第33話:不思議な鉄道おじさん

 梅鉢さんに誘われる形で登録した、古今東西の鉄道オタクが集まるネット上の『車庫』、会員制クローズドSNSの『鉄デポ』。

 僕や梅鉢さんに加えて、幸風さんやナガレさん、美咲さん、トロッ子さん、コタローさん、そして教頭先生といった、個性豊かな面々がいつも集っている場所だけれど、それ以外にも僕はこの場所を訪れる様々な人と挨拶を交わし、互いに鉄道が大好きと言う気持ちを共有し合うことが出来た。

 農業を営んでいるという人もいれば鉄道関連の職業に勤務しているという羨ましい人もいる一方、プロフィールは内緒と言う形で参加している人も多かった。

 でも、『鉄デポ』ではそのような所業や年齢、立場の違いを気にする事なく、のんびりゆったり、時に賑やかに、鉄道談義に花を咲かせることが出来たのである。現実世界、僕の身の回りで起きている様々な事・・・・を忘れて。


 その中でも、特に僕の印象に強く残ったのが――。


『あ、鉄道おじさん!』

『わーい、おじさんだー!久しぶりっすー!』

『お久しぶりです、鉄道おじさん』


『どうもー、鉄道おじさんだよー。みんな元気かなー?』


 ――時折何の前触れもなく『鉄デポ』にやって来る、『鉄道おじさん』と名乗るアカウントだった。

 

 『鉄道おじさん』は、自称『冴えないけど毎日頑張っている中年男性』。理由はよく分からないけれど、僕たちのように声で交流するボイスチャットではなく、チャット欄に表示される文字を使った文字チャットを使って積極的に言葉を交わしていた。僕たちのような学生相手でも決して威張ったり図に乗ったりする事はせず、ちょっぴりおじさんらしさを見せつつも気さくに接してくれる人だった。

 そんなおじさんは、名前の通り大の鉄道オタク。それも、小さい頃からカメラを片手に、家族と共に日本各地の鉄道に乗ったり写真を撮影したりしている、文字通り筋金入りの存在だった。

 そして、今回も僕たちに、おじさんやその家族が撮影した、何十年も昔の貴重な鉄道写真をプレゼントとして多数見せてくれたのである。


『こ、これは……!!飯田線の旧型国電末期の写真じゃないっすか!!しかも80系300番台まで!!』


 国鉄時代の古い電車、『旧型国電』が大好きなナガレさんには、国鉄末期の飯田線を写した貴重な写真。


『これってEF58形が牽引してる関西のブルートレインじゃん!!やばいってこの格好良さ!!おじさんの一家まじ神なんですけど!』


 『ブルートレイン』が大好きなサクラこと幸風さんには、旧型電気機関車が牽引する、関西と九州を結んだブルートレインの勇姿。


『これって……栃尾線の写真ですよね……!こんなに綺麗なカラー写真があるなんて……ありがとうございます!』


 小さな規格の鉄道路線『軽便鉄道』に目がないトロッ子さんには、すでに廃止されたローカル私鉄を記録した写真。


『凄い……こんな写真の記録があるなんて……!』


 気動車をこよなく愛する梅鉢さんには、堂々の12両編成で首都圏と北関東・東北地方を結んでいた気動車急行を激写したパノラマ写真が送信されていた。


『若くてピチピチな君たちが喜んでくれて嬉しいね。そして「ジョバンニ君」は色んな鉄道が大好きだったね?』

「は、はい……」

『では、君はこれを授けよう^^』 


 そして、僕に渡されたのは、快晴の空に映える大きな富士山を背景に走る、初代新幹線・0系新幹線の写真。

 額縁に飾れば芸術品に見えてしまいそうなほどの、見事な出来栄えのものだった。


『おじさん、本当に凄いっすねー!サクラさんが言ってた通り、俺たちにとっては神っすよ!』

『うんうん!写真撮ってたってのも凄いけど、出来栄えも凄いよ!プロじゃん!』


『いやいや、私は神でもなければ髪もない、冴えないおっさんだよ。それに、私のきょうだいや親族の写真もあるからね~』


 親父ギャグを挟みながらも、自分の功績を謙遜する鉄道おじさん。

 でも、以前教頭先生やコタローさんたち『大人』のメンバーが、この人が『鉄デポ』の中でも最古参のメンバーの1人だ、という事を教えてくれたのを、僕は覚えていた。まだ人が誰も集まらず、静かだけど寂しかった時代から、この場所を維持するため様々な努力を重ねていた、と言う話も。

 そのお陰で、『鉄デポ』は毎日のように様々な人が集まり、様々な会話が絶えない、鉄道オタクの隠れ家のような場所になったのである。


『まあ、若い世代の鉄道オタクである君たちが頑張ってくれているだけでおじさんはとっても嬉しいな^^』

『私もとっても嬉しいです、ありがとうございます』

「ぼ、僕もです……!」


 そして、皆でお礼を言い終えた直後、また用事が入ってしまった、という理由で、鉄道おじさんはあっという間に 、『鉄デポ』からログアウトしてしまった。


『みんなチャオ~♪またいつか会おうぞ~♪』


 嵐のように現れて、皆の心を愉快なトークや豪快さ、そして多数の写真で射止め、そしてあっという間に去っていく。鉄道おじさんは、僕たちにとって、どこか不思議な人物だった。

 だからこそ、このような疑問が出るのも時間の問題だったのかもしれない。


『……鉄道おじさんって、一体何者なのかしら……?』

「う……彩華さん……?」


 鉄道おじさんの正体について、最初に問題を提起したのが梅鉢さんだったのは意外だったけれど。


『やっぱり彩華さんも気になりますか?失礼だとは思いますが、私も悩んでいました』

『あまり詮索するのは良くないけれど、何か引っかかるのよね』

『そうっすか?昔から活躍している元気な「撮り鉄」さんだと思ってたんすが』

「う、うーん……ぼ、僕も同じ意見です……」


 昭和時代から多方面で様々な鉄道を写真に収めていた『撮り鉄』なのは、本人の発言からしても間違いない、というのは若い僕たちの総意だった。でも、それだけでは説明しきれない何かがある、と梅鉢さんたちは考えていた。加工を施した可能性もあるけれど、鉄道おじさんが用意する写真は、どれも昭和時代にしてはやけに綺麗だし、現代のデジタルカメラで撮影した写真と比べても引けを取らない画質の良さ。もしかしたらかなり高額のカメラで撮ったのではないか、とトロッ子さんは語ったのである。


『そうなりますと、鉄道おじさんはそれなりに裕福な方ではないかと私は考えています』

『あー、確かに昭和時代って鉄道オタクは高級な趣味だった時代があるって聞いた事があるっすね』

『SLブームから今のように世間一般にも普及したけれど、それでもここまで綺麗な写真は撮れないわよね』

「うーん……やっぱり加工しただけかもしれないし……」


 そんな悩める僕たちに、幸風さんは更なる疑問を投げかけてきた。


『つーかさ、そもそも本当に「おじさん」なの?』

「あ……そういえば……」

『確かに、ご本人は「中年男性」と述べられていますが、偽りと言う可能性もありますね』

『それに私たち、「鉄道おじさん」の声、聞いた事がないわ……』

『じゃ、じゃあ「鉄道おばさん」や「鉄道ばあちゃん」って可能性もあるんすか!?』


 その可能性もありそうだけど、彩華=梅鉢さんが言う通り声を聞かない限りは判断のしようがない、と幸風さんは語った。

 それに、もしかしたら画面の向こうにいる鉄道おじさんは『おじさん』でも『おばさん』でもなく、自分たちの両親や祖父母の写真をアップしている匿名の学生と言う可能性も捨てきれない。

 結局、可能性が無限に増えていくだけで、どれが本当の正解なのか、僕たちには判断のしようがないのが現状だった。


 そして、悩んでいるうち、僕たちにはある1つの共通した考えが浮かんできた。いや、考えよりも反省と言った方が正確かもしれない。


『……ごめん、やっぱり、人のプライバシーをいちいち詮索するのって良くなかったわね……』

『そうだよね……おじさんかおばさん、じいさんかばあさんかなんて、他人を妄想の材料に使うのは……ねぇ……』

『俺たちは良くても、鉄道おじさんがどう思っているか分からないっすし……』

『場合によっては、とても失礼な行為に発展するかもしれません』

「……そうですよね……なんだか罪悪感が……」


 人間と言うのは、つい他人の秘密を探りたくなってしまうものかもしれない。でも、それが行き過ぎるとろくでもない事態に発展してしまう事は、歴史が幾度となく証明している。それに鉄道、特に鉄道車両や様々な施設にだって企業秘密になっている箇所が幾つもあるし、それらを探るのは下手すればスパイ行為とみなされてしまう場合だってあり得る。

 僕たちも、もし『鉄道おじさん』の秘密を探り続けるようないやらしい行為を続けていれば、この『鉄デポ』を最初期から見守っていたおじさんからの信頼を裏切ってしまう可能性だってあるのだ。


「……やっぱり、やめましょう……」

『全然気にならない、て言うと嘘になりますが、鉄道おじさんの言葉を待つしかないですね』

『トロッ子さんの言う通りかもしれないわ』 


『…ま、俺たちは折角手に入れたおじさんの写真を大切にしておくのが一番みたいっすね!』

『それもそっか!おじさんが神なのは変わんないし!』


 考えを切り替えたナガレさんや幸風さんの言葉に、僕たちも同意する事にした。

 おじさんや仲間たちが撮影したであろう古今東西の鉄道の写真は、きっとまだまだ膨大な数が眠っているあるはず。次に『鉄デポ』を訪れた時はどんな貴重な記録を渡してくれるのか、少し楽しみになった。


 そんな時、僕のスマホから、メールが届いた事を示す振動音が鳴った。それは、僕宛に送信された、梅鉢さんの言葉だった。

 どうしてこれをメールと言う形で、僕だけ読めるようにしたのか、その意図はよく分からなかった。でも、1つだけ間違いない、と確信した事があった。


『私たち、なんだか「鉄道おじさん」の掌の上で踊らされているみたいね』


 文面を見て苦笑いした僕と同じ表情を、梅鉢さんもきっとしていただろう、という事だ……。

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