第155話:友情をかけた面接試験

「えっ……えっ……!?」


 先程まで顔を合わせ、彩華さんの将来について議論を交わしていた綺堂家の当主である綺堂玲緒奈さん。その口から思わせぶりに出たのは、僕にとっては少々信じがたい言葉だった。

 あれほどまで彩華さんを自分の考えに従わせたいという意志を示していたはずなのに、『いつ「教頭先生」がいる学校に入学させたくない、と言ったのかね?』と断言されてしまえば、僕が驚くのも当然だろう。そして、僕はすぐさまその言葉に反論した。


「で、でも、玲緒奈さん、あんなにたくさんのセレブ向けの学校の資料を机に並べていましたよね!?それに、彩華さんにふさわしい学校を間もなく決める・・・・・・・って……」

「ああ、確かに私は並べたし、そう言った。でも、よぉく思い出してみな?私は、机に並べた学校を含めた・・・・候補の中から、結論を出そうとしている、と言ったはずだぞ?」


 僕たちに見せたパンフレットに記された学校以外の場所、教頭先生が教頭を務めているあの学校も、玲緒奈さんの中ではしっかりと『候補』になっている――あの時は彩華さんと離れ離れになってしまうのが嫌で必死になっていた僕は、そのような言い回しをしていた事に一切気が付かなかった。そして、言われてみればそうかもしれない、とつい玲緒奈さんの口車に乗せられそうになった。

 でも、それでも僕はまだまだ納得がいかないところがあった。それならば、どうしてその旨を僕たちに言わず、『教頭先生の学校へ彩華さんを入学させたくない』と勘違いされそうな言い回しをしたのだろうか。どうして、僕の説得に対して次々と反論を述べ、潰そうとしたのだろうか。その時、僕が若干声を荒げてしまっていたのは、彩華さんのために頑張っていた僕が事実上玲緒奈さんの掌の上で踊られていたような事に対しての苛立ち、全てが取り越し苦労に終わりそうになる事に対する恐れが理由かもしれない。


「ぼ、僕は……何のために説得を……!」

「ま、まあ落ち着いて……落ち着いてくれジョバンニ君……ちゃんと説明するからさ。事情があったんだよ、こっちも……だから、ね?」

「あ、す、すいません……」


 そして、苦笑いしつつ僕の興奮を鎮めた玲緒奈さんは、はっきりと述べた。僕の説得は決して無駄ではなく、むしろ彩華さんの未来のために必要なものだった、と。


「私は、彩華の父として知りたかったんだよ。『綺堂彩華』という『特別な友達』を、どれほど大切に思っているか、どれほど離れたくないか、という、ジョバンニ君の『本気』をね」

「僕の……本気……?」


 どれだけ真っ向から反発を受けようが、どれだけ粗を探されてそれを突かれようが、決して落ち込んだり諦めたりする事無く、友達の事を慕い続ける心を貫き通し、そのためなら自分自身の思いや考えを絶対に曲げない。彩華さんの『特別な友達』として本当に僕がふさわしい存在なのか、その器量を図りたかった。彩華さんを支えていく存在に本当にふさわしいか、実際に会い、言葉を交わしたうえでその力量を知りたかった――父親としての表情を見せながら、玲緒奈さんはあの部屋での議論の裏に秘められた感情を打ち明けてくれた。

 

「……まあ、つまり分かりやすく言えば、この私、綺堂家当主による、ジョバンニ君への『面接試験』のようなものだねぇ♪」

「面接試験……ですか……」


 その言葉で、僕もある程度玲緒奈さんの意図を納得する事が出来た。

 庶民である僕の父さんや母さんに土手座までして謝るほどの誠実さに満ちた玲緒奈さんがあれほど厳しい態度を取り、まるで壁のように立ちはだかるような姿勢を見せたのは、この僕、和達譲司が本当に彩華さんと共に同じ学校へ行きたいと願っているかを図るためだった。あの部屋は、人生を決めるための試験会場だった、という訳だ。

