第26話:君はカムパネルラ?

 学校の帰り道、僕と梅鉢さんはいつものように鉄道の話で盛り上がりながら、夕日に照らされる道を歩き続けた。

 特に今回の話題の中心になったのは、図書室のおばちゃんの奮闘によって久しぶりに帰ってきた多数の鉄道の本。ずっと待っていた分思いっきりたくさん借りることが出来て、僕も梅鉢さんも大満足で、何の本を借りたのか互いに自慢し合った。

 その中で、僕の借りた本には1冊の『絵本』も含まれていた。僕の大好きな『鉄道』が登場する、とても有名な童話を題材にした絵本。

 小さい頃から何度も見た内容だけれど、この機会なので久しぶりにじっくりと読んでみよう、と考えたのだ。


 懐かしいけれど、改めて見直すと色々な発見があるかもしれない、なんて互いに話していた時、僕はふとある言葉を口に漏らしてしまった。それは、例の『絵本』を借りる事に決めた時から、ずっと心の中に留まり続けた考えだった。


「……えっ、私が『カムパネルラ』……?」

「あ、ご、ごめん……こ、この絵本を見つけてから……そういうイメージが……」


 梅鉢さんが、この本の重要な登場人物である少年・カムパネルラにどこか似ているように、僕は感じていたのだ。

 どうしてそう見えたのか、と優しい言葉で尋ねてきた梅鉢さんに、僕は少しだけ緊張しながらも心に抱いた思いを伝えた。


 この絵本――銀河を駆ける列車に偶然乗る事になった主人公の少年・ジョバンニを描いた内容の中で、主人公の旅に同伴する事になったのは、彼のたった1人の友人であるカムパネルラ。

 カムパネルラはジョバンニと共に、様々な駅に辿り着くたびに現れる不思議な光景、どこか奇妙な言い伝え、そして列車に乗り込む人々と交流し、様々な知識や体験を得ていく。

 それがまるで、図書室や階段で語り合ったり、町の図書館へ出かけたり、様々な経験を共に重ねていく、僕と梅鉢さんの間柄のように思えたのだ。


「なるほど……そうかもしれないわね。私も、ある意味では譲司君と一緒に『知識』と言う名前の銀河を一緒に巡っているのかもしれないわ」

「う、うん……な、納得してくれた……?」


 勿論、と笑顔を見せてくれた梅鉢さんだけど、実はもう1つ、理由がある事を僕は黙っている事にした。

 カムパネルラは心優しく、父親の職業や自身の立場故に周りからいじめられる主人公の中で唯一の味方になってくれた。流石に主人公のジョバンニをからかう連中に食ってかかるような事はしなかったけれど、友達がほとんどいない主人公に寄り添い、一緒に遊ぶ事もあるほどの間柄だった。

 それはまさに、学校で毎日のようにいじめを受けている僕に、『鉄道オタク』という対等な立場で明るく優しく接してくれる梅鉢さんそのものだった。

 でも、ジョバンニと違い、僕には自分がいじめを受けている事実を告白する勇気はなかった。梅鉢さんを巻き込みたくない、梅鉢さんとの関係が変わってしまうかもしれない、という恐怖や不安が、僕の心をずっと包んでいたからであった。それは、毎日受けているいじめへの絶望よりも、もしかしたら深刻なものだったのかもしれない。


「……どうしたの、譲司君?」

「あ、ご、ごめん、何でもない……。カムパネルラだって言ったのを分かってくれたのが嬉しくて……」

「心配ないわ。私もあの話、本で何度も読んだ事があるから」


 若干記憶は薄れていっているけれど、銀河を駆ける列車で旅をする中で、ジョバンニとカムパネルラが様々な経験をしていたのは覚えている、と梅鉢さんは語った。

 銀河を巡る旅の中で遭遇する不思議な光景、個性的で不思議な人々、そして様々な逸話。梅鉢さんは、僕以上にこの物語の内容をはっきりと記憶していた。


「確か、実際に起きた当時の大事故を思わせる場面もあったわね」

「え、そうだっけ……ご、ごめん、覚えてなかった……」

「えっ……という事は、もしかして私、本の内容をばらしちゃった?だったらごめんなさい……」

「い、いや、大丈夫だよ……。絵本を読んで、もう一度思い出してみるよ……」


 つまり、銀河を走る不思議な列車に再乗車するという事ね、という梅鉢さんの上手い例えが、僕の心に染みた。


 ただ、そんな僕でも、旅の果てに待つ――いや、旅の果てへ行くはずだった物語が辿る、あまりにも切なく衝撃的だった結末は覚えていた。ある光景を目撃してしまった直後、カムパネルラは突如としてジョバンニの傍から姿を消してしまうのだ。その事態に愕然としたジョバンニ自身も、気が付いた時には不思議な列車の車内ではなく、乗車したはずの場所で眠り続けていた。まるで、今までの事がすべて夢だったかのように。

 でも、1つだけ、『夢』ではない事があった、それは――。


「……!!」


 ――その内容を思い出した時、僕は心の中に抱いた、いや、抱いてしまっていた安易な思い込みに後悔した。

 ジョバンニが『僕』で、カムパネルラが『梅鉢さん』だとすると、このままでは梅鉢さんが辿ってしまうのは――。


「……ご、ごめん梅鉢さん!やっぱりさっきの、取り消したい……!」

「え、どうしたの急に……!?」  

 

 ――僕の元から離れ、永遠に会えなくなってしまう未来だ。

 せっかくここまで仲良く、楽しく話せる間柄になっているのに、梅鉢さんという『特別な友達』と別れてしまうなんて、絶対に嫌だ。そして、その気持ちはきっと物語の内容をはっきりと覚えている梅鉢さん自身も同じに違いない。それなのに、僕は下手すれば不吉とも思える例えを、隣にいる大切な人に当てはめてしまった。

 もうカムパネルラだなんて呼ばないから、許してほしい、とまたも情けない言葉を発してしまった僕を見て、梅鉢さんは許す代わりに1つ条件がある、と。


「う、うん……何でも聞くよ……」

「分かったわ。じゃあ、これは私からの約束……」


 これからも『カムパネルラ』で居させて欲しい。梅鉢さんは、はっきりと僕の目を見つめながら言った。


「えっ……で、でも……!」

「『でも』は無しよ、譲司君。そもそも、私たちの『旅』はまだ始まったばかりでしょう?」

「……!」


 友達が増えたり、何度もデートを重ねたり、『鉄デポ』と言う更に大きな集まりに加わったり、様々な出来事が一気に訪れたけれど、考えてみればそれは人生と言う大きな『旅路』の中ではごくわずかな時間に過ぎない。もっともっと、旅路の中で様々なものを一緒に発見し、楽しみ、味わい、そして思い出に残すことが出来るはず。

 だから、まだまだ自分は『ジョバンニ』君の友達、『カムパネルラ』で居続けたい――梅鉢さんの優しい口調は、僕の心を鎮め、暖かな思いで満たすのに十分すぎる効能があった。


「……ごめん、梅鉢さん……」

「ふふ、譲司君の方こそ、私の思いを理解してくれて嬉しいわ」


 そして、僕の心にはもう1つ、梅鉢さんが僕の提案を快く受け入れてくれた、という事に対する照れくさい感情が浮かんでいた。

 勿論、それは決して嫌なものではなく、若干くすぐったいけれど楽しくて明るい心地だった。


「……それにしても、『ジョバンニ』って、こう考えると素敵なニックネームね」

「そうだね……幸風さんに感謝しないと……」

「ふふ、そうね。私もちょっと考えが変わったかもしれないわ」


 僕に『ジョバンニ』というあだ名を考えてくれた時、ブルートレイン大好きギャルの幸風サクラさんは、偶然頭の中に浮かんだ日本屈指の幹線『常磐線じょうばんせん』がその由来だ、と解説してくれた。直後、それを聞いた梅鉢さんが若干呆れたような表情を見せたのを覚えている。

 でも、今振り返ると、もしかしたらそれは、本当の由来――鉄道が重要な役割を果たす、この有名な物語の主人公に当てはめてみた、という真意を隠すための照れ隠しだったのかもしれない、と僕と梅鉢さんは互いに語り合った。


「そんなに隠す事じゃないと思うけれど……」

「格好つけてみたけれど、すぐに恥ずかしくなっちゃった、と言う感じかもしれないわよ、きっと」

「なるほど……そ、そうかもしれないね……」


「サクラったら、結構可愛い所あるじゃない♪」


 そう言って見せる梅鉢さんの笑顔は、どこか悪戯げなように見えた。

 今日何度も目に焼き付けた梅鉢さんの笑顔の中で、その表情を僕は一番可愛いと感じる事が出来た……。

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