第34話:それぞれの推し
会員制SNS『鉄デポ』によく集まる僕たちの話題の中心は、基本的に古今東西の鉄道だった。当然だろう、ここは様々な鉄道オタクが集まり、気軽にチャットを楽しんだり情報交換をしてのんびりまったり、時に賑やかに過ごす場所だから。
でも、時には鉄道と関係ない、様々な事柄で盛り上がる事もあった。例えば――。
『そういえばさー、みんなって鉄道以外にどんな事好きなの?』
――『サクラ』こと幸風さんが質問した、この話題のように。
『はいはいはい!俺は何でも好きっす!ゲームとかアニメとか!スポーツ観戦も面白いっすよ!』
真っ先に回答したのは、いつも通り元気な声のナガレさん。流石動画配信者として様々な話題を提供しているだけあって、大好きな旧型国電を始めとした鉄道以外にも様々な話題に精通しているようで、最近流行っているアニメ、動画配信のためにプレイを頑張っているゲーム、そして『鉄デポ』以外の友人と盛り上がっているというスポーツ談義など、自分の『好き』を存分に教えてくれた。
『あたしはやっぱりファッションとかメイクとか気になるかなー。仕事柄ってのもあるけどさ』
そう語るのは、読者モデルやインフルエンサーを学業と両立しているという幸風さん。小さい頃から様々な服を着たり綺麗なアクセサリーを付けたりするのが好きだったようで、それが高じて自分の仕事になっていた、とどこか嬉しそうに語った。とはいえブルートレインの格好良さには敵わない、としっかり『鉄道オタク』である事も忘れずに補足しながら。
「きょ、今日は来てないけれど……アイドルの美咲さんも……きっと貨物列車以外に色々な趣味があるのかも……」
『そういえば前に歌やダンスも趣味の1つだって言ってたわ。趣味を仕事にしている、って事かしら』
つい他人の趣味を詮索するといういやらしい事をやってしまった僕だけど、梅鉢さんが優しくフォローしてくれた。
流石人気アイドルグループ『スーパーフレイト』の中でもセンターを務める実力者だけあって、素晴らしい趣味を持っているようだ。
いつかテレビやパソコン、スマホの画面越しではなく、実際のライブにお邪魔したい、あわよくば楽屋にお邪魔してサインを貰いたい、なんて様々な事を語りあっていたときだった。
『あ、あの……私も趣味を言っても、大丈夫でしょうか……?』
いつも丁寧で落ち着いた口調で、大好きな軽便鉄道を始めとした様々な話題を提供してくれるトロッ子さんが、恐る恐る、と言う感じの口調で、会話に参加してきたのだ。
勿論大丈夫、笑ったりすることなんてないから安心して欲しい、とみんなはトロッ子さんを励ました。いつも励まされている立場の僕も、勿論その輪に加わった。この『鉄デポ』には、趣味を笑って馬鹿にする人なんていないんだから。
『ありがとうございます……その、私の趣味と言うのは……「VTuber」なんです……』
「ぶいちゅーばー……あの、アニメみたいな画像を動かして色々語ったりする人たちですか……?」
『そうですね……主にジョバンニさんの言う通りです……。それで、私が特に好きなのは……』
その言葉を聞いて、真っ先に反応したのは、同じく『動画配信』と言うジャンルで活躍しているナガレさんだった。トロッ子さんが述べた『
実は僕も、その存在だけはなんとなく認識していた。学校でオタク系の男子が『シグナたん』といって褒めそやしているのを、何度も耳にしていたからだ。それに、鉄道動画を検索していると時々お勧めとして、白黒を基調とした服装に身を包んだ『来道シグナ』が賑やかに語り掛ける動画が紹介されていたのを覚えていた。
でも、まさかナガレさんが言及し、そしてライバル心を燃やすほどの人気者だとは全く思わなかった。
『歌も上手いしゲームも楽しそうだし、ちょっと抜けてるところも視聴者の心をがっちり掴んでるし!同じ動画配信者として正直悔しいっすね!』
