第120話:熱唱・鉄道ソング

 レストラン、図書館、ゲームセンター、そしてそろそろ引退するかもしれない旧型電車による移動――様々な体験をする事が出来た『鉄デポ』メンバーによるオフ会も、いよいよ最後のイベントである『カラオケ』に突入した。

 ナガレ君や幸風さん、そしてアイドルの美咲さんがお墨付きのこのカラオケ店には、実際のライブステージ顔負けの設備が備わっている部屋や自分の声を録音する機械が設置されている部屋など、需要に応じた様々な部屋が存在するらしいけれど、今回は皆で賑やかに楽しむのが目的なので、6人で過ごせる一般的な個室を選んだ、と3人は語った。

 とはいえ、カラオケルーム自体が初めての体験である僕は、少し小ぢんまりとした部屋にいるだけでも緊張感と高揚感が同時に心の中で湧きあがっていた。


 でも、僕たちがまずこの場所に到着してから最初に行ったのは歌う事ではなく――。


「「「「「「いただきます!」」」」」」


 ――店員さんに届けてもらった、美味しそうな注文の品でお腹を満たす事だった。

 お昼ご飯を図書館に隣接したレストランでがっつり食べた僕たちだけど、図書館やゲームセンターで興奮したり街の中を歩いているうちにたっぷりエネルギーを使ったらしく、すっかりお腹が空いていたのだ。

 テーブルの上に並べられたのは、炒飯にたこ焼き、唐揚げ、フライドポテトなど、このカラオケ店自慢の一品の数々。そして彩華さんは、先程聞いてから気になっていたというカラオケ店のラーメンの味をじっくりと堪能していた。


「なるほど……程良い具合にこってりしている……こういうラーメンも悪くないわね」

「この唐揚げも美味しい……!」

「カラオケ店の料理も結構侮れないっすよ。中には有名な店とのコラボメニューが出る事もあるとか……」

「歌えるだけじゃなくて色々な事をやっているのね」


 感心する彩華さんは、一旦ラーメンの器をテーブルに置いた後、もう1つのメニューであるポテトサラダに口を付けていた。確かにどれも美味しいけれど、若干脂っぽいのが気になり、口直しに野菜も頼んでみた、との事らしい。そして、トロッ子さんもまた、ブロッコリーや人参の彩が豊かな温野菜サラダを美味しそうに食べていた。


「あー、あたしも何か野菜を頼むべきだったかな」

「彩華ちゃんやトロッ子ちゃんの肌が綺麗なのは、野菜をしっかり食べているからかもしれないねー」

「えへへ……そうだったらとても嬉しいです」


 そんな事を言っているうち、あっという間にテーブルの上に置かれていた紙皿やケース、器は空っぽになってしまった。

 本当はもう少し食べたかったけれど、昼ご飯が多かった事もあるし、何より腹八分目が一番。そんな訳で、僕たちは手を合わせて食事の終わりを告げる挨拶を一斉に行った。

 その後、幸風さんやナガレ君たち経験者の面々のアドバイスに基づき、店員さんが片付けやすいように食器を整理し、邪魔にならない場所に纏めた。

 そして、それぞれ注文したオレンジジュースや烏龍茶などの飲み物で喉をたっぷり潤した後――。


「……それじゃ、準備が出来たところで!カラオケ大会、始めるっすよー!」

「おー!」

「お、おー……!」


 ――いよいよ、この『オフ会』最後のイベントが幕を開けた。

 

 幸風さんやナガレ君曰く、この店のカラオケにはどれだけ実際の歌手に近く歌えたか、音程やリズムがずれなかったか、などの指標を総合した得点機能が備わっているそうだけれど、今回はそれを使わない旨で全員一致で決めた。歌を上手くするための集まりではなく、皆で楽しい時間を過ごすのが最優先だからである。

 そして、反対が誰もいなかった事に対して、美咲さんが一番ほっとしている様子だった。一番歌が上手いはずのアイドルがどうしてなのか、と一瞬疑問に思った僕だけれど、美咲さんが自分から進んで理由を語ったお陰ですぐ納得できた。


「いやぁ、もし私が『スーパーフレイト』の曲を歌う事になった時に、低得点だとセンターの立場が危うくなっちゃうからね……」

「な、なるほど……」

「でもそれなら機械の方がポンコツな証拠だと思うよ。ミサ姉さんの歌を正当に評価しないなんて事になる訳だし」

「まあまあ、今回はそういう得点はしないって感じっすから大丈夫っすよ……」


 そんなこんなで、様々な設定を終えた後、最初に歌の名乗りを上げたのは、動画配信者の飯田ナガレ君だった。この機会に是非熱唱したい曲があり、ずっと楽しみにしていたという。


「折角鉄道オタク仲間で集まったっすから、最初は『鉄道』に関するこの曲でいくっすよー!」


 そして、ナガレ君の言葉を合図にしたかのように、カラオケルームの中は大音響に包まれた。

 流れてくるイントロに、僕はとても聞き覚えがあった。これは数年前に放送されていた、鉄道を題材にしたロボットアニメの主題歌だ。格好良いロボットや濃厚なストーリーは勿論、このワクワクするような楽曲もまたこの作品を彩る重要な要素になった、と僕は様々な評価で目にしていた。そんな印象的な楽曲を、ナガレ君は力強く歌い上げていた。自分だって『鉄道』という要素が『大好き』なんだ、と言う事を伝えるかのように。

 その歌声を聞きながら、幸風さんや美咲さんは楽しそうな笑顔を見せ、曲のサビなど要所で合いの手やコーラスを入れていた。その一方、僕は初めてのカラオケの凄さに圧倒されていた。音楽の授業で歌うものとはわけが違う、自ら楽しんで歌い続ける姿が、こんなにポジティブな力に満ちているとは思いもしなかったからだ。加えて、僕の隣では彩華さんやトロッ子さんも、目の前で繰り広げられる圧巻の光景に目を奪われているようだった。


 そして、最後までばっちり歌いきったナガレ君を、僕たちは盛大な拍手で称えた。


「いやー、ありがとうっすー!やっぱり好きな曲を思いっきり歌うとすげー気持ちいいっすねー!」

「そ、そんなに凄いの……?」

「そうっすよー!あ、じゃあ次ジョバンニ君歌うっすか?」

「い、いいよまだ……こ、心の準備が……」

「じゃあ仕方ないね……という事で、次はあたし歌いたいでーす!」

「お、サクラちゃんは何の曲かなー?」


 続いてマイクを握ったのは、モデルやインフルエンサーとして活躍するギャルの幸風サクラさん。ナガレ君が鉄道に関する曲を選んだのだから、こっちだって好きな『鉄道ソング』を思いっきり歌いたい、という事で、選んだのはこちらも鉄道アニメの王道ともいえる作品の主題歌のうち、『映画版』の方だった。


「サクラさんはこちらの方はご存じだったんですよね」

「そーそー。あたしにはあの絵本じゃなくてこっちの方が原典だからね」

「そう言う人もいるのよね。私も良い学びになったわ」


 この『映画版』の主題歌はオリジナル版、カバー版が存在し、どちらとも知名度が高いけれど、幸風さんが選んだのはオリジナル版の方だった。曰く、カバー版も良いけれどどちらかと言えばダンスミュージック、オリジナル版の方が個人的にワクワクドキドキ感が詰まっていて好きらしい。

 そして、音楽と共にカラオケルームに響いた幸風さんの歌声は、パワフルで力強いナガレ君とはまた違う、芯が通っているけれどどこかスタイリッシュな、幸風さんの凛々しさや綺麗さがそのまま声になって現れているような感じだった。鉄道オタクとして僕も何度かこのオリジナル版の主題歌は聞いていたけれど、幸風さんの歌にはそれとはまた違った魅力があるように感じた。

 やがて、歌が終盤に差し掛かったところで、幸風さんがある事に気が付いた。ラストのサビが重なり合う部分は、音声合成でもしない限り1人では再現できないのだ。そこで、隣で盛り上がっていた美咲さんが名乗りを上げ、マイクを手に取った。本物のアイドルによる手助け――鉄道用語で例えれば『歌の協調運転』が実現したのである。


「いやー、ありがとうミサ姉さん!やっぱ凄い上手いねー!」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「ガチのアイドルだよ!?センターだよ!?それとデュエット出来るなんてマジ超レア級の出来事じゃん!」

「そ、そこまで言われると……だって次は私でしょ?緊張しちゃうなー」


 そう、この順番だと次は歌を本業としている村崎美咲さんが曲を選ぶ事になるのだ。とはいえ、口では少々謙遜するような事を言っていたけれど、美咲さんの顔はどこか嬉しそうな笑みに満ちていた。

 やがて、カラオケルームの中に響いたのは、先程までのアニメソングとは少し違うアプローチの『鉄道ソング』だった。この曲は、美咲さんが所属する事務所の社長さんがアイドル、それも『伝説のアイドル』として語り継がれる程の大活躍を見せていた頃に発表され、鉄道会社のキャンペーンCMに採用されえた有名な曲なのだ。当然、僕もそういった経緯から聞き覚えがあった。


「……って事は、実質『ハワムちゃん』のカバーって訳っすね!」

「うわ、めっちゃ貴重じゃん!」


 ナガレ君や幸風さんの言葉を聞いて、確かにその通りだ、と僕たちが気付いた直後、美咲さんは歌い始めた。

 その途端、僕たちは目の前にいる美人さんが貨物列車大好きな鉄道オタクの『村崎美咲』さんではなく、皆から大人気のアイドルグループ『スーパーフレイト』のセンターで堂々と歌やダンスを見せつける『ハワムちゃん』こと『葉山和夢』さんへと一瞬で変わったように感じた。アイドルのオーラと言うものがここまで心のツボに突き刺さり、快感や興奮を生み出す力を持っているものだとは、全く予想していなかった。

 加えて、その歌声は可愛らしさと凛々しさ、そしてこの曲にぴったりの格好良さを織り交ぜた、素晴らしいものだった。憧れの人だと何度も語っていた事務所の社長さんの曲を美咲さんの中で見事にアレンジし、新たな魅力を作り出しているように感じた。

 これが本物のアイドルと言うものなのか、と驚嘆しているうち、僕は自然に歌声に合わせて手を叩いていた。勿論、彩華さんや幸風さんたちも揃って声援や手拍子を送り続けていた。


 そして、見事に歌いきった美咲さんに、僕たちは割れんばかりの拍手を送った。


「す、凄いです……!」

「これが、センターの歌声なのね……!」

「ミサ姉さんすげー!やっぱ本物のアイドルだ!」

「やっぱ俺たちとは格段に違うっすね……!」

「素敵でