第29話:ひみつの鉄道オタク
『いやいや、ジョバンニ君、謝る必要なんて全然ないっすよ!』
「で、でも僕、ナガレさんがあんなに人気がある凄い人なんて知らずに色々と……」
『ま、待って!むしろそんなにビビらないで欲しいっす!だったらむしろ俺の方が……!』
「い、いや、僕の方が……」
物凄い値の再生数やコメント数を毎回獲得し、楽しくもつい感情移入してしまう多種多様な動画を展開している、大人気のイケメン動画配信者。それが、この『鉄デポ』でログインする度に鉄道に関する情報を熱く語り合う大の鉄道オタクである飯田ナガレさんだと知った僕は、今まで存在を把握すらしていなかったことについて謝罪した。
ところが、逆にナガレさんの方が僕の言葉に対して恐縮してしまう事態になり、どうすれば良いか分からない状況に陥りかけてしまった。
幸い、このやり取りに参加していたのは僕とナガレさんだけではなく、梅鉢さんを始めとした『鉄デポ』の仲間たち。一旦2人とも落ち着くように、と梅鉢さんやトロッ子さん、そして教頭先生から優しく宥められた僕たちは、ようやく冷静になることが出来た。
『ジョバンニさんは謙虚な方なんですね』
『ま、仲良く話している人がこの私のようにとっても凄くて偉くて格好良い人だとわかったら、そりゃ緊張しちゃうよねぇ♪』
『えー、教頭先生って凄いの?』
『「えー」じゃない!!凄くて偉いの!私は教頭なんだもん!』
『まあまあ、2人とも落ち着いて……』
お調子者な発言に対する美咲さんの突っ込みによってつい話が教頭先生の方へ脱線しかけたけれど、梅鉢さんが何とか軌道修正してくれたお陰で、改めて僕はナガレさんの動画の感想を丁寧に伝えることが出来た。
巷で人気の動画配信者なんて正直今まで全く眼中になかったし、そもそも動画と言えば鉄道関連のものしか見ていなかった。でも、ナガレさんの動画を見ていると、例え興味が無かったジャンルの作品や要素も、まるで今までずっと好きだったかもしれない、と錯覚させるかのように魅力的なものに感じた。毎回多数の人が集まり、多様なコメントが届くのも頷ける。僕は、考えられる限りの言葉を使って、素直な感想を述べた。
『いやぁ~、なんかそこまで褒められるとすげ~嬉しすぎて溶けちゃうっすよ~♪』
『溶けない溶けない。でもジョバンニ君、すっかりナガレ君の動画を気に入ったようじゃない』
「う、うん……あれ、という事は、う……彩華さんたちはナガレさんが動画配信者だって事を知ってたの……?」
『あっ……ごめんなさい、ジョバンニ君。先に教えておいた方が良かったかしら』
「ううん、大丈夫だよ……。初めて何かを知った時のワクワク、凄い、面白いって気持ち、僕は凄い好きだから……」
『その気持ち、私もよく分かります』
『ジョバンニ君はなかなか純真な若者だねぇ』
僕の事を褒めてくれた教頭先生もまた、ナガレさんの動画は『鉄デポ』仲間として時々チェックしており、コメントも毎回入れている、と語ってくれた。全然自分のコメントを拾ってくれない、という愚痴も漏らしていたけれど。
そんな賑やかな語らいをしている中で、次第に僕の緊張もほぐれていった。ナガレさんに対する、凄い人、普通なら手が届かない場所にいる人、という感覚は若干残っていたけれど、それでも鉄道オタクとして語り合える頼もしい仲間だ、という思いは取り戻す事が出来ていた。そう、旧型国電を何よりも愛する――。
(……?)
