第35話:秘密の部屋と2人の男子
『今日は珍しく俺たちだけっすねー』
「そ、そうですね……」
ナガレさんの言う通り、いつも性別問わず賑やかな面々が集まる『鉄デポ』だけど、その日は珍しくたった2人だけログインしていた。
動画配信者として大人気のナガレさんと、冴えない男子学生である『ジョバンニ』こと僕。
他の皆は勿論、梅鉢さんも用事があって来る事が出来ないと事前に連絡が届いたので、今回は完全にこの2人だけで話を進める事になった。
『世間じゃ鉄道
「そ、そうですね……」
僕も梅鉢さんや幸風さん、そして『鉄デポ』の皆と交友関係を築く前までは、ナガレさんが触れた固定概念が心の中に宿ってしまっていたけれど、今はそのような性別の違いは全く気にしないようになっていた。それに、鉄道趣味は性別も趣味嗜好も、そして職業も超えて誰もが共有できる素晴らしい概念である、という事が、この前の出来事で改めて僕の心にしっかり根付いていた。
『まあ、たまには2人っきりな時もあるっすよね!』
「は、はい……」
でも、互いに交わしたその言葉の後、『鉄デポ』の中には沈黙の時間がしばらく流れた。
「あ、あの……!」
『ん、なんすか?』
「……ご、ごめんなさい、何でもないです……」
『了解っすー』
飯田線時代のクモハ52形の活躍、JR後に登場した新形式・クモハ84形、最後まで残った小野田線のクモハ42形。日本各地で活躍した旧型国電が大好きなナガレさんと話したい内容は、実際のところ心の中にたくさんあった。でも、いざこうやってふたりぼっちの空間にいると緊張と不安の気持ちが先走ってしまい、言葉にすることが出来ないのだ。
しかも相手は、僕のクラスの生徒にも大人気のイケメン動画配信者。その事をつい意識してしまった結果、ますます僕がちっぽけな存在に感じてしまった。何を話せば失礼にならないか、こんなことを話して嫌な気持ちにならないだろうか、と余計な事ばかりが頭に浮かんでしまう状況になってしまったのだ。
いっそ用事がある、と嘘をついてこの場を離れてしまうのもありだろうか、いやそれこそ最悪の手段じゃないか。そんな風に悩んでいた時だった。
『……思い出した!俺、ずっとジョバンニ君に聞きたい事があったんすよ』
「……え、僕にですか?」
『そうっす!でもここだと難しいかな……?念のため「プライベートルーム」へ移動してもいいっすか?』
「ぷ、プライベートルーム……」
『プライベートルーム』は、『鉄デポ』の皆に明かしたくない秘密の内容や個人的に連絡したい事柄を伝えたい時に入室する秘密の部屋。
各自で様々な部屋を開くことが出来、内部で行われるチャットの内容は、文字・ボイス問わず外部に漏れる事はなく、プライバシー対策も万全だという。
勿論、悪い事には使えないよう様々な対策は施していると聞くし、ナガレさんがそんな人なはずはないけれど、そんな部屋にわざわざ招待して何をするつもりなのだろうか。
気になりつつも、僕はナガレさんに操作方法を教えてもらいながら、『臨時特急ナガレ91号』と書かれた場所へ入った。
そして、僕は――。
『……よし、無事入れたっすね……じゃあ、この場でしか聞けない事、言っちゃうっすよ』
「は、はい……」
『ずばり!ジョバンニ君、「彩華さん」との関係は今どこまで進んでるっすか!?』
「……えええ!?!?」
――ナガレさんが、わざわざ専用の部屋を作った理由を理解した。こんな質問、『彩華さん』=梅鉢さんがログインする場所で表立って出来るわけがないからだ。
つい大声をあげてしまった事に気づき、慌てて口を抑えてしまった僕だけど、それでも一度速くなり始めた心拍数はなかなか下がる気配を見せなかった。
「か、か、関係って……え、え!?」
『いやぁ、彩華さん、何かある度にジョバンニ君の事を結構語ってたんすよ。こんな話をしたとか、図書館へ一緒に行けて楽しかったとか……』
「そ、そうか……う……彩華さん、色々僕の事を自慢してたって以前言ってましたね……」
『そうなんすよー。で、やっぱり気になるじゃないっすか!ジョバンニ君と彩華さんの
「え、こ、恋!?ぼ、僕たちは友達ですよ……!?た、確かに……そ、その……『リア友』ですけど……」
ネットという環境で知り合ったナガレさんたち『鉄デポ』の皆とは異なり、僕と梅鉢さんは実際に会う事で交友関係を築き、互いに『特別な仲間』『特別な友達』と認識し合っている間柄なのは確かだ。
でも、それを『恋』と直接言われてしまうと、動揺しないわけにはいかなかった。そんな大層な言葉で呼ばれるような関係だなんて、意識した事が無かったからである。
「そ、それに僕は恋なんて……!恋なんて出来るほど……格好良くもないですし……」
