第31話:サプライズ・アイドル

「あら珍しい、譲司が歌番組を見たいだなんて」

「う、うん……友達に紹介されて……」


 母さんが指摘した通り、僕は夕食を食べ終えるとすぐに自室へ入り、宿題をしたり鉄道関連のコンテンツを楽しむ事が多かった。でも、今回は違った。梅鉢さんから教えてもらった、女性アイドルグループ『スーパーフレイト』の新曲を聞くためである。

 名前やメンバーのごく一部しか知らなかった身としては、梅鉢さんから勧められなければこのグループに興味すら湧かなかったかもしれない。


 そして、歌番組が始まり、最近流行りのアーティストから、僕も少し聞いた事があるベテラン歌手まで、様々な面々が登場したのち、いよいよその『スーパーフレイト』の順番が来た。


「ほう、この子たちが最近流行っているアイドルなのか、譲司?」

「た、多分そうだと思う……」

「へぇ、なかなかスタイル良い子たちばかりじゃない。昔も今も、アイドルの可愛さは変わらないわね」


 煌びやかで可愛く、そして綺麗な足をたっぷり見せるような衣装を身につけた美人さんが多数入場する中、司会の人と和やかに会話するのは、今回歌う楽曲でメインボーカルを務めるという『葉山 和夢はやま なごむ』さんだった。新曲に対しての意気込みやメッセージ、最近の活動報告、そしてちょっとした日常的な話など、司会の人からの様々な言葉に明るく接するその姿は、確かに『アイドル』という言葉がふさわしい、と素人の目線からも感じることが出来た。

 ただ、僕はその姿に、何故か既視感を覚えていた。


(……な、なんだろう……葉山さん……どこかで聞いた声のような……)


 それに、葉山さんのあだ名は、司会の人も述べた『ハワムちゃん』。名前を捩ったものだ、という説明はされていたけれど、僕はその名前に別の意味がある事をよく知っていた。それも、僕にとって非常に興味がある『鉄道』という要素の中に。それは偶然なのだろうか、それとも何か深い意味があるのだろうか。


 色々考えているうち、画面の向こうではセッティングが終わり、いよいよ『スーパーフレイト』の新曲がテレビで初披露された。


 それは、僕が予想していた可愛くキラキラした内容と言うより、どこか格好良く、勇ましく、そして頼もしいと感じさせるものだった。

 歌詞の主題は、ずばり『「好き」を貫く』事。

 一度何かを『好き』と思った気持ちは、簡単に抑える事は出来ない。その気持ちは無限に膨らみ、誰にも、自分ですらも止められない。そして、そんな気持ちを貫き通す事で、今までの自分と違ったものを手に入れる事が出来るはずだ。

 たとえどんな障壁があっても、周りから笑われても、『好き』は消えない。どんなに踏みつぶされようとも、心の中に宿った『好き』という思いは無くならない。好きと言う気持ちは、あらゆる邪魔を貫くことが出来る強い力を持っている。


 巧みなダンスと共に歌われる力強い歌詞を聞いて、僕は梅鉢さんが何故今日の歌番組を教えてくれたのか、1つ目の理由が分かった気がした。

 『スーパーフレイト』が熱唱する新曲は、まさに最初の司会の人とのトークでも語られていた通り、僕のような人――『好き』という気持ちが揺らぎかけ、苦しんでいる人の背中を力強く支えてくれる応援歌だったのだ。

 今まで全く鉄道に関わる事が無かったせいか、僕にとっては見ず知らずの状態だったこのアイドルグループだけど、間違いなくその歌声は僕の傷ついた心を癒し、落ち着かせる効能があった。たとえ初めて会うような人でも、その姿や頑張り、そして声を聞いただけで魅了され、惹かれ、そして大きな励みになる。これが、『アイドル』と言う人たちなのか、というのを僕はたっぷり実感できた。


 でも、それと同時に、僕はようやくもう1つ、とんでもない事実に気づき始めた。この楽曲のメインを務める葉山さんの声を、僕ははっきりと聞いた事があるのだ。

 それに、『ハワム』というのは、アイドル業界では葉山さんの事を示す一方で、鉄道業界ではとある貨車――様々な貨物を運ぶ鉄道車両の形式を指す通称だ。それは『ワム80000形』、日本で最も多く製造された鉄道車両として有名な、『とび色2号』とも呼ばれる赤茶色の車体が特徴の貨車である。

 そして、『鉄デポ』のメンバーに、そのワム80000形があらゆる鉄道車両の中で一番大好きだという女の人のメンバーがいる。


(……ま、まさか……!)

『『『ありがとうございましたー!』』』


 見事に新曲を歌い終え、客席に笑顔で礼を言う『スーパーフレイト』のメンバー。その中央で『とび色2号』にそっくりな色の長髪をたなびかせるメンバーの笑顔を見て、僕は確信した。

 葉山和夢さん、通称『ハワムちゃん』。彼女の正体は――。


「あーーー!!」

「ど、どうしたの譲司?」

「いきなり大きな声上げて、何かあったのか?」

「あ、ごめん、母さんに父さん……つ、つい……」


 ――『鉄デポ』のメンバーの1人、『美咲』さんだ!


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『どう、譲司君?驚いたでしょ♪』

「う、うん……!び、びっくりしちゃった……や、やっぱりそうだったんだ……!」


 歌番組が終わってお風呂に入った後、僕は急いで梅鉢さんに連絡を取った。夜遅くにごめん、という謝罪をしつつ、本当に僕の推測が当たっていたのか、確認を入れたのだ。

 驚きと興奮が冷めやらない僕に、梅鉢さんはその推測は見事に大正解である事を教えてくれた。

 そして、あの『ハワム』という皆に浸透しているあだ名も、本当の由来はやはり『ワム80000形』らしい、と梅鉢さんは嬉しそうに語った。


「そ、そうだったんだ……」

『前に私たちが指摘した時、ミサ姉さんが嬉しそうに教えてくれたわね』

「確かミサ姉さん……美咲さんが一番好きな貨車が、ワム80000形なんだよね……」

『そういう事。全く、素晴らしい職権乱用よね……』


 わざわざ『ハワム』というあだ名で呼んでもらうためにあんな芸名=『葉山和夢』を名乗るなんて、と冗談交じりに語る梅鉢さんに、僕も同意した。敢えて鉄道ネタを封印しながら動画配信に挑むナガレさんが、抑えきれない『好き』と言う感情を服装などでこっそり表現しているのと同じように、美咲さんも芸能活動をしながら貨車や貨物列車に対する『好き』の思いを、こっそりと享受しているらしい。


『ごめんなさい、譲司君。少しサプライズを仕掛けたくて、ミサ姉さんの事も黙っていたの』

「ううん、大丈夫だよ……むしろごめんね、気を遣わせちゃって」


 すると、梅鉢さんは意外な事を口にした。自分に謝罪するんだったら、先に『ハワムちゃん』=ミサ姉さん本人に思いを伝えれば良いんじゃないか、と。テレビに出たばかりの人気アイドルに自分の思いを伝える、という行為にびっくりした僕だったけれど、梅鉢さんがそう進言した理由をすぐ思い出せた。

 パソコンの電源を立ち上げて『鉄デポ』にアクセスすると、そこには梅鉢さんや人気ギャルの幸風さんと共に、その『本人』がログインしていた。まるで、視聴者である僕の感想を今か今かと待っていたかのように。

 そして、ヘッドホンを用意した僕は、少し緊張しながらもしっかりと感謝の言葉を述べた。


「あ、あの……み、美咲さん……!今日は本当にお疲れ様でした……!」

『ありがとー、ジョバンニ君。今日の歌、聞いてくれたんだー』

「そ、それで……新曲、とっても素晴らしかったです……!ゆ、勇気を貰えて……本当に励みになりました……!」

『へー、そっかー。そう言ってくれると凄い嬉しいなー。新曲のテーマがとっても伝わってくれたみたいだし』


 そういう美咲さんの声は、テレビを通して聞いた『ハワムちゃん』の声よりも自然で優しく、そして凛々しく感じた。正直に言うと、アイドルとして活動している時よりも、こちらの方――僕たちと楽しく『鉄デポ』で鉄道談義している方が、より魅力的に感じた。

 ところが、その一瞬の気の緩みのようなものは、いつの間にやらマイクを通して皆に伝わってしまったようだった。


『ははーん、もしかしてジョバンニ君、ミサ姉の魅力に惹かれちゃった?』

『な、何言ってるのよサクラ!譲司君がそんな事になる訳ないじゃない!』

『いやぁ、ミサ姉はアイドルの急先鋒、特急貨物列車だからねー?男子を夢中にさせるには十分な……』

『もう、サクラの意地悪、ふん!』

『じょ、冗談だって……メンゴメンゴ、あたしが言い過ぎちゃった、拗ねないでって』


「う……彩華さん……僕の『特別な友達』は彩華さんだから……安心して……」

『じょう……じゃなくてジョバンニ君……ふふ、ありがとう。ね、聞いたでしょ、サクラ?』

『聞いたよ。やっぱり2人には敵わないねぇ』

 

 少々冗談が過ぎた幸風さんの言葉を聞いて拗ねてしまった梅鉢さんを何とか宥め、改めて気持ちを伝えた僕。

 そんなやり取りを聞いていた美咲さんは、まさに青春の光景そのものだ、と僕たちを称えるような言葉を述べた。


『「青春」って、ミサ姉もまだまだそういう気分を味わえる年齢じゃん』

『いやー、なんだかジョバンニ君と彩華ちゃんのやり取りを聞いてると、ほんわかほっこり、和みますっていうか……』


 そう言うのが、自分にとっての『青春』だ、と美咲さんは語った。面と向かって感想を言われると色々と照れ臭い気分もあるけれど、その言葉は僕の心に大きく響いた。

 もしかしたら、美咲さんの言う通り、僕は今、懸命に『青春』を歩み続けているのかもしれない。

 どこまでも続く茨の道を、梅鉢さんと言う最高の『特別な友達』に助けてもらいながら。


『そういえばミサ姉さん、大丈夫なの?テレビの本番直後なのにチャットなんかして』

「そ、そうだ……忙しくないですか……?」

『大丈夫大丈夫、心配しないでー』

『りょうかーい。でも無理はしないでね、ミサ姉』


 その後、僕たちはもう少しだけ、美咲さんたちと楽しい話を続ける時間を得ることが出来た。

 アイドル界の『特急貨物列車』は、夜遅くも走り続ける、素晴らしくて凄い人という事が、僕の頭にもしっかりと記録された……。

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