第32話:『好き』と言う名の貨物を乗せて

 人気アイドルグループ『スーパーフレイト』の新曲、テレビ初披露は見事に大成功。

 『好き』を貫く事の凄さや格好良さを歌い上げた歌詞、それに合致した、可愛いよりも格好良いを前面に押し出した曲調は、多くの人たちから高い評価を得ていた。

 そして数日後、僕たち『鉄デポ』の面々は、『スーパーフレイト』の人気メンバー、『ハワムちゃん』こと『葉山和夢』と言う芸名で活動をする美咲さんへ、改めて皆でねぎらいの言葉を贈った。

 

『美咲ちゃん、可愛くて格好良かったわよ。まさにアイドルの鑑ね♪』

『いい歌詞っすねー!最高っした!』

『美咲姉さん、本当に素敵でした。格好良かったです』

『えへへ……ここのみんなから褒められるのが一番嬉しいよ。本当にありがとうねー』


 『鉄デポ』に集まった面々が様々な形で美咲さんの勇姿を褒め称える中、僕もその賑やかな談笑の中に加わりたい、という気持ちでいっぱいだった。確かに放送当日、本番が終わった後にわざわざ忙しいのにもかかわらず美咲さんは『鉄デポ』にログインし、僕たちの感想をたっぷりと聞いてくれた。ただ、やはりあまり時間は取れず、僕は心の中の思いをしっかりと伝えきれていないように感じていたのだ。

 でも、いざチャンスが巡ってくると、何を言いたいか逆に分からなくなってしまうもの。悩みに悩んだ末、会話に割り込むように口に出した僕の言葉は――。


「あ、あの……美咲さん……!」

『ん、どうしたのジョバンニ君?』


「美咲さんのあだ名の『ハワム』って、あの『ワム80000形』貨車とどういう関係に…あるんで……」


 ――それまでの会話と全く関係ない、悪く言えば『空気を全く読んでいない』発言になってしまった。

 皆が沈黙してしまっているのに気づいた僕は、質問を最後まで言い切ることが出来なかった。また碌でもない事をやってしまった、折角皆が盛り上がっているのに完全に水を差してしまった。きっと皆は画面の向こうで僕のアイコンへ向けて白い目線を向けているに違いない。

 一瞬でそんな考えが頭を覆い尽くし、すっかり自己嫌悪に陥りかけた僕であったが、幸いにもそれらの最悪の状況が起こる事は無かった。


『……そういえば、ジョバンニ君の言う通りだわ。どういう関係なのか、教えてくれない?』

『確かに。有蓋車が「ワム」なのは俺も知ってるんすけど、「ハ」って何すか?』

『ブルートレインとかの客車なら「ハ」は普通車って意味だけど、貨車は違うよね?』

『すいません、以前聞いた事があるのですが私も忘れてしまいまして、もう一度ご教授頂けますか?』 

『ふふ……美咲ちゃん、教えて頂戴?』


 梅鉢さん、ナガレさん、サクラさん、トロッ子さん、そしてヘアサロンを経営するスタイリストのコタローさん。皆が僕と同じ疑問を、一斉に美咲さんに投げかけてくれたのだ。

 単なる勘違いかもしれないけれど、もしかしたら困り果てている僕の様子を感づき、助け舟を出してくれたのかもしれない。そう思った僕は、心の中で皆の優しさに感謝しつつも、情けない僕のために協力してくれて申し訳ない、と謝罪した。

 一方、皆から頼りにされて嬉しい、と語りつつ、美咲さんは改めて僕たちに『ワム80000形』――美咲さんが一番好きだと語る鉄道車両について、じっくりと教えてくれた。


 ワム80000形は、日本の貨車の中でも『有蓋車ゆうがいしゃ』、屋根がある箱のような形をした貨車の1形式。

 貨物輸送の近代化、機械化を実現させるため、『パレット』と呼ばれる台に乗せた貨物を運ぶことに適した構造を持っていた。

 これにより、フォークリフトで貨物を簡単に積み下ろしする事が出来るようになり、それまでの古い有蓋車と比べて短時間で荷役にやく=貨物の搬入・搬出が可能となった。

 この近代的な車両を古い車両と区別するため、特定の重量の有蓋車である事を示すカタカナ記号『ワム』の前に、パレットの頭文字の『パ』を小さい文字で表記した。

 これがいつの間にか変化して『ハ』になったのが、いわゆる『ハワム』の由来、という訳である。


「『ハ』というのは『パレット』という意味だったんですね……」

『そういう事だよー。他の有蓋車よりも新しく便利、っていう証だね』

『確か色も違いましたね。今までの有蓋車が黒だったのに対して、ワム80000形は赤茶色の「とび色2号」……』

『「ハワムちゃん」の髪の色がまさにそれっぽい色っすよね』

『ふふ、言われてみればそうかなー?』

 

 そんなワム80000形は、その便利ぶりが非常に高い評価を得たのか、なんと26000両以上もの大量生産が行われた。この値は、数ある日本の鉄道車両の中で最も多い数だ。

 貨物輸送が大幅に変化した国鉄末期、国鉄自体が大変革したJR化以降も何千両もの車両が残り、中には車輪をリニューアルして走行性能を安定させた車両も登場した。

 最後の頃は、濡れると困るロール紙の輸送に大活躍したけれど、より高速で便利なコンテナ輸送への置き換えが進んでしまい、2012年をもって貨物列車から完全引退。

 これをもって、日本における『有蓋車』を使った貨物列車の歴史も幕を下ろしてしまった。


『でも、今も緊急物資を積んであちこちの車庫に待機している車両がいるし、工場の倉庫や駅舎として再利用されている車体も日本中にたくさんある。ワム80000形の歴史はまだまだ終わっていないよー』

『なるほど……ミサ姉さんのワム80000形への愛が伝わって来たわ……』

『流石ミサ姉さん、とても分かりやすい講義でした』 

『テレビでインタビュー受けてる時よりも楽しそうだったわね♪』

『えへへ、そうかな……』

 

 コタローさんの指摘に照れながら言葉を返す美咲さんだけど、確かに僕の耳にも、インタビューの時の『ハワムちゃん』としての声以上に、今のワム80000形を熱く解説する時の美咲さんの声の方が楽しそうに聞こえた。

 

「本当に、貨車や貨物列車が大好きなんですね……」

『そうだよー、ジョバンニ君。私は、縁の下の力持ちの貨物列車が大好きだし、それを彩る個性豊かなメンバー=貨車やコンテナも素敵だと思っているよ。だって、貨物列車は何でも運べるからね。本もゴミも自動車も、野菜も魚も石油も石炭も。危険な液体や気体だって、専用の貨車やコンテナに積載可能だし』

 

 その万能ぶりが、自分にはまるで『アイドル』――様々な形で人々に『夢』と言う名の心の貨物を運ぶ存在に見える。

 だから、自分は貨物列車を構成する『貨車』――日本中どこへでも笑顔を輸送する素敵なアイドルの1人として頑張りたい、と願っている。

 そう語る美咲さんが、僕には眩しい存在に感じた。

 確かに、この人はアイドルにふさわしい。本来なら、こうやって鉄道オタクの端くれである僕と話す機会が無かったはずの人物だ。きっと、昔から自分の信念に迷いなんてなく、あの歌の通り『好き』という感情を貫き通していたに違いない。だからこうやってアイドルとして大人気なんだろう。他人からの悪口で鉄オタを続ける信念が揺るぎかけた情けない僕なんかとは比べ物にならない、そう思っていた時だった。

 でもね、という言葉に続いた美咲さんの告白は、僕たちにとって意外なものだった。


『えっ……ミサ姉、鉄道オタクやめようとしてたの!?初耳なんだけど!?』 

「あ、あんなに格好良く歌ってたのに……」

『まあね、あの歌だと「好き」を貫くのは格好良いとか、諦めるのはまだ早いなんて言ってるけど、私も何度かくじけそうな事はあったよ。「鉄道オタクはダサい」「鉄道オタクは格好悪い」って意見を何度も聞いたり見たりしたし、そもそも女性の鉄道オタクは世間じゃまだまだ珍しいみたいだからね』

『確かに……それは否定できないわ……』


 そして、美咲さんの言葉に続くように、『鉄デポ』の皆も、同じような事を悩んだことがある、と打ち明けた。

 動画配信者として活躍するナガレさんも、人気モデルにしてインフルエンサーの幸風さんも、軽便鉄道が大好きなトロッ子さんも、ヘアサロンを経営しているというコタローさんも、色々あって自身の『鉄道オタク』という立場に疑問を抱いてしまった過去を持っていたのだ。

 そんな状況に陥った理由を深く語る事は全員とも無かったけれど、辿った結末は一緒だった、というのは、誰も言わなくても僕にはしっかりと理解できた。どれだけ苦しんでも、どれだけ悩んでも、鉄道が『好き』という気持ちを捨てる事は出来なかった、という事を。


『だからさ、あの歌は私たちにとっての応援歌かもしれない、って考えてたんだ。みんな、きっと自分の「好き」を悩んでるって言う歌詞もあったし』

『ふふ、素敵な捉え方だと思うわ。それに、あの歌の通り「好き」を貫けば、きっと良い事が起きるっていう内容もね』

『ありがとう、コタローさん。私もそう信じて歌っていたよ。きっと、良い事に巡り合えた人たちは沢山……』

『はい!ミサ姉さん、私がその代表例よ!』


 まるで授業中に挙手をするような反応を見せた梅鉢さんは、皆が聞く中で堂々と述べた。

 ジョバンニ君=僕とリアルの世界で出会い、特別な友達になれた事が、まさに『好き』を貫いた先に待つ幸福の最大の証明だ、と。


「あわわ……う、うめば……じゃなかった、彩華さん……!」


『そうっすよねー、ジョバンニ君!こんなに仲良しになっちゃってー♪』

『うんうん、彩華もジョバンニ君も羨ましいねー♪』

『素敵な友達同士、お似合いよ♪』

『これからも、仲良くしていてくださいね』

 

『勿論、私たちはずーっと一緒よ。ね、じょう……じゃなかった、ジョバンニ君?』

「う、うん……!ず、ずっと一緒……!」


 皆から褒められ、梅鉢さんからも熱い思いを告げられ、すっかり全身が真っ赤になってしまった僕だけど、梅鉢さんの言葉を否定するつもりは毛頭なかった。どれだけいじめられ続けても、どれだけ否定されようとも、『好き』を懸命に貫き通し続けた成果を、僕は既に手に入れていたのだ。


 そして、僕はようやく心の中で、あの時学校で聞いた言葉に対する思いを固めることが出来た。


 確かに、鉄道オタクをやめればいじめは止まるかもしれない。でも、それは僕が培ってきた『好き』と言う思いを全て全否定する事になる。その中には、梅鉢さんと過ごした日々も含まれている。それをすべて捨ててしまう事なんて、やっぱり僕には出来ない。

 例えこれからずっと酷いいじめを受け続けても、僕は自分の中に宿った『好き』を貫き続ける。

 美咲さんが歌い、梅鉢さんが共有し、『鉄デポ』のみんなが支えてくれる。そんな人たちのためにも、僕は僕自身の思いを絶対に裏切らない。これからもずっと、頑張り続けないといけない――改めて、僕はそう決意した。


「みんな……ぼ、僕……頑張ります……!」

『ん?よく分からないけど、私は応援するよ、ジョバンニ君』

『ふふ、ジョバンニ君がそう言うなら、私も頑張るわ』


『俺もっす!ジョバンニ君や彩華さんには負けていられないっすね!よく分からないっすけど!』

『もう、勝負じゃないわよ、ナガレくん』

『えへへ……』 

 

 そして、冗談も交えたみんなの言葉に嬉しさを感じつつ、無理はしないで欲しい・・・・・・・・・・、と僕は心の中で願った。

 あまりにも我慢し過ぎた結果、何もかも滅茶苦茶になってしまっては、元もこうもないのだから……。

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