『いやいや、ジョバンニ君!あの彩華さんが格好良い、素敵、頼もしいって一押ししてますし、もっと自信持ってもいいっすよ!』
「で、でも……そ、その……」
『図書館デートはどんな感じだったっすか!?確か一緒にご飯とかも食べたんすよね!?下の名前で呼び合ったりもしたんすか!?もっともっと聞きたいっす!』
「え、い、いや……うぅ……」
顔も全身もすっかり真っ赤に茹で上がりそうな感情は、僕の情けない声にも現れてしまっていた。
『……あらら、質問攻めし過ぎたかな……申し訳ないっす』
「だ、大丈夫です……ぼ、僕こそ……良い返事が出来ず……」
『全然いいっすよ。ぶっちゃけ、俺がただ羨ましがってただけっすから』
「えっ……ナガレさんが……羨ましがってた……?」
驚く僕に、ナガレさんは意外な本心を教えてくれた。爽やかなイケメンで、動画も絶好調。解説も上手だし、何より旧型国電への情熱は誰の追随も許さない。そんな凄い人なはずのナガレさんが、僕の事を羨ましい、とはっきり述べたのだ。
確かに、僕も承知の通り、ナガレさんは様々な人から人気を集めており、女の人からの黄色い声援も大きかった。でも逆に、真に情熱を向けることが出来る人――僕に対する、梅鉢さんのような人と出会う機会には未だに巡り会えてない、とナガレさんは教えてくれた。
『昔から知り合いや友達は滅茶苦茶多いんすけど、何というか、すげー失礼な事を言っちゃうと、腹を割って心の中を全部ぶっちゃけられる人は少ないっす。そもそも、鉄道について語り合える人が『鉄デポ』以外だと全然会えなくて……』
「そうだったんですか……」
『だから、彩華さんのリア友が「鉄道オタク」の「男子」だって聞いた時、心の中でめっちゃ悔しいって思ったんす。どんな野郎が俺たちの彩華さんと仲良くなりやがった、って』
「や、野郎……なんだかごめんなさい……」
『いやいや、こっちこそほんとごめんっす。こんな最高な男子と彩華さんが仲良しなら、俺も納得っすよ』
「さ、最高……!?」
ナガレさんにここまで褒めてもらうとは思わず、またも僕の心拍数は上昇してしまった。
「で、でも僕はナガレさんも凄いと思います……!格好良いし、人気だし、イケメンだし、声も素敵だし……!」
『マジっすか!?いやぁ、ジョバンニ君は褒め上手っすね!その言葉だけでとっても嬉しいっす!』
そして、ナガレさんのような綺麗な受け答えが出来るはずもなく、結局今回も照れ隠しのような謙遜を返してしまう僕がいた。
やっぱり最後はどこか情けない所を見せてしまった僕に対し、ナガレさんはある提案をしてきた。
「え、呼び捨て……?」
『そうっすよ。折角こうやって腹を割って話せているのに、ずっと敬語だと堅苦しいっすよ。それに、俺の呼び方も、みんなと同じように「ナガレ君」で構わないっす。むしろそう呼んで欲しいっす!』
「な、ナガレくん……分かりま……じゃなかった、分かった。これからは、こういう感じの話し方でいいかな……?」
『勿論っす!』
ナガレさん――いや、ナガレ君の無邪気で嬉しそうな声を聞くと、僕もどこか元気が出てくる気がした。
これが、皆を楽しませることが大好きな動画配信者の実力なのかもしれない、と僕は心の中で納得していた。
「……あれ、でもナガレ君は敬語……?」
『あー、これは癖なんで……気にしないでくれたら嬉しいっす』
「そ、そうなんだ……」
『まあ、俺はみんなの後輩みたいなポジションっすから!』
「こ、後輩……よく分からないけどそうなんだね……」
そして、僕はこの新しい友達と、もっともっとたくさん話したくなってきた。
旧型国電などの鉄道の話題もだけど、それ以外にもナガレ君――僕と同じ性別、同じ趣味嗜好、そして恐らく同年代であろう友達の事を、もっと知りたくなったのだ。
「な、ナガレ君……せ、折角だから、もっと色々話さない……?」
『いいっすねー!プライベートルームだから、色々思いっきり話しましょう!ジョバンニ君の秘密とか、何でも打ち明けていいんすよ!』
「え、ぼ、僕の秘密……!?」
こうして、僕とナガレ君はしばらくの間このプライベートルームで色々な事を語り合った。全てが秘密というこの場所で、僕たち男子2人は様々な内容を思う存分共有できた気がする。
ただ、それでも僕が実際はどのような人物か、僕が学校でどのような生活を過ごしているか、より突っ込んだところまで口に出す事は出来なかった。
僕は決してナガレ君が褒め称えるような人物ではない、毎日いじめを受け続けている、情けない鉄道オタクの端くれだ、という真相も……。
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