第69話:リベンジ・イン・ムービー
世界中の誰もが自由にメッセージを送信し、自由に閲覧できるソーシャルメディア、俗にいう『SNS』。
そこで大変な、ガチでヤバイ事が起きている、というナガレ君の声に促され、その内容を確認した僕は、文字通り言葉を失った。
そのアカウントが投稿していたのは、『いじめ』の現場をそのまま、モザイク処理も無しに撮影し続けた動画。
1人の男子を、多数の男女がいじめ、罵倒し、嘲り笑い、床に散らばった残飯を食べるよう強要する内容。
そう、まさしくそれは、この僕、『和達譲司』が経験したいじめ――母さんと僕が梅鉢さんのために頑張って作った弁当をクラスの面々に奪われ、中身を床に撒き散らされ、その上に画鋲や鉄釘を大量に落とされた挙句、それを全て食べて処理しろ、と強要された時の動画だったのだ。
『……ま、まさか……これ……?』
『そ、そんな……』
『なんて事に……』
皆もまた、唖然としたような声を出し続ける事しかできなかった。当然だろう、あろうことか、こんな形で皆は僕の顔、僕の身なり、そして僕の置かれた状況を、目や耳で追体験する事になってしまったのだから。
しかも、事態はそれだけに留まらなかった。この動画が添付されていたSNSのメッセージを見て、真っ先に激怒の声をあげたのは幸風さんだった。
『……しかも……はぁ!?なんだよこえ!?まじざけんなって感じですけど!!』
鉄道オタクと言う犯罪者を制裁しました!
常に人々に迷惑をかける連中ですから自業自得ですよね!
全世界の鉄ヲタや撮り鉄がシュポポー!と顔を真っ赤にしてる様子が目に浮かびますwざまあみろw
#鉄道オタクは犯罪者 #自業自得 #因果応報
これが、メッセージの全文だった。徹底的に『鉄道オタク』という存在を蔑み、煽り、そして馬鹿にする感情が、文字数制限の中でぎっしりと詰め込まれていた。
本当は読みたくなかったし、目にも入れたくない文章だった。それだけ嫌な内容のはずなのに、僕はどうしてもそこから目が離せなくなってしまっていた。
そして、皆が愕然とし、僕が何も動けなくなっている間にも、このメッセージは次々に拡散されていった。PV数はどんどん増え、メッセージをお気に入り欄に入れる人々も現れ始めていた。勿論、その全員がこの動画を
やがて、このメッセージを送信したアカウント――アイコンが初期画面、名前欄も暗号のような、文字通り『捨て垢』のような様相を見せるこのアカウントは、新たなメッセージを送信した。
みなさん拡散ありがとうございます!
これで私たちの素晴らしい偉業が世界中に広がっていきますね!
シュポってくる鉄ヲタ君たちは残念でしたw
有害な犯罪者の鉄道オタクがこれからどんどん処罰されるようにお祈りいたします!
#鉄道オタクは犯罪者 #自業自得 #因果応報
『な、何ですかこれ……き、気持ち悪い……』
『ジョバンニ君……こういうのを、毎日言われ続けていたんだ……』
トロッ子さんも、美咲さんも、ただその言葉に呆然とするしかない様子だった。
そして、更にこのアカウントは、『皆の期待に応えて』というコメントを添えて、制裁が与えられている男子――この僕、『和達譲司』が真の『鉄道オタク』、人々に迷惑をかけ、各地で犯罪行為を重ねる存在の代表格である事を示す証拠を、新たな動画としてアップロードした。
そこに映されていたのは、日本を代表する電気機関車の写真が表紙に飾られていた本だった。
何これ、電車?電車のグラビア写真?鉄道オタクってこういうのを見て欲情するの?鉄ヲタって電車に恋するんだ?
やっぱり鉄オタって気色悪い存在なんだ!
そんな罵詈雑言が聞こえた後、その鉄道の本は、教室の片隅で震えている様子の『持ち主』に返された。『持ち主』は慌てた様子で本を受け取り、それを大事そうに抱えながら席へと戻っていった。
折角動画を撮影してやったんだから『ありがとう』って言えよ。いつかこの動画を使ってこの『電車』を有名にしてやるのに。これだから鉄道オタクは礼儀知らずなんだ。
そんな文句が飛び交う中でも、『持ち主』――いじめられていた頃の僕は、何も言えず、その『EF66形写真集』を読むふりをして地獄のような時間が過ぎるのを耐え続けた。
そう、確かに僕は、このような事態を経験していた。それが今、世界中に晒され続けている。
鉄ヲタ君見てるー?ちゃんと約束通り動画をアップしたよ!
後で感謝のメッセージをちゃんと送信してね!
礼も出来ないなんて悪質な撮り鉄みたいになりたくないよね?