『それに、確かあの全身もシグナの「中の人」本人が制作したって言ってなかったっけ?』
『絵やCGも上手いし、トークもお手の物って事かしら』
「き、聞けば聞くほど凄いですね……」
僕たちが褒める言葉を聞いたトロッ子さんは、そのニックネームのようにとろけるような、どこか照れているような笑い声をあげていた。
まるで自分のように嬉しがるなんてよっぽど大好きなのね、と梅鉢さんが語ると、トロッ子さんは何故かどこか慌てたような、照れ隠しのような口調でそこまで入れ込む理由を述べてくれた。この『来道シグナ』として動画配信を行っている人とトロッ子さんは、大の親友だというのだ。
『まだ誰も視聴者がいなかった頃から、私は「シグナ」を応援していたんです。がんばれ、私がついているって。宣伝とかもいっぱいしたし、どうすればもっと見てもらえるのか悩んだこともありました。でも、その甲斐あって今はこんなに有名になって……なんだか私、とっても嬉しいんです』
『なるほど、ファンの鑑だねー♪』
「お、応援が……トロッ子さんの応援が、シグナさんの力になったんですね……」
引っ込み思案な自分とは全然違う、明るく社交的で賑やか、そして自身の失敗を恐れず笑いに変える『来道シグナ』は、まさに自分の理想や憧れが形となった存在。だからこそ、彼女が望み続けるなら様々な形で支え続けていきたい、とトロッ子さんは語った。その言葉の熱さは、軽便鉄道について雄弁する時に匹敵しているように思えた。
そして、何となく僕はトロッ子さんの心に同感した。きっと、トロッ子さんにとっての『来道シグナ』さんは、僕にとっての梅鉢さんと同じように、絶対に大切にしたい、ずっと一緒にいたい、と願う、特別な存在なのかもしれない。
『あ、あの!み、皆さんも是非「シグナ」の動画、見てくれれば嬉しいです……!チャンネル登録もしてもらえれば……!』
『大丈夫だよー、あたしは既に登録してるし♪』
『俺もライバルとしてばっちり見てるっす!コメント数も再生数も絶対負けないっすよ!』
『ありがとうございます……嬉しいです!』
トロッ子さんの言葉に盛り上がる幸風さんやナガレさんの一方で、僕はどこか複雑な気持ちになってしまっていた。
ここに集まっているみんなは、『鉄道』以外にも実に様々な趣味や嗜好を持っている。僕の知らない様々な分野に精通し、そちらにも情熱を注ぎ続けている。それに引き換え、僕はずっと『鉄道』にしか興味が無かった生粋の鉄道オタク。アイドルや動画配信者、そしてファッションと言ったジャンルも、『鉄デポ』で語り合っているみんなと出会った事でようやく目を通すようになったほどだ。
みんなが格好良く、キラキラと輝いて見えるのは、色々な事に関心を持っているからだ。僕のような、1つの事しか知らない人とは違うんだ――僕の心の中に、『劣等感』が溢れようとしていた。
ところが、そのような事を考えていたのは、僕だけではなかった。
『みんな、羨ましいわ……』
『どうしたんですか、彩華さん?』
『ここにいるみんなは、色々な趣味を持っていて素敵だと思ったの。私なんて、ずっと「鉄道」にしか興味が沸かなかったから……』
「う……うめ……じゃない、彩華さんも……?」
『え、ジョバンニ君もなの?意外だわ』
梅鉢さんが僕の事をそう思ってくれていた事もだけど、それ以上に、梅鉢さんも同じ気持ちを抱いたというのは意外だった。成績優秀、運動神経抜群、そして容姿も端麗な美少女である梅鉢さんは、その明晰な頭脳を活かした様々な趣味を持っているとばかり思っていた。でも実際は僕と同じようにずっと『鉄道』と言う趣味一筋を貫き通していたのである。