 そして、そうなるとやはり気になるのが、玲緒奈さんが面接官を務めた『試験』の結果だった。合格だったのか、それとも、と若干焦るような声を発してしまった僕に対し、玲緒奈さんは顎に指をあて、しばらく考えるような素振りを見せた後、僕の顔をじっと見つめながら、このような事を述べ始めた。


「……ジョバンニ君、もしあの部屋の中で、私の態度に君が凹んでしまって彩華のことを諦めたり、私の言葉に従って本当に部屋を後にしたり、私の反論の内容を全て真に受け取ってしまったとしたら、恐らく私は、その場で彩華に君と絶交するよう申し渡していただろうね。友達を見捨てて、その親の顔色を窺ってへこへこ従うような存在を、『特別な友達』と呼ばれたくないからなぁ」

「は、はぁ……」


 でも、それは僕が絶対に進みたくなかった道だ。玲緒奈さんの威厳に従うのは確かに楽かもしれないけれど、そのような事をして彩華さんが幸せになるとは到底思えない。例え玲緒奈さんがどれだけ偉くて怖くても、僕は絶対に彩華さんの味方であり続ける――その意志を、僕はずっと貫き通したのである。

 そして、玲緒奈さんも、そんな僕の姿を称えてくれた。綺堂玲緒奈という、未来へ向かう線路の工事に際して立ちはだかった最大の難所を潜り抜けるべく、試行錯誤を繰り返し、そして見事に突破してくれた。その素晴らしい度胸や勇気を、自身も最大限受け取りたい、と。


 その言葉が何を示すのか、少しづつ理解し始めた僕は、自分の顔が驚きの感情に満ちようとしている事に気づいた。

 それを見た玲緒奈さんは、もう1つ、今回の議論、そして説得に関する事実を教えてくれた。


「……ジョバンニ君、確か君は、転入先をずっと悩んでいたんだったね。教頭がドカドカと押しかけて、君たちにとっての最高の選択肢を与えてくれるまで、親御さんと共に候補が絞り切れない状況だったっけ?」

「は、はい……。それで、教頭先生が自分の学校を勧めてくれて……」

「なるほどねぇ……。実はね、私もあの部屋に入るまでずっと悩んでいたんだよ。あの『教頭』がいる学校が、本当に彩華にふさわしいのかどうかをね」

「……えっ……そうだったんですか!?」


 そうなんだよ、と言った玲緒奈さんは僕に教えてくれた。あの時執事さんによって机に並べられたパンフレットに記されていた多数のセレブ向け学校は、実は予備の予備、もしあの場で僕が玲緒奈さんの意に反する情けない行動をとった場合、仕方なくその中から選ぶことにしていた候補だという事を。そして、そもそも玲緒奈さんは、これらの学校を勧めてきた各地の学校の『お偉いさん』の態度が気に入らなかった、とこっそり語った。みんな綺堂家当主である自身の顔色を窺ったり、『綺堂家の娘』が入学する事に対するメリットを語ったり、と誰もかれも彩華さんの事を『綺堂家の娘』、学校運営に都合の良い道具のようにしか扱っていないように感じてしまったのだ。

 一方で、教頭先生だけは違っていた、と玲緒奈さんは語った。あの時――僕たちがオフ会で盛り上がっている同日に綺堂家の屋敷を訪れた教頭先生は、玲緒奈さんの旧友としてではなく、1人の教員として熱心に自身の学校を勧めてきた、と振り返りながら。


「あいつは『綺堂家当主』にも全く恐れず、まっすぐに自分の学校がどれほど素晴らしい所か、どれほど人生経験に役立つか、そしてどれほど私の娘を受け入れる準備が出来ているか、熱心に語ってくれたよ。彩華を、1人の人間としてしっかり扱ったうえで、な」

「なるほど……」


 そして、玲緒奈さんははっきりと僕に告げた。本当は、自分も彩華さんを教頭先生の学校に入学させたい、あの学校で僕と楽しく過ごす彩華を応援したい、という気分だった、と。

 でも、大富豪の家系の当主であり、威厳ある『父親』として振る舞わなければならない立場上、それを示す事は出来なかった。社会的にも精神的にも周りへの影響力が強すぎる自分自身が迂闊に未来への指示を行ってしまえば、それは彩華さんが自分自身で未来を掴む、という機会を奪うという事態に繋がってしまう。例え彩華さんの願いと合致していたとしても、父から無理やり押し付けられた学校へ行って本気で楽しめる訳は無いだろう――玲緒奈さんの言葉は、心の芯が強く、自分の考えを貫き通す彩華さんの姿をありありと映しだしているようだった。


「……だからこそ、私は敢えて執事長にも彩華にも、そしてあの教頭にも、立場を曖昧に見せた訳さ。それも、わざと『反対』しているように。勿論、ジョバンニ君にも、な」

「あ、ああ……確かに、卯月さんも教頭先生も、ずっと玲緒奈さんが反対しているように捉えていました……」


 でも、その結果、僕や彩華さんは真剣に自分たちの未来について考え、意見を交わし、確固たる思いを得る事が出来た。それはまさに、玲緒奈さんが考える理想像である『未来行きのレールを自分の力で敷設する』という姿だった、という訳である。


 やっぱり私の演技力は中々のものだ、当主を引退したら名役者になれるかもしれないな、と『鉄道おじさん』のように自慢げに、そしてどこか調子良く語った直後、玲緒奈さんはため息をつきながらこう語った。


「……ま、でも私は、そんな類まれな演技力を、娘やジョバンニ君と言った、大切な人を欺くために使ったわけだよな……。君たちに酷い言葉を吐く悪者になった私は、意地悪な父親だと言われても仕方ないか……」

「……そんな事、無いと思います」

「……?」


 その自虐的な言葉を聞いた僕の心に浮かんだのは、僕の父さんや母さんの姿だった。


「僕の両親も、僕の将来の事を考えて、敢えて意地悪な内容を言って意見を誘導しようとした事がありました。それに、玲緒奈さんとの説得に赴くまで、僕は何度か両親と練習をしたのですが、その中でも何度か心を突くような言葉を告げられました。でも、僕はその事を恨んでいないですし、むしろ僕のためを思っての事だ、と今は納得しています……」


 まだ学生――正確にはこれからもう一度学生に戻る身分なので、玲緒奈さんや僕の父さん、母さんのような『親』の立場は完全には理解できない。でも、先程までずっと聞き続けた玲緒奈さんの言葉から、玲緒奈さんがずっと娘である彩華さんの事を思い、幸せを願って行動し続けている事ははっきりとわかった。もしかしたら、彩華さんも玲緒奈さん=彩華さんの父さんが、本当は優しい人だという事を分かってくれているのではないか、と僕は語った。


 そんな僕に、悪戯げな笑みを見せながら玲緒奈さんは尋ねた。その言葉に、『確証』はあるのか、と。

 勿論、僕は正直に答えた。僕は和達譲司であり『綺堂彩華』ではないので、確証はない、と。


「でも、彩華さんはあの時、厳しい言葉を言う玲緒奈さんにはっきり怒っていました。きっと、あれは玲緒奈さんの事を素敵な人だと思っているからこそ、声を荒げたんじゃないか、と今は思っています……」

「そうか……。まあ、確証が無くても、ジョバンニ君が言うのなら、信じるのが義理だな」

「あ、ありがとうございます……!」


 そして、玲緒奈さんは『鉄道おじさん』として、そして彩華さんの父さんとして、満足したような、どこか憑き物が落ちたような笑みを見せながら、こう述べた。


「……全く、彩華の奴、特急どころか『超特急』クラスのとんでもない友達を得たものだよ」

「超特急……」

「ここだけの話けどなぁ、ジョバンニ君、あの教頭は普段格好つけているけど、昔からチャランポランでドジでおっちょこちょいだ。私は長年面倒を見てきたからよーくわかる。だが、あいつはそれでも生徒のため、先生のため、大切な奥さんのため、そして君たち『鉄道仲間』のために、毎日しっかり頑張っている。それだけは間違いない」

「そ、そうですか……」


「……和達譲司君。我が娘、綺堂彩華と一緒に、教頭を……相田哲道を、支えてやってくれ」


 それは、綺堂玲緒奈さんだからこそ口に出せる、僕と彩華さんに対する『面接試験』の『合格通知』のような言葉だった……。


「……はい!」

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