第154話:糾弾と懺悔
この僕、和達譲司が、以前まで通っていた学校で凄惨ないじめを受けていた――その事実を告白して以降、僕が『ジョバンニ』という名前で登録していた会員制SNS『鉄デポ』の仲間たちは、いじめに対抗するために様々な手段を講じてくれた。自身の知名度を駆使して『鉄道』の面白さを伝えたり、僕を含めたいじめられている人たちを応援する意志を示したり、はたまた実際に顔を合わせる事で激励をしてくれたり、僕は本当に色々な人たちに助けられた。
でも、その中でもう1つ、彩華さんの父さんであり、綺堂家当主である綺堂玲緒奈さんもまた、彩華さんの『特別な友達』であるこの僕がいじめられている、という情報を、既に早い時期から知っていた、という事実を、僕は玲緒奈さんの自室で初めて知る事となった。
しかもその情報提供者は、娘である彩華さんではなく、玲緒奈さんの古くからの友人であると以前語っていた、あの『教頭先生』だというのだ。
「教頭先生が……?」
「すまないねぇ、個人情報保護という観点では本来許しがたい事かもしれないが、『あいつ』は黙っていられなかったらしい。『鉄デポ』の大切な仲間が大変な事になっている、何とか『綺堂玲緒奈』として動く事は出来ないか、と私に密告したんだよ」
「そうだったんですか……」
ただ、あの時――僕がいじめを受けた事を告白した時、全く関係ない学校の教員にもかかわらず、教頭先生は涙声になりながら僕に謝っていた。何も気づくことが出来ず、本当に申し訳ない、と。しかもあの後、教頭先生は僕や彩華さんを取り巻く学校の状況が明らかになると、僕たちの逃げ道となる転入先を提供するために尽力してくれた。例えプライベートルームの内容を全く関係ない赤の他人に明かす、というルール違反を犯したとしても、僕はあれだけ奮闘してくれた教頭先生を責める事は出来なかった。とはいえ、『鉄デポ』のルールに反している事態なので、それに関してはしっかりと指摘して説教しておいた、と玲緒奈さんは証言していたけれど。
ともかく、僕や彩華さんたちが『鉄デポ』の中でいじめ対策に乗り出していた頃、『鉄道おじさん』こと玲緒奈さんも既にその事実を把握していた。そして彩華さんからも、『特別な友達』である僕が酷いいじめを受けている旨をはっきり伝えられ、同時に助けを求められた。虎の威を借る狐と呼ばれようとも構わないし、自分の身はどうなっても良い。友達を地獄から救って欲しい、と。
「ぶっちゃけた話、『鉄道おじさん』としては非常に怒った。私の娘の大切な友達、そして私の鉄オタ仲間がここまで虐げられ、学校から追い出される事態になっている事を知って、黙っていられるか、って話だよ、全く」
「……はい……」
「だが、残念ながら私は『鉄道おじさん』であると同時に、綺堂家当主の『綺堂玲緒奈』。私が迂闊に動いてしまえば、良からぬ影響が及んでしまうかもしれない……」
確かにあの学校は以前から様々な問題を抱え、彩華さんが入学する際も『綺堂』という苗字が使えない事を知るや露骨にがっかりした表情を見せる、など侮辱的な行動を見せていた。でも、それらがこの僕、和達譲司が受けたという『凄惨ないじめ』に繋がる確固たる証拠が無い限り、玲緒奈さんはなかなか動けなかった。あまりにも強すぎる立場だからこそ、その場限りの感情に任せた行動が出来なかった、という訳だ。
「一応、この私が糾弾を検討している、という旨は執事長を通して彩華にも教えたけれど、それが『検討』だけで終わるか否か、不透明な状況だったんだよねぇ……」
「なるほど……」
その言葉を聞いて、僕はいじめの標的が彩華さんに及び始めていた頃に、その彩華さん本人から『スポンサーが学校への糾弾に動くかもしれない』『下手すれば学校が潰れる可能性がある』と聞いていた事を思い出した。
確かにあの時、スポンサーである玲緒奈さんは動く一歩手前の状況だった。でも、同時にその『一歩』が踏み出せない状況でもあったのである。
でも、そんな玲緒奈さんでも、とうとうその『一歩』を踏み出して動かなければならない事態が起きてしまった。よりによって、鉄道オタクだからという理由で僕がいじめを受けている光景が、理事長の息子を始めとした僕をいじめる側によって全世界に動画と言う形で拡散されてしまったのだ。
これは疑いようもなく、あの学校で生徒がいじめを受けているという状況を示す事に他ならず、しかも教員が全く動かないという事は学校全体がいじめを黙認してしまっている事にも繋がる。あの学校の事実上唯一のスポンサーとなっていた綺堂家としても、信用に関わる大きな問題になりかねない事態だったのだ。
「その後の
「はい……そこで僕は、玲緒奈さんと初めて会ったとばかり思っていました。何度も言いますけど、それ以前から『鉄道おじさん』としてずっと『鉄デポ』で楽しく交流していたなんて、考えもしませんでした」
「まあな。この私は『鉄道おじさん』と『綺堂玲緒奈』、2つの顔を見事に……」
使い分けていなかった事が過去に1度だけあった――玲緒奈さんの鼻高々な言葉を聞いた瞬間、僕はそんな事態を思い出してしまった。