まだ互いには知らない事がたくさんある、というのをパソコンの画面越しに実感し合う僕たちの一方、同時に揃って落ち込んでしまった。普段なら考える事がないはずの、『鉄デポ』に集うみんなを羨み、逆に自分を卑下する気持ちが心の中に生まれてしまったのである。みんなのように堂々と趣味だと言えるものをもっと持った方が良いのだろうか、と、珍しく弱音のような言葉を吐く梅鉢さんに、幸風さんがかけたのはこれまた僕たちにとって意外な言葉だった。
『別に趣味をいちいち増やさなくてもいいんじゃない?』
『え、いいの……?』
「で、でも……みんなのようにたくさんの趣味がないと……客観的な立場と言うか……その……」
色々な考えが出来なくなってしまう、みんなの会話に乗れなくなるなど様々な弊害があるのではないか、とつい語ってしまった僕に対し、今度はトロッ子さんが励ますような言葉をかけてくれた。
『確かにそう助言や警告をする人を私も見ました。でも、少なくとも「鉄道」という趣味を持っている以上、そこまで深く考える事はないと思います。前にコタローさんが言っていたんです。「鉄道」は、意識しなくてもあらゆるジャンルと自然に繋がる素晴らしい趣味だ、って』
「あらゆる趣味……?」
『「撮り鉄」はカメラの技術。「乗り鉄」はその地方の地理や風土。「模型鉄」は精密な作業のテクニック。そして「音鉄」は音楽の知識……』
『それに野球だって、鉄道会社と切っても切れない関係っすからね!』
外国の鉄道が大好きなスタイリストのコタローさんが教えてくれたという言葉は、非常に納得のいくものだった。
『鉄道』というのは、単なる1つの「鉄の塊」ではない。それを作り、動かし、安全を守るだけでも、非常に様々な要素が絡んでくる。そしてそれは、鉄道を愛するという行為も同じ。必然的に、様々なコンテンツを同時に吸収していく事になるのだ。だから、慌てて色々なものを無理に好きになろうとするよりも、一番大好きな『鉄道』というものを中心に、マイペースに色々な世界を見て回れば良いのではないか、とみんなは語ってくれた。
『……ありがとう。私、みんなの言葉に劣等感を抱いたみたい。私らしくない事をしちゃったわね』
「ううん……うめ……彩華さん、大丈夫だよ……僕だって、同じことを感じちゃったんだから……」
『そうっすよー。俺も今さっき「来道シグナ」に劣等感抱いたばかりっす。みんな同じっすよ!』
2人の言葉を聞いて安心した、と梅鉢さんは自身の気持ちを正直に語ってくれた。
僕たちの方も、梅鉢さんがいつもの調子を取り戻すきっかけを作れたようで、嬉しい気分になった。
ようやく和やかなムードが『鉄デポ』の中に戻って来た時、幸風さんがある提案をした。丁度話題になったのだから、この機会にみんなで『来道シグナ』の動画にお邪魔しないか、と。つい先日、人気ゲームに挑戦する最新動画が公開されたばかりだというのだ。
『ありがとうございます……!きっと「シグナ」も喜ぶと思いますよ』
『俺も敵陣の偵察を兼ねて見に行きたいっす!』
「ぼ、僕は本格的に見るのは初めてかも……」
『私もVTuberは初体験なの。楽しみだわ』
『よーし、全員参加だね!じゃ、早速見ようか!』
「は、はい……!」
『了解!』
そして、僕たちは、幸風さんやトロッ子さんが送信してくれたURLにアクセスし、巷で話題のVTuberの活躍の模様を目に焼き付ける事にした。
『みんなー、こんシグー!来道シグナだよー!初めての人も、こんシグー!』
『鉄デポ』で出会った仲間たち、特にトロッ子さんの熱い思いが無ければきっと出会う事が無かったであろう、『鉄道趣味』がきっかけになった新たなジャンルへ、僕たちは再び誘われたのであった。
独特の、そして可愛らしい声の挨拶と共に始まった、『来道シグナ』の世界へと……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます