第156話:秘密のコレクション

「それでだね、ジョバンニ君、この70系客車の傍に停まっているあれ、見えるだろう?」

「あ、はい……流線形のテンダー式蒸気機関車ですね……」

「そうそう、よく分かったなぁ!ご存じ流線形の蒸気機関車、C53形43号機!実物は色々とトラブルが多発してしまったけれど、我がレイアウトでは主力として活躍して貰っているのさ」

「そうなんですか……」

「そうなんだよー!いやぁ、若い頃に暇を見つけては頑張って作った代物だけあるよ。さすが私だねぇ!」

「あはは……そうですね……」


 鼻高々に自分の功績を自慢する『鉄道おじさん』こと綺堂玲緒奈さんのおじさん臭い言葉に若干苦笑いをしてしつつも、先程から僕は玲緒奈さんの巨大な自室の半分を占める広大な鉄道模型のレイアウト、そしてそこを走る模型車両たちをじっくり見せてもらっていた。

 綺堂家の当主である玲緒奈さんが『鉄道おじさん』であるという衝撃の事実の発覚、ずっと僕の事を見守ってくれていたという過去の告白、そして彩華さんの教頭先生の学校への転入への認可。立て続けに様々な出来事が起きたこの部屋をもう少し堪能していかないか、という玲緒奈さんの誘いを聞いて、僕はしばらく悩んだ結果、敢えて乗ってみる事にした。


(彩華さん、本当にごめん……もう少しだけ待っていてね……)


 先程まで玲緒奈さんと舌戦を繰り広げていた部屋の中で心配し続けているはずの彩華さん、それを見守る卯月さんや使用人の皆さんには申し訳ないけれど、この機会を逃せば、僕は彩華さんの父さんである玲緒奈さんが見せる秘密の顔、『鉄道おじさん』の事を深く知る事が出来なくなってしまうかもしれない、と考えたからである。加えて、綺堂家当主と一般庶民という垣根を越えて、もっと玲緒奈さんと仲良くしたい、という本音もあった。そして、その一環として、自慢の鉄道模型をじっくり見学した、という訳である。

 古今東西、何十両ものリアルな模型車両がずらりと並ぶ『車庫』、その周りを一周する、山あり谷ありのリアルなレイアウト。何年もかけて作り上げ、その後も大切にし続けているというその威容に、僕はずっと圧倒されていた。かつて鉄道模型がセレブのたしなみ、『趣味の王様』と呼ばれていた時代があったと聞くけれど、それを納得させるような光景が広がっていたのだ。


「玲緒奈さん……本当に凄いです……」

「いやぁ、そこまで喜んでもらえると嬉しいねぇ!でも、悪いけれどこの自慢の模型、写真や動画に記録するのは……」

「はい、それは大丈夫です。卯月さんに事前に注意されましたので、しっかり守ります。僕の心の中に、しっかり刻んでおきますから」

「そうか、執事長に教えてもらったか。流石、私が頼りにしているだけあってこういう所でも優秀だな」


 卯月さんを褒め称えつつ、玲緒奈さんはこの『記録禁止』に対する本音をこっそり語ってくれた。正直、たまに玲緒奈さんも『鉄道おじさん』として『鉄デポ』の皆にこの自慢のレイアウトを見せびらかしたい、皆からキャーキャー褒め称えらえたい、という欲求が溢れてしまう事がある、と。そして、娘である彩華さんにも、このレイアウトはほとんど見せた事が無い、という旨も同時に教えてくれた。


「そもそも、私は彩華の部屋によほどの事はない限り入らない事にしているし、逆に彩華も私の部屋になるべく入らないようにしているからなぁ」

「そうなんですね……」

「家族間のプライバシーもあるけれど、油断して『鉄道おじさん』だという事を彩華に口走ったら色々大変だし……ねぇ?」

「な、なるほど……」


 でも、やっぱり娘にこの鉄道模型のレイアウトを存分に見せたい事はある。自分で決めた事とは言え、自慢できるのが心を許した古くからの友人ぐらいしかいないのは寂しいと思う事がある。だからこそ、こうやってたっぷり驚いてくれてとっても感謝している、と玲緒奈さんは嬉しそうな笑みを見せた。サンキューベリーマッチ、と英語を交えて語る姿は、とても冷静沈着、威厳と貫禄に満ちた綺堂家を司る存在と同一人物だとは思えないほどのギャップに満ち溢れていた。


「い、いえ……こちらこそたっぷり見せてくれて……」


 そう言いかけた時、僕はふとある事を感じ、玲緒奈さんに告げるお礼の内容を少し変える事にした。


「あの……先程も言いましたけれど、『鉄デポ』の事を彩華さんに教えてくれて、本当にありがとうございました」


 鉄道の事を語り合える相手が家族や親戚、身の回りの人たちしかいなかった彩華さんが、『外の世界』にいるたくさんの鉄道オタクと語り合えるきっかけになったのは、玲緒奈さんが彩華さんに会員制クローズドSNSの『鉄デポ』を教えた事だった。

 そして、彩華さんがその『鉄デポ』を僕に教えてくれた結果、今度は僕に今まで知る事が無かった様々な世界に触れる機会が生まれた。モデル、動画配信者、アイドル、VTuberの大親友、カリスマスタイリスト、そして教頭先生。ひとりぼっちだった僕は、あっという間に年齢も立場も違う個性豊かな仲間に恵まれる存在になった。そして、そんな面々の後押しがあったからこそ、僕はこうやって、大富豪である綺堂家の屋敷でたっぷり鉄道に包まれる時間を過ごすことが出来たのだ。


「……僕をここまで導いてくれたのは、『鉄デポ』やそこに集うみんなのお陰です。勿論、『鉄道おじさん』だってその1人です」

「へへ……いやぁ、そこまで何度も褒められちゃうと、おじさんとっても嬉しいねぇ」


 すっかり口元が緩んだ『鉄道おじさん』こと玲緒奈さんは、威厳ある普段の姿とは程遠い、おじさんらしい嬉しそうな笑みを見せていた。娘が友達と語り合う場となり、『ジョバンニ君』が一回り大きくなる場所になったという訳だ、と僕の言葉を反芻はんすうするかのように語りながら。

 ところが、その直後に出た言葉は、僕にとってとんでもない内容だった。


「彩華だけじゃなくてジョバンニ君にも大いに役立ってくれたのなら、『鉄デポ』という場所を作った甲斐はあったというものだよ、ねぇ♪」

「……えっ……え、えええええ!?」


 またも僕は、玲緒奈さんの部屋で大声を上げる羽目になってしまった。当然だろう、玲緒奈さんはまたもや僕が予想だにしない事実を、あっさりと明かしてしまったのだから。


「て、『鉄デポ』って……れ、玲緒奈さんが……『鉄道おじさん』が作ったんですか!?」


 確かに以前、仲間たちから『鉄道おじさん』は『鉄デポ』の中でも最古参のメンバーであり、このSNSの発展を見守ってくれていたという事実を聞いた事があった。でも、まさか『鉄デポ』の設立自体に携わっていた事までは、全く考えもしていなかったのだ。

 そして、やはり僕は気になった。一体どうやって『鉄デポ』を開設するという発案が浮かび上がり、今のようにたくさんのメンバーで賑わう場所になったのだろうか。


「……あの、教えてくれますか?『鉄デポ』の秘密……」

「ああ、折角の機会だからねぇ。ただし、この事はサクラちゃん、ナガレ君、美咲ちゃん、トロッ子ちゃん、あと彩華には内緒にしてくれたら嬉しいなぁ」

「は、はい……分かりました、心の中に留めておきます……」

 

 でも、玲緒奈さんはそれに続いてこんな事を述べた。先程の面々以外、例えばカリスマスタイリストのコタローさんや、これからお世話になるかもしれない教頭先生に関しては、今から話す『鉄デポ』の秘密を明かしても別に構わない、と。その理由は単純明快、この2人は既に内容を把握したうえで、ずっと秘密を保ち続けていたからである。

 なるほど、と納得した僕に、玲緒奈さんはいよいよ『鉄デポ』という場所にまつわる秘密を語り始めた。そもそも、ネット上で鉄道オタクが語り合える秘密の隠れ家のような場所を設置する、というアイデアを最初に発案したのは、玲緒奈さんと交友関係を持っていた教頭先生こと相田哲道さんだった、という真実を交えながら……。


「……え……そうだったんですか……!?」

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