第38話:彼と彼女、両親と先輩

「へぇ、お弁当を……!」

「よかったじゃない、譲司!」


 梅鉢さんと一緒に、明日のお昼に弁当を食べるという約束を交わした夜、僕は、父さんや母さんにもその事を報告した。勿論、2人とも僕の言葉を聞いて喜びの表情を見せてくれた。特に父さんは、どこか自慢げな、そしてにやけたような顔つきを見せながら、妙に格好をつけた言葉で僕に様々なアドバイスを始めた。


「なるほど、譲司、その友達って言うのはやっぱり女子だな~?」

「え、そ、それは……」

「いやぁ、父さんには分かるぞ。大切な友達と一緒に弁当を食べるという一大行事、緊張しないわけはないからな~」

「ま、まあ、そ、それはそうだけど……」

「もう、今から譲司を緊張させちゃ駄目じゃない」

「はは、それもそうだな。でも、そこまで関係が深まるなんて、なかなか良い友達じゃないか」

「あ、ありがとう……」


 友達が出来た、と告白してから、ずっと父さんや母さんは僕の事を応援してくれた。どこか気恥ずかしさもあって、その友達が学校一の美少女である梅鉢さんで、僕と同じ大の鉄道オタクである事は内緒にしていたけれど、それでも僕が語る様々な出来事の中に梅鉢さんの優しさや素晴らしさが込められていたのか、父さんや母さんによる梅鉢さんの評価はとても高いようだった。

 いつか、父さんや母さんにも勇気を出して梅鉢さんの事を全て報告したい、と心の中で考えつつも、今の僕にはそれ以上に両親へ伝えたい事があった。


「そ、それで……お願いがあるんだけど……特に、母さん……」

「ん?どうしたの、譲司?」

「明日の弁当……僕も作るのを手伝いたいんだけど……いいかな……?」


 恥ずかしい話、僕は学校で食べる弁当をいつも母さんに作って貰っていた。いつも僕が起きる度、台所では母さんが朝ご飯や僕たちの弁当を手際よく準備してくれていた。勿論、中に入っているどの料理も美味なのは言うまでもない。

 でも、僕はそんな母さんの奮闘ぶりを時々申し訳なく思っていた。確かに母さんはいつも楽しそうに料理を作ってくれているけれど、朝早く起きては2食分の料理を頑張って用意するのは毎回大変に違いない。僕も、何かしらの手伝いをしたい、と常日頃から考えていた。まさに今が、それを実行する絶好の機会ではないか、と考えたのだ。でも、正直言うと――。


「ははーん、譲司、自分の作った弁当を友達に見せて、料理上手で格好良いってところをアピールしたいんだな?」

「う、そ、そんな事……ごめん、ちょっぴりあるかも……」


 ――父さんが指摘した通り、梅鉢さんに少しだけ格好良い所を見せたい、という思いも混ざっていた。

 でも、そんな少しアレな欲望も、母さんは快く許してくれた。そうやって格好つけたいと思う事も、色々なものを上達させたり新たな道を切り開く良い一歩になる、と教えてくれたのだ。


「でも譲司、お弁当を作るとなると明日は早起きになるわよ。ちゃんとアラームを用意する事ね。父さんみたいに、目覚まし時計を幾ら用意しても起きない、なんて事になっちゃ駄目よ」

「ちょっと待った、それ大学時代の事じゃないか!すっかり忘れてたのに!」

「さっきの『電話』で思い出しちゃったのよ、ふふ♪」


「あ、ありがとう……母さん……!ぼ、僕、頑張る……!」


 幸い、僕は以前から母さんの手伝いをするという形で様々な料理作りを以前から学んでいた。そして母さんにも負けない料理上手の父さんとも、休日を中心に一緒に料理を作る経験を得ていた。なので、簡単な料理だけは作れるはず、という自身はあった。後は早めに寝て、明日の起床に備えるだけだ。

 改めて2人に礼を言い、風呂が沸くまでの自室で宿題を終わらせようとした時、ふと僕は気になる事を思い出した。


 実は今日、学校から戻って来た時、母さんは誰かと電話で話していた。敬語を使いながら、ちょっぴり呆れ交じりの言葉も放ちつつ、楽しそうに受話器の向こうの誰かと会話していたのだ。一体電話をかけたのは誰なのか、少しだけ興味が沸いたのだ。

 

「ああ、さっきの?私たちの大学の先輩から久しぶりに『電話』が来たのよ」

「大学の先輩……?」

「そうそう、私が父さんと一緒に入学した大学の、同じ学部に所属していた先輩ね」


 父さんと母さんが本格的に交際を始めた大学時代、2人の共通の先輩にして友人だったのが、その『先輩』だった。いつも明るくお調子者でマイペース、時々父さんや母さんを振り回したり余計なお節介を焼いて混乱させたりすることもあったけれど、2人の恋路をいつも応援してくれる頼もしい存在だったという。

 その『先輩』も、ずっと昔から友達だったという綺麗な人と結婚し、仲良く暮らしている。先程の電話でも、相変わらずの仲良しぶりを僕の母さんに披露し続けていたらしい。


「ま、その『綺麗な人』も、俺と同じ大学の先輩だったからなー。先輩たちに応援されながら過ごした、懐かしく輝かしいキャンパスライフ……」

「父さんはよく寝坊して大変だったわね~」

「その話はもういいって、恥ずかしい……」


 ごめんなさい、と笑顔で謝る母さんや、改めて大学生活の事を思い返す父さん。その姿を見ていると、僕の両親は本当に素晴らしい友人、素晴らしい先輩に巡り会えたというのを実感できた。社会人となり、互いに離れて暮らしていても、こうやって電話をして友情を確かめ合っている。僕も梅鉢さんや『鉄デポ』の皆と、高校を卒業してもそのような関係になれればいいな、と心の中で呟いた。


 すると、父さんが非常に興味深い事を僕に教えてくれた。

 先程から話題になっている、父さんと母さんの大学時代の先輩は、実は大の『鉄道オタク』だった、というのだ。


「そ、それ……本当!?」

「ああ、父さんと母さんの旅行の日程を作る時にも、時刻表片手に協力してくれたからな」

「特急の編成とか、新幹線のお勧めの指定席とか、事細かに教えてくれたわね」

「そうか……鉄道オタクの知識が、役に立ったんだね……」


 そういえば、父さんや母さんは、僕と違って鉄道に関して全く詳しくないのに、小さい頃から生粋の鉄道オタクだった僕に対して、趣味に対する偏見や差別のような言葉や、そういう趣味を持つなという注意を全くしていない記憶があった。それどころか、僕が鉄道が大好きだという事をずっと応援してくれたし、小遣いで鉄道の本を買い漁り続けている事にも全く文句を言わなかった。

 もしかしたら、その『先輩』が鉄道オタクと言う趣味を存分に活かし、父さんや母さんを様々な形で応援していた事も、そういった考えに大きな影響を与えていたのかもしれない。


「同じ鉄道好き同士、譲司と先輩が出会ったら盛り上がりそうだなー」

「ふふ、そうね。実は案外もうすでに知り合っていたりして?」

「ぼ、僕、そんな人が友達にいるか……わ、分からない……」


 そんな返事をした僕だけど、父さんや母さんの話を聞いて、会ってみたい、という気持ちが沸いたのは確かだ。いつか、梅鉢さんやその『先輩』、それに『鉄デポ』で知り合った皆も交えて、楽しく鉄道談義をしたり、一緒にご飯を食べたりしたい。一緒に僕の作ったお弁当を、皆におすそ分けなんてできたら良いな――そんな素敵な未来の妄想が、僕の心の中に描かれていた。


「ま、とりあえず譲司、明日寝坊しない事ね」

「う、うん……わ、分かった……!」

「きっと譲司が手伝った弁当は、友達や『先輩』の頬が落ちちゃうほど美味しいぞ♪」

「と、父さん……が、頑張ってみる……」


 両親に応援された僕は、少し気恥ずかしさを感じながらも、しっかりと決意を固めることが出来た。

 父さんや母さんにとっての大学の先輩たちがいるように、僕にも梅鉢さんと言う大切な、いや、『特別な友達』がいる。

 たとえ授業の間うっかり眠ってしまっても仕方がないと割り切れるように、明日は早めに起きて、『特別な友達』にたっぷりおすそ分けできるほどに美味しい料理を作りたい。


 そんな明日への希望を胸に抱きつつも、まず明日のために一番やらなければならない『宿題』と言うものを片付けるため、僕はリビングを後にした……。


 

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