教頭先生やコタローさんたちから聞いた話だし、その時の僕はあまりにも衝撃で実際に確認する気力も勇気も持てなかったけれど、確かその確固たる証拠――理事長の息子を始めとした面々によって僕がいじめられている動画がSNSを通して世界中に拡散されてしまった時、僕たち『鉄デポ』の仲間たちが集まっていたプライベートルームの外=『表』のチャットルームで、普段優しく愉快なはずの『鉄道おじさん』が凄まじい怒りを次々に文章にして投稿し続けていた。その憤りたるや、教頭先生を始めとする面々が必死になって宥めなければならない程だったらしい。そして、最終的に『鉄道おじさん』は落ち着きを取り戻し、皆に醜態を晒してしまった事を何度も謝り、まるで逃げるように『鉄デポ』を去っていったという。
そして、その旨が頭によぎった僕は、ついその事を口に出してしまった。あの時の激怒は何だったのか、と。
「げっ……あ、あれかー……やっぱり聞かれるよねそれ……」
「あ、す、すいません……つ、つい余計な事を……」
「いやいや、絶対突っ込まれると思っていたよ……。本当にあの時はなぁ、『鉄道おじさん』としても『綺堂玲緒奈』としても我慢が出来なかったんだよ」
大切な鉄道オタクの友達をどれだけ侮辱すれば気が済むのか、誰かの『好き』を馬鹿にすることがどれだけ醜悪な事なのか分かっているのかという『鉄道おじさん』としての怒り。
何度も崩れながらもその度に各方面に頭を下げながら何とか培ってきた信頼が、いとも簡単に崩れる有様を目にしてしまった事に対する『綺堂玲緒奈』さんとしての怒り。
その2つが重なった結果、玲緒奈さんの中にある心の中の苛立ちを溜める機能が限界に達し、とうとう『鉄デポ』で自分の感情を露呈させる事態になってしまった、という訳である。
誰にだってそう言う時はあるさ、と開き直りのような言葉を言った『鉄道おじさん』こと玲緒奈さんだけど、僕はその言葉に納得しつつも、敢えて尋ねてみた。
そのように苛立ちを『鉄デポ』で発散して、スッキリする事は出来たのか、と。
「……そう言われるとなぁ……結局『鉄デポ』の面々に迷惑をかけるだけになったからなぁ。『ひと時の感情』だけに流されるとどういう事になるか、身をもって体験する羽目になったよ……」
「な、なるほど……」
「それに、結局物事が解決しても、心の中に残ったのは失望と虚しさだけだったよ。君や娘を救えた事は安心できたけれど、どうしてこういう事態になってしまったのか、残念な思いが強かったな……」
テレビやネットだと、糾弾するとスカッとする感情が湧き上がるような展開が多いけれど、生憎そのような感情にはならなかった。ただ、こればかりは人それぞれだろう――そう語る玲緒奈さんは、『鉄道おじさん』としての表情と『綺堂玲緒奈』さんとしての表情が混ぜたような、どこか複雑な感情を見せていた。
僕は綺堂家の当主、彩華さんの父さん、そして『鉄デポ』のムードメーカーなど、幾つもの姿を使い分けなければならないという道を自分で選んだという玲緒奈さんの心の内を、少しだけ垣間見ることが出来た。
「……ま、ともかく、もう1度言っちゃうけれど、ジョバンニ君が誤解して欲しくないのは、私は『鉄道おじさん』ではなく、『綺堂玲緒奈』としての役割を遂行したまで。綺堂家当主としてやるべき事をやっただけで、本当に君を救いたかった『鉄道おじさん』としては何の活躍もできなかった、という訳さ。まあ、信じてくれなくても私は構わないが……」
「いえ、僕は信じます」
「……ジョバンニ君……」
「僕の事を鉄道オタクだからと
だから、僕は対応の遅れを始めとしたそれまでの行動を責める事はしない。むしろ、形はどうあれ、結果的に僕や彩華さんをいじめから救ってくれた事は紛れもない事実。
その事について、僕は改めてお礼を言いたい、と告げた後、立ち上がって頭を下げた。そこまで畏まらなくても大丈夫だ、と『鉄道おじさん』の顔を見せつつ玲緒奈さんは慌てていたけれど、どうしても僕は今までのお礼がしたかったのだ。
そして、僕はそのまま、この部屋に入ってからずっと尋ねていなかった、というより何故か今までずっと玲緒奈さんが言及してこなかった一件について、改めて聞くことにした。
「……あの、一番聞きたかった質問があるんです……」
「『彩華さんの件、忘れてないですよね?』だよなぁ、ジョバンニ君?」
「……!?」
知っていたんですか、と驚きつつ、僕は不安な気持ちを露呈した。この部屋にたったひとりで案内されたのは、玲緒奈さんが『鉄道おじさん』である事を教えるためだけではないはず。もしかして、彩華さんの未来を既に決めてしまっており、僕が何を言っても無駄である事を分からせるためなのだろうか。あのセレブが入りそうな高貴な学校への入学を決めてしまったのだろうか――。
「……ほう、なるほど……ふふふ、ジョバンニ君、やっぱり君も気づいていなかったようだなぁ」
「えっ……?」
――正直な思いに対して返ってきたのは、僕にとってあまりにも予想外な言葉だった……。
「……私が、いつ、あの『教頭』がいる学校へ彩華を転入させたくない、なんて言ったのかねぇ?」
「……!?」
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