もし送信しないと#鉄道オタクは犯罪者 ってまた世界中から言われちゃうよw
これが、動画が添付されたメッセージに追加された、新たなメッセージの内容だった。
「あ……あ……」
そうだ、思い出した。僕は今も、ずっと稲川君たちにいじめられ続けている身なんだ。
『鉄デポ』と言う場所に逃げ続け、沢山の人たちに甘え続け、身も心も落ち着いた振りをしていたけれど、結局僕は情けなく、冴えなく、そして『犯罪者予備軍』の鉄道オタクの1人なんだ。
どこへ隠れても、僕は『いじめ』から逃れられない運命なんだ。だって、こうやって世界中に僕の醜態が晒され続けているじゃないか。
『……ジョバンニ君!?』
『ジョバンニ君、聞こえる!?』
『ジョバンニ君、大丈夫!?』
『ジョバンニさん、私たちです!分かりますか!?』
結局、僕はどんなに気合を入れても、どんなに格好をつけても、どんなに仲間が増えても、どんな存在になっても、何をやっても駄目な存在のままなんだ。僕は、僕は――。
『ジョバンニ君!!画面を閉じて!!早く!!』
「……!!」
――意識が遠のきそうになった僕を我に返らせたのは、『鉄デポ』で知り合った沢山の仲間、そして梅鉢さんの必死の叫びだった。
何とかマウスを動かしてボタンを押した僕は、あのSNSからようやく離れる事が出来た。
同時に『鉄デポ』の皆も、もうあのような光景は見たくない、と言わんばかりに、一斉にあの画面を閉じたようだった。
そして、しばらくの沈黙の後――。
『あああ……俺、なんてことを……本当に……本当にごめんなさい!!』
――絶叫のように声を発したのは、この事態を皆へ真っ先に教えた、飯田ナガレ君だった。
あのいじめ動画がSNS上で拡散されているのを目撃した時、真っ先に僕が受けたいじめの事を思い出したナガレ君は、後先考えず急いで『鉄デポ』へアクセスし、一報を知らせてくれた。でも、まさかあそこまでヤバイ、自分の想像を絶するほどの代物だとは思ってもいなかった。だからこそ、自分の不注意、不用意ぶりが本当に情けなく、悔しく、申し訳ない、とナガレ君は語った。
「な、な……」
でも、ナガレ君は一切悪くない。こういう大変な事態になっている事を知らないでいるよりも、認識した方が遥かにマシなはずだ。そもそも、知らせてくれたことに感謝を伝えたい。
そう言おうとしたけれど、僕の口からは上手く声が出なかった。何とか言葉を紡ごうとしても、それが繋がらないのだ。
『待って、ナガレ君!!君は全然悪くないよ!!』
『で、でも……!!』
『それだったら……私にだって責任はあるよ……!』
そんな僕の代わりに声を出したのは、美咲さんだった。
あの時――ナガレ君がこの緊急事態を伝える直前、美咲さんは僕たちに『嫌な予感がする』という旨を伝えていた。本人曰く、アイドルとして長年様々な人と付き合ってきたことで鍛えられてきた第六感のようなもの、大変な事態が起きる予兆を教えてくれた、と。
まさかそれが、こんな事態になるとは思いもしなかった、と考えた美咲さんもまた、自分の言動に責任を感じていたのだ。
『でも、ミサ姉さんは単に予知だけじゃないっすか……!それを実現させてしまった俺も……』
『私だって……私だって、アイドルなのに、発言を注意しないといけない立場なのに、あんなことをうっかり……!』
『ちょ、ちょっと待ってください……!2人とも悪くないはずです……!わ、悪いのはこの動画を投稿した……』
『そうだよ!あたしたち何も悪事働いてないじゃん!』
『悪いことしてない人たちが、なんで謝らないといけないのよ!』
そんな2人を、他の皆は必死に止めた。特に、まるで怒鳴りつけるかのような強い口調で言い放った梅鉢さんの言葉には、あの動画を投稿したであろう犯人たち――『鉄道オタク』だからと言う理由で僕をいじめ続け、学校に行かなくなってもなお梅鉢さんを通して先進的に追い詰めようとした挙句、SNSまで使って僕たちを嘲り笑う面々、いや『連中』に対する、怒りや憤り、そして悔しさが滲み出ているように感じた。
『……くそっ!!くそっ!!くそっ!!なんでだよ!!なんでこうなるんだよ!!何が犯罪者だ!!何が自業自得だ!!ざけんなマジで!!』
それを聞いたナガレ君が、我慢の限界と言わんばかりに声を荒げた。ここまで乱暴なナガレ君の声は聞いた事が無かった。でもそれは、僕の心で高まる気持ちを代弁しているようにも感じた。
『……こんな手を使ってくるなんて……まるで私たちに逆襲しているみたい……』
きっとあの面々は反省どころか、逆ギレしてこのような事までやってしまったに違いない。
自分たちのやっていた事は、結局『いじめに対抗する!』という内容で盛り上がっているだけの自己満足にすぎなかったのだろうか。
トロッ子さんの悲しそうな声が、今回の事態の深刻さをより浮き彫りにさせていた。
『……あのさ、あたし、ジョバンニ君がいじめられた!って聞いた時に、ナガレ君と一緒にあいつらの個人情報を流出させてやる、ってめっちゃ怒ってたじゃん……?』
『……あ、ああ……確かに、そんな事あったっすね……』
正直に言って、『誰かの個人情報を晒す』行為が、ここまで下劣で醜いものだとは思いもしなかった、と辛そうな声で打ち明けたのは幸風さんだった。大切な仲間がいじめられている光景を全世界に晒され、しかも酷い言葉の煽り付きというメモ覆いたくなる状況。自分たちはこんな事をやらかそうとしていたのか、と考えると情けなくなる、という言葉に、ナガレ君も同意していた。
『……どうすればいいんだろう、これ……』
美咲さんの問いに、僕を含めて誰も答えることが出来なかった。
動画を通報したとしても、一度拡散された動画を完全に人々の前から消す事はほぼ不可能。既に僕は『鉄道オタク代表として罰を受けている存在』として、全世界の人々から嘲り笑われているだろう。
『……』
『彩華……私たち……』
『……ううん、私じゃない。謝るのなら、ジョバンニ君に……』
そして、まるで『いじめ』への敗北を示すかのように、皆が謝ろうとした、その時だった。
『みんな、待って!!』
『!?』
その言葉を止めるかのような大声が、僕たちの耳に入ったのは。
「……こ……コタロー……さん……?」
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