第30話:鉄オタ、やめちゃえば?
「ナガレくんの最新動画見たー?めっちゃ面白かったよねー!」
「だよねー!ナガレくんマジイケメンだし格好良いしマジ最高!」
「もー、どうせ顔しか見てないんでしょー。内容も見てよー」
「えへへ……」
休憩中の教室で、僕の耳に入ったのは、クラスのオタクっぽい感じの女子たちが動画配信者『飯田ナガレ』を褒め称える会話だった。イケメン配信者の彼が、また新たな動画を配信し、多くの視聴者を集めているらしい。
今まではただ耳に入れるだけで気にしない内容だったけれど、ここ最近の僕は別の感情を抱いていた。
『凄い』『格好良い』『イケメン』と称賛し続ける彼――ナガレさんが、僕と同じように、いや僕以上に非常に濃い鉄道オタクだという事を、彼女たちは全く知らないのだ。彼女たちが散々馬鹿にし続けている趣味を、この僕と楽しく共有している、という事実に。
もし、その事をクラスの女子たち、いやこの学校にいるナガレさんのファンが知れば、どういう反応を見せるだろうか。
そんな興味が僅かながら沸いたけれど、結局僕はそれ以上に妄想を広げる事は出来なかった。例え僕が『ナガレくんだって僕と同じ鉄道オタクだ』と言ったところで誰も信じてくれるわけはないし、更にいじめを受ける要因になり兼ねないからだ。
(……僕はどうすればいいんだろう……)
僕をいじめる面々が熱狂する相手は、僕と交友関係を築いた、非常に濃い鉄道仲間の1人。
改めて、自分が少々複雑な立場にいる事を感じ、ため息をついた時だった。僕の耳に、別の方から少し気になる話題が入ってきたのだ。
「今日『スーパーフレイト』の新曲がテレビで初放送されるんだろ?お前見るよな?」
「勿論だぜ!今回のセンターも『ハワムちゃん』だし!」
「お前本当に
「当たり前だよ、俺の推しだし!」
ナガレさんがどちらかといえば女子に人気の一方で、クラスの男子の間で比較的人気が高い女性アイドルグループが『スーパーフレイト』だ。
その中でも、『
でも、そんな男子たちの他愛もない会話の内容は、その後に続いた言葉で一変した。
「推しと言えばさー、あいつ、いい歳していつまで『電車推し』続けるつもりなんだろうな」
『あいつ』というのが誰を指すのか、いちいち指摘しなくても僕にはすぐに分かった。当然だろう、このクラスで『電車推し』を続けているのはこの僕、和達譲司しかいないのだから。
あれだけ毎日のように虐められてても耐え続けてるんだから相当電車好きなんだろうな、子供みたいな趣味をいつまでも楽しんでる根性は理解しづらい、いい加減俺たちみたいにまともな趣味を持てばいいのに――近くに本人がいる事に気づいていないのか、それとも気づいていながらわざと言っているのか、どちらなのか分からなかったけれど、そのクラスの男子たちが口に出し続けたのは、どれも僕の心に突き刺さるような内容ばかりだった。
「まあ、あいつも虐められて大変だってのは少しだけ分かるぜ」
「そうだよな、俺なら絶対耐えられないぜ。今日も机に落書きされてたのを見たし」
「でもさー、自業自得な面もあるよな……」
「確かに……。あいつ、世間に迷惑かけてばかりの『鉄道オタク』の1人なんだろ?」
駅や道路で写真を撮ろうとして人々に迷惑をかける。車内で無理やり音声を録音しようとして周囲の人を押しのける。ネットで鉄道オタクを批判した人に差別的な誹謗中傷を繰り広げる。今や、『鉄道オタク』はパブリックエネミー――誰の目から見ても批判の対象になってしまうような存在。
「だからさ、あいつも『鉄道オタク』やめればいいのに」
「やめれば俺たちも助けてあげるんだけどな」
その言葉を述べた後、男子たちは席へ戻り、次の授業へ向けた準備を始めた。まるで、今までの会話を無かった事にするかのように。
これまで僕は、いじめの事は気にしないようにしよう、抵抗しようとしても無駄だ、と考え、毎日必死に耐え続けていた。机に落書きされても、教科書やノートを隠されても、掃除を押し付けられても、『鉄道オタクの自浄作用』を見せるために土手座させられても、何とか気持ちを切り替え、学校生活を続けようと努力していた。
勿論、同じ鉄道オタクの梅鉢さんとの会話やおばちゃんが待つ図書室の暖かな空気が、学校の中でどれだけ僕の癒しになっていたか、計り知れない。
でも、懸命に耐え続けていた僕の心に、あの男子たちの言葉はとても重く、痛かった。
先程まで噂話をしていた男子は、僕のいじめに積極的に加わらず、外部から何もせずに見守る立場にいる事が多かった。そんな彼らの本音を聞いてしまった僕は、今まで以上にショックを受けてしまっていたのだ。
鉄道オタクは世間に迷惑をかけてばかり、というのは否応なしに受け入れなければならない事実。ニュースでもたびたび取り上げてしまっている、否定しようがない話。そんな連中と同じ趣味を持っているから、僕は毎日いじめられてしまうのだろうか。『鉄道オタク』という看板を外せば、僕はクラスの生徒から助けられて、いじめられずに済むのだろうか。
今まで絶対だと思い込み続けていた『鉄道が好き』という僕の信念が、初めて揺らぎかけてしまった。
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「譲司君、何か辛い事でもあったの?」
「い、いや、その……ごめん、何でもない……」
様子が普段と違う、明らかにおかしい、というのは、放課後に出会った梅鉢さんにも一目瞭然のようで、心配そうな表情で僕を見つめていた。
そして、特別な友達のそんな顔を見てしまうと逆に申し訳なくなり、つい普段のような謝罪が口から出てしまい、ますます情けない気持ちでいっぱいになってしまう、という状況に、僕は陥ってしまっていた。
でも、梅鉢さんはそんな僕を見ても決して怒ったり呆れたりせず、心配そうな顔で気遣ってくれた。
「……もしかして、何か『鉄道オタク』の悪口を聞いちゃったとか?」
「え、い、いや、その……」
核心をついたような言葉と共に。
慌てて『真相』を隠そうとした僕だったけれど、幸い梅鉢さんはそれ以上追求する事はなく、『鉄道オタクへの悪口』に関する憤りの態度を示してくれた。相変わらずこの学校は腐りきっている、鉄道オタクで何が悪い、人の趣味を徹底的に批判して何が楽しいのか――梅鉢さんは、心の中に再び溜まった愚痴を吐き出しつつ、『絶対零度の美少女』たる側面を久しぶりに僕に見せていた。
でも、僕はその姿に恐怖や不安ではなく、どこか頼もしさや優しさのようなものを感じていた。
「梅鉢さん……」
「……でも譲司君の落ち込む気持ち、少しわかるかもしれない。何をやっても批判される、そんな空間にずっといなきゃいけない。そうなると、つい最悪の事を考えちゃうかもしれないわね。悪夢から逃げるために、大切な物を無くしてしまうような……」
「……そ、それは……!」
「私は『絶対零度の美少女』になって耐える事が出来るけれど、みんなそういう風にできる訳じゃない。難しい問題よね……」
「……うん……」
きっと、こうやってどこまでも『鉄道オタク』の僕に対して、暖かく、そして熱く寄り添ってくれるからかもしれない。
そして、屋上へ続く階段の踊り場で、互いに黙り合い、静かな時間が流れた時だった。
「……そうだ、譲司君!ひとつ良い事を教えてあげる」
「えっ……?」
梅鉢さんの言葉は、意外なものだった。今日放送されるテレビの歌番組を、是非見て欲しい。特に、アイドルグループ『スーパーフレイト』の歌や言動に、是非注目してほしい。それがこの僕、和達譲司の大きな助けになるかもしれない、と。
口に出す話題の大半が鉄道に関するものである梅鉢さんが、珍しく歌番組を勧めてくる。これは一体どういう事なのだろうか、何か鉄道に関係がある楽曲なのだろうか。当然気になった僕は尋ねてみたけれど――。
「……それは秘密。でも、きっと譲司君を応援してくれるわ」
――返ってきたのは、何か楽しく、そして驚くべき真相を隠している事を示すような、梅鉢さんの悪戯げな、そしてどこか心拍数を速くしそうなほどの魅力的な笑顔だった……。
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