第27話:徹底解説・旧型国電

(……よし、ログイン成功、っと……)


 それは、雨が降りしきる休日。もし晴れていたら外へ出掛けて、貰ったばかりのお小遣いを利用して本屋へ立ち寄り、鉄道の本を買おうと考えていた僕だけど、生憎の空模様なので今日はずっと家の中で過ごす事にした。

 以前借りた図書館の本も読み終わったし、学校の図書室で見つけたあの絵本も既に読了済み。暇つぶしも兼ねて片付けようとした宿題も、いつの間にか終わらせていた。何をやって時間を潰そうか、しばらく悩んだ結果、僕も登録している会員制SNS『鉄デポ』のボイスチャットで、梅鉢さんを始めとする鉄道オタク仲間と楽しく会話をする事に決めた。


『あ、ジョバンニ君!』

『ジョバンニ君ちーっす!』

『こんにちはー、元気してるー?』

『ジョバンニさん、こんにちは』

『やあ、よく来てくれたねぇ!』


「こ、こんにちは……」


 『鉄デポ』の画面には、既にたくさんのメンバーが揃っているのが表示されていた。『彩華』=梅鉢さん以外にも、爽やかな声の『ナガレ』さん、明るい声の『美咲』さん、穏やかで丁寧な『トロッ子』さん、そして賑やかな声を響かせる『教頭先生』が、僕より先にログインして会話を楽しんでいたのだ。


 一体どんな会話をしていたのかについては、僕が尋ねる前に、とても嬉しそうな声でナガレさんが教えてくれた。

 その理由はすぐに分かった。先程まで話題の中心になっていたのは、鉄道オタクの一員、ナガレさんが何よりも大好きだという『旧型国電きゅうがたこくでん』の話題だったのだ。


「確か旧型国電って……」

『あれ、もしかしてジョバンニ君知らないんすか?』

「い、いえ……確か、旧型国電っていうのは、主に1950年代まで国鉄の路線に導入されていた電車を指す俗語……ですよね?」

『大正解っすー!さっすが彩華ちゃんお墨付き、天才的な鉄オタっすね!』

「え、ぼ、僕そんなお墨付きをいつの間に……」

『当然よ、私のジョバンニ君だもの!』


 嬉しそうに語る『彩華ちゃん』=梅鉢さんや、良い関係だ、と褒め称えるトロッ子さんや教頭先生の声に、嬉し恥ずかしの感情で顔が真っ赤になるのを感じながらも、僕は旧型国電とは何か、という解説を改めてナガレさんにしてもらった。


 旧型国電と言うのは、非常に分かりやすく言えば、ずっと昔の国鉄の電化路線を走っていた、見るからにレトロな茶色い電車の事。

 でも、もっと専門的に言えば、『駆動方式くどうほうしき』という駆動方式を採用していた、国鉄やその前身の鉄道省、更にその前の鉄道院時代から製造が続いた様々な電車を指す。

 モーターから左右の車輪やそれらを繋ぐ棒=車軸しゃじくへ動力を伝える方法は現在に至るまで多種多様なものが開発されているが、その中で最初期に開発されたのが吊り掛け駆動方式。

 車軸と台車の間にモーターが設置されており、そこから歯車を経由して車軸へ動力を伝える、という構造である。

 比較的単純な構造という利点がある一方、モーターの位置の都合上、騒音や振動と言った乗り心地の面に難があった他、モーターなどを頑丈に作らなければならず台車が重くなり、結果線路にかかる負担が大きくなってしまうという弱点を抱えていた。

 そのため、騒音や振動が少ない新たな駆動方式が開発されるとあっという間にそちらが主流になり、吊り掛け駆動方式を用いた国鉄の電車=旧型国電は1958年を最後に製造を終了した、という。


『それ以降も荷物車とか郵便車とか、JR化後のクモハ84形みたいな、台車や機器を流用した電車の製造は行われたっすけど、最終的に旧型国電は2003年までにJRでの営業運転を終了してしまったんす……』

『むしろ21世紀まで生き残ったっていう事実が凄いわ……』

『古くても、予備部品の確保が難しくなっても、最後まで大切に使われていた証だねぇ』


「なるほど……ありがとうございます……!」

『へへ、役に立てて光栄っす』

『良かったね、ジョバンニ君』  


 専門用語や鉄道趣味の俗語が満載で、普通の人が聞くと訳が分からない内容かもしれないけれど、鉄道オタクの僕にとっては、ナガレさんが熱く語ってくれた旧型国電の解説はとても頭に入りやすいものだった。そのお陰で、つい忘れかけていた旧型国電と言う概念、吊り掛け駆動方式の構造を思い出すことが出来た程だ。


『ナガレ君、本当に旧型国電が大好きなんですね』

『そうっすよトロッ子さん!確かに旧型国電は悪く言っちゃうとボロくて古い電車っすけど、俺にとっちゃそれが最高なんすよ。個性豊かさやレトロ感、それにあの武骨な感じ、あぁたまらないっす……!』

『いやぁ、好きって気持ちが伝わるねぇ』


 全盛期の国鉄時代に生まれなかったのがちょっぴり悔しい、と語るナガレさんの言葉に、僕は共感を覚えた。

 ブルートレインが大好きだけど実際に乗る機会がないまま全廃してしまった幸風さんを始め、古い時代の鉄道が好きになった鉄道オタクは、誰しも1度はもっと昔に生まれたかった、と考えてしまうもの。僕も以前、図書館から借りた古い鉄道の本を見てそう感じた事があったからだ。


 そして、僕はこの機会を活かし、ナガレさんにある質問をしてみた。木造電車から湘南電車まで旧型国電には多種多様な車種が揃っているけれど、ナガレさんが一番大好きなのは何なのか、と。

 すると、返ってきたのは意外な言葉だった。僕がログインする前まで盛り上がっていたのが、まさにその『ナガレさんが大好きな旧型国電、『流電りゅうでん』ことクモハ52形電車についての話題だったのである。


『クモハ52、ジョバンニ君も知ってるっすか?』 

「は、はい……。確か、JR西日本の新快速のルーツにあたる快速列車に導入された、流線形の電車ですよね……?」

『その通りっす!茶色とクリーム色のツートンカラーを纏って、第二次世界大戦前のエース格の電車として颯爽登場!この茶色とクリーム色の塗装は、今の新快速にも受け継がれてるんすよね!』


 この車両が開発された1930年代は、全世界で曲線状のスタイル『流線形』が大ブームだった時代。それに乗っかる形で、クモハ52形も流線形のデザインが採用された。

 現在の視点から見るとよく言えば可愛らしい、悪く言えば野暮ったい外見だけど、開発当時、四角い形状の電車ばかりだった事を考えると、かなりの衝撃、そして人気をもって迎えられたのは間違いないだろう、とナガレさんは力説した。

 その後、第二次世界大戦の苦難の時代を乗り越えたこれらの電車は、戦後再び主役級として活躍。

 阪和線では、現在の快速列車にあたる、特別な料金が要らない「特急」に導入された事もあった。

 更に、これらの運用が新型電車に置き換えられてからも、愛知県から静岡県、そして長野県に跨る長大路線・飯田線で主役級の車両に抜擢。

 快速列車を中心に様々な運用に使用され、1970年代後半に引退するまで、飯田線を代表する電車として運行を続けたという。


『しかも!保存車両が少ない旧型国電の中でも、クモハ52形は窓が小さい初期型、窓が大きい後期型の2種類がどちらも現存!保存に尽力してくれた人たちには足向けて眠れないっすよ!』

『いやはや、ナガレ君の最大の「推し」はクモハ52形なんだねぇ』

『当然っすよ、教頭先生!生まれた時から引退まで、ずっとアイドル、ずっとエース!完璧で最高、ドラマチックな生涯じゃないっすか!』


 正直、僕はクモハ52形という流線形の旧型国電について、どこか存在感がある電車だというのは認識していたけれど、ナガレさんの熱い解説を聞いていると、僕もこの旧型国電随一のエースへの興味が増した気がした。鉄道雑誌にもその歴史の連載記事が組まれていたぐらいには注目されていた、と聞けばなおさらである。

 そんなクモハ52形は、ナガレさんの解説のように、現在窓の大きさが違う2両がそれぞれ大切に保存されており、そのうち1両、窓が大きい『後期型』の車両は名古屋にある博物館に保存されている。

 もしかして行ったことがあるのか、と尋ねた僕だけど、返ってきたのは残念そうな、そして悲しそうな言葉だった。ずっと行ってみたいとは願っているものの、勉学などで忙しく、訪れる暇が取れない、というのである。


『さっきもそれで話し合ってたんだよねー。みんな、お金や時間の問題でなかなか遠出が出来ないって』

「そ、そうだったんですか……?」

『私もちょっと、今は遠くへ出かけるのが難しくて……』

『私もだよ。いやぁ、とっても真面目でみんなから信頼されている立派な教頭としての仕事をこなすと暇を見つけるのが難しくてねぇ……』

『自分で自分を褒め称えるんですね……』

『当然!私は「教頭先生」だからねぇ、えっへん!』


 やれやれ、など梅鉢さんのツッコミが入りつつも、ナガレさんと同様、皆もそういった遠い場所にある博物館を訪れる時間がなかなかとれない、と言う事情があるのをよく認識できた。

 勿論、僕の方も学業で忙しいうえに、自分の小遣いは鉄道雑誌や雑費分で精いっぱいで交通費や入場料には到底足りず、遠い場所にある博物館を訪れる事は難しい状況であった。それに、現在ログインしていないメンバーである幸風さんもモデルやインフルエンサーとして忙しいはずだ。


(みんなそれぞれ事情を抱えているのかな……)


 でも、そんな合間を縫って鉄道の話を楽しむため、僕を含めたみんなはこの『鉄デポ』に集まっている。

 生まれも育ちも違うであろう仲間たちが分け隔てなく話せる空間がある事を、改めて僕は嬉しく思った。


 その時、閉めた扉の向こうから、母さんの声が聞こえてきた。もう少しで夕食が出来上がる、と言うのを教える声だ。

 外を見てみると、雲に覆われた空がだいぶ暗くなっていた。気付かないうちに、僕はかなりの時間をボイスチャットに費やしていたのだ。

 そして、皆に夕食のためチャットから離脱する旨を述べた時だった。


『そうだ、ジョバンニ君!折角だから、是非お勧めしたい動画があるんで送信するっす!』

「え……?」


 ナガレさんが僕のアカウントに向けて送信してきたのは、とある動画サイトのチャンネルを示すURLだった。

 暇なときにでもいいから見て欲しい、でもなるべくなら見てくれれば嬉しい、いや、やっぱりお願いだから見て――ナガレさんはやけにこのチャンネルを僕に推してきたのである。


『ナガレ君ったら、隙あらば宣伝・・するのね……』

『いやいや、これはお近づきの印っすよ!それに……』


 ジョバンニ君、まだ『俺』の事よく知らない、って言ってたっすよね。


 その言葉、この動画が何を意味するのか。梅鉢さんが若干呆れ交じりに言っていた『宣伝』とはどういう事なのか。まだこの時の僕は知らなかった。いや、正確に言えば既に知っていたのに、全く思い出せない状況だったのかもしれない。

 当然だろう、ナガレさんが持つもう1つの顔は、『鉄デポ』で旧型国電について何時間も熱く語り続けるようなイメージと、全く異なっていたのだから……。

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