――その時、僕はふとある事に気が付いた。そして、心に生まれた疑問を、僕はそのまま口に出していた。
「あ、あの……ナガレさん、気に障ったらごめんなさい……」
『ん?どうしたんすか?』
「そ、その……ど、動画を見て思ったんですけど……『鉄道』の話題が1つもないのは……何でですか……?」
でも、幸いナガレさんの逆鱗に触れるようなことはなく、逆にその質問を待っていた、是非語りたかった、という意気込みの言葉が聞こえてきた。
『一言で表せば、動画のネタの幅を狭めないため、っすね』
「動画のネタ……?」
『そう。確かに、世間じゃ鉄道関連の動画を配信する人もたくさんいるっす。ジョバンニ君もそういう動画、よく見たりしてるっすか?』
「は、はい……鉄道動画は時間がある時に見たり……」
『難しいのは、鉄道っていうめっちゃ濃い要素を前面に押し出し過ぎると、「鉄道が好きな人」っていう特定のイメージがついちゃって、それ以外の作品が投稿しづらい環境になってしまう事なんす……』
クオリティの高い鉄道動画を投稿すると、それを求める視聴者が多くやって来て、更に多くの鉄道動画を求める。それに応えて次々に鉄道関連の作品を投稿していくうち、次第に視聴者は『鉄道』を求める人しかやってこなくなり、他の動画を投稿してもウケが悪くなり、クオリティも下がってしまう。
その結果、鉄道以外の動画を投稿できない状況になってしまい、最終的に飽きられて、何をやっても人気が出ない袋小路のような状態になってしまう危険性がある――。
『言葉は悪いんすけど、そういう「戦略」を取らせてもらってるんす』
――つまり、ナガレさんは『人気』を得るために敢えて『鉄道』と言う要素を隠している、という訳だ。
『え、それって「鉄道」が人気要素じゃないって言ってるの?ナガレ君酷いわよ』
『ち、違うっす!それは絶対あり得ないっす!むしろそんなこと言われたら俺はめっちゃ怒るっす!』
『だったら人気の「鉄道」要素を動画に入れてもいいんじゃないのー?』
『い、いやその……』
『お、おふたりとも手厳しいですね……』
梅鉢さんや美咲さんからの指摘に若干たじたじになっている声を出しながらも、ナガレさんは解説を続けた。
『お、俺って昔からすげー承認欲求満載の目立ちたがり屋なんすよ。だから、色々な事に挑戦して、色々なジャンルで俺の事をもっと見て欲しいって……』
『あー、なるほど。つまり得意分野の「鉄道」と言うジャンルを敢えて封印したうえで色々な事に挑戦して、自分の得意分野を増やしたかった、って事かなぁ?』
『そ、それっす、教頭先生の言う通りっす!それでみんなからキャーキャー言われたら最高じゃん、って感じでやっていたら、凄い人気になっちゃって……』
「そ、そうだったんですね……」
『なるほど……納得だわ』
お調子者な発言も多い教頭先生だけど、やはり年長者だけあって、纏めるところはしっかり纏めてくれる。教頭先生の助け舟のお陰で、僕はナガレさんの考えをようやく素直に受け取ることが出来た。より高みを目指すため、敢えて自分自身にハンデを背負っていたのだ。
「で、でも……それって大変なんじゃないですか……?大好きなものを封印するなんて……」
そんな僕の問いと気遣いに対し、ナガレさんは心配は不要だ、と語った。
どういうことなのか、と不思議がる僕に対し、ナガレさんはそういった『鉄道について語りたい!』という欲求不満を解消するため、隙あらばこっそりと鉄道要素を加えている事を明かしてくれた。そして、それは最新動画――今まで寄せられたコメントに返信するための動画にも隠してある、と。
その言葉を受け、僕は気になってパソコンを操作し、もう一度最新動画をチェックする事にした。そして、再生した直後、すぐに答えを見つけることが出来た。
「な、ナガレさん……!」
『もしかして……って、ジョバンニ君も分かったの?』
「う……彩華さんも?」
『勿論。ジョバンニ君、答えは「アレ」よね!』
「う、うん……ナガレさん、あの動画の鉄道要素は……」
ナガレさんの服の、青色とクリーム色というカラーリングが、『
梅鉢さんと共に告げたその回答が見事に大正解だ、という事は、大はしゃぎするナガレさんのテンションが高い声でよく分かった。
やっぱり何かしら『好き』の要素があった方が、モチベーションも上がるし動画のクオリティも高くなる。名目上鉄道要素は封印しつつも、その『封印の扉』をちょっぴり開いて中身を取り出してみる。これが、自分の動画配信の楽しみ方だ、とナガレさんは語ってくれた。
『なるほど、面白い方法ですね。これならさり気なく鉄道要素を動画に取り入れることが出来る……』
『やっぱり「好き」って心は隠せないって事だよねー』
『トロッ子さんやミサ姉さんの言う通りっす。こうやって分かってくれる人がいると、本当に嬉しいっす!ジョバンニ君、これからもよろしくっす!』
「あ、ありがとうございます……!こっちこそ……こんな凄い人と一緒に語れるなんて……!」
恐縮したらまたこっちが照れちゃうっすよ、とやんわり注意したナガレさんだったけれど、その直後、少し気になる言葉を発した。
俺なんかよりも、もっと凄い人は世界にたくさんいる。何なら
「えっ……み、身近……?」
『あ、あー!ジョバンニ君!さ、さっきのなし!なしで!』
「え、ど、どういう事ですか……?」
『まあまあ、気にしない気にしない。世界は広いってことを言いたかったんだよー、多分ねー♪』
『た、多分って……ミサ姉さ~ん!』
『ミサ姉』や『ミサ姉さん』というのは、僕や梅鉢さん、ナガレさんたちよりも年上らしい美咲さんを指すあだ名だ。
そんな美咲さんの名前を呼びながら、どうしてナガレさんは慌てたような口調を並べたのか。そもそも、どうして美咲さんが気にしないで欲しい、と助け舟を出したのか。
気になる事は多かったけれど、僕はより交友を深めることが出来た『鉄デポ』の仲間との語らいを優先する事にした。
お風呂が沸くまではまだ時間がある。折角の休日の時間、もっともっと有意義に、そして楽しく過ごしたいからだ……。
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