第28話:ファースト・ビューイング

「ごちそうさまでした」

「あら、譲司、今日は早いわね」

「母さんの料理、ちゃんと嚙んで食べたかー?」

「も、勿論だよ……今日もとっても美味しかった……!」


 母さんや父さんに指摘されつつ、その夜の僕はいつもよりも早く夕食を食べ終え、片付けを終えてから自室へと戻った。その理由はただ1つ、『鉄デポ』のメンバーであるナガレさんからものすごい勢いでお勧めされた動画の内容を確認するためである。

 パソコンを起動し直した僕は、事前に受け取った動画のURLを入力しページを開いた。

 普段から度々アクセスし、様々な鉄道動画をのんびりと鑑賞している動画サイトだけど、ナガレさん一押しのこのページは鉄道車両で埋め尽くされている、僕にとって見慣れたものとは異なっていた。そこには『NAGAREちゃんねる』というタイトルと、ゲームや食事、有名な曲を熱唱する内容といった、多種多様な内容のサムネイルが表示されていたのである。

 そして、これらのサムネイルには、必ず様々な表情を見せる1人の青年の姿が映っていた。顔つきも髪型も整っている、万人に愛されそうな風貌のイケメンさんだ。勿論、僕のような冴えない鉄道オタクとは大違いであった。

 

(『NAGARE』……ナガレ……って事は……この人が『鉄デポ』のナガレさん……?)


 タイトルを見る限り間違いなくそうなんだけれど、僕は何故か半信半疑な気持ちがあった。午後にあれだけ旧型国電の事を熱く語りまくっていた人と、動画のサムネイルで凛々しい笑顔を見せるイケメンさんが、心の中で上手く繋がらなかったのだ。

 それでも、折角お勧めされたのに、視聴しないというのは失礼だ。とりあえず、と言う軽い気持ちで、僕は一番新しい動画を拝見する事にした。


 そして、広告動画の後に聞こえてきた、明るく、そして聞き覚えがある声によって――。


『どうもっす、皆さん!飯田いいだナガレです!』


 ――青色とクリーム色の服装に身を包み、『飯田ナガレ』と名乗る、僕と同年代のような風貌のイケメンさんは、間違いなくあのナガレさん本人だという事を僕は否応なしに理解させられた。

 

 どうやらこの最新の動画はこれまで投稿した様々な動画に寄せられた視聴者からのコメントを幾つか拾い、それに対しての返信を行う内容だったようで、画面の中央に座るナガレさんは様々な文面を次々に見ては、お礼と共に気さくな言葉で返事や解答を述べ続けていた。

 中には動画の内容に対する若干厳しい指摘があったり、駄洒落混じりでつい脱力してしまいそうな内容もあったけれど、ナガレさんはそれらもしっかり目を通し、時に丁寧に、時に冗談を挟みながら、明るい空気を失わせる事無く動画を続けていた。

 そして、何よりナガレさんの言葉は、何もわからないまま訪れた僕にも、何となく内容が分かったような気にさせる、不思議な魅力に満ちていた。


(凄い……さすが解説上手のナガレさん……)


 そういえば、昼間に旧型国電について語っていた時も、ナガレさん専門用語を挟みつつ僕たち旧型国電初心者の鉄道オタクにも分かりやすい解説を行ってくれていた。

 画面に映る男子は、外見も爽やか、身だしなみもしっかりしているのに加え、声もトーク術も非常に上手い、と言う、様々な才能を持つ人物である事を、僕は思いっきり認識させられた。

 そして、それは動画に表示されている再生数やコメント数にも現れていた。今回は新しいネタがなくて申し訳ない、と事前にナガレさんが謝罪していたにもかかわらず、再生数は日本の鉄道車両の形式番号を凌ぐ程の桁で、コメントも四方八方からかなりの数が寄せられていたのである。そしてそのほとんどは、ナガレさんへの黄色い声援や応援の言葉、そしてナガレさんがノリで言った、『自分のプレイを真似して失敗した時にナガレさんに文句を言う言葉』を事前に練習するような、言葉は若干悪くとも愛が感じられる内容だった。


(きっとたくさんの人たちから尊敬されてるんだろうな……)


 勿論、この再生数やコメント数の多さは最新の返信動画ばかりではなかった。動画の最後にお勧めとして表示された、何かのゲームの挑戦動画は、これを更に超える再生数やコメント数を有しており、視聴している人たちがみんなナガレさんの一喜一憂を楽しんでいる、というのがよく分かった。

 武器を用意し、迫りくる様々なモンスターを倒しつつ、空いた時間を使って日常的な内容の報告をしたり、ゲームについての雑学を披露する。そして、いざ勝負の時には、まるでプレイしているキャラクターに乗り移ったかのような声をあげながら、真剣に強敵へ挑んでいく。


(これがボスって説明があった、という事はこの巨大な怪獣みたいなのを倒せば……頑張れ、ナガレさん……!)


 最初こそ何をやっているのかさっぱり分からなかった僕にも、はっきりと面白く楽しい内容だ、という事がしっかりと伝わってきた。そして気づいた時には、僕はすっかり動画の中で奮闘するナガレさんに感情移入してしまっていた。

 やがて、苦戦しながらも何とかボスを倒した様子を見て、僕は自然に拍手をしていた。コメント欄には手厳しい意見も若干あったけれど、大半の視聴者は僕と同じようにナガレさんの奮闘を褒め称えているようだった。

 

 僕は、僅かな時間の中で『飯田ナガレ』という動画配信者の魅力、底力を存分に体感することが出来た。その凄さは、僕の乏しい語彙力ではとても表現しきれない程だった。

 そして、同時に僕は今までこの人の動画を全く意識していなかったことを後悔した。

 

 ナガレさんが動画で配信していた内容の中に鉄道に関するものは全くといっていいほど存在せず、流行りのゲーム、最近出版された漫画の感想、有名な歌の熱唱といったものがほとんどを占めていた。僕が今まで存在を把握できていなかったのは、そのためだったのかもしれない。

 だけど、こんなに凄い人だという事を知った今なら、はっきりと断言出来た。

 どうして僕は、『飯田ナガレ』を知らなかったのか。どうして僕は、こんな世界に見向きもしなかったのだろうか。


(……よし……!)


 そして、僕はある決意を固め、再度『鉄デポ』へログインした。

 集まっていたのは、『彩華』=梅鉢さん、『美咲』さん、『トロッ子』さん、『教頭先生』、そして『ナガレ』=飯田ナガレさんという、偶然にも午後と同じメンバーだった。

 お帰りなさい、夕食は美味しかったか、など暖かい声が聞こえる中、やはりナガレさんは興奮した口調で僕に尋ねてきた。


『どうっすか、「飯田ナガレ」の動画!めっちゃ面白かったっしょ!どれも自信作なんすよ!』 

「は、はい……お、面白かったです……ゲームの動画とか……最新のものも……」

『そうでしょそうでしょー!他にも色々あるっすよ!「スーパーフレイト」の楽曲を俺がノリノリで熱唱する企画とか……』 

『ちょっとナガレ君、ジョバンニ君が圧倒されてるわよ』

『そうだよー、折角新しいファンが生まれそうなんだから、落ち着きなって』

『えへへ、そうっすね……失敬っす!』


 梅鉢さんや美咲さんにやんわりと注意され、僕に謝罪するナガレさん。でも、本当にその行為をしなければならないのはナガレさんではない、と僕は感じていた。

 当然だろう、様々な人々に大人気、どんな内容でも面白くしてしまうエンターティナーの事を――。


「な、ナガレさん……!」

『ん?』 


「……ごめんなさい!飯田ナガレさんの事、全然知らなくて……本当にごめんなさい!」

『え、え、えっ!?ど、どうしたんすか!?』


 ――ずっと無視し続けてしまったのだから……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る