか厳かな雰囲気を感じながら、僕は卯月さんに続いて頭を下げながらそっと足を踏み入れた。

 そして、僕の視界へ最初に入ったのは、豪華そうな椅子にどっしりと座り、僕たちの方を厳しそうな視線でじっと見つめる、がっちりとした体格の男性――大企業グループである綺堂グループを率いる当主、綺堂きどう玲緒奈れおなさんだった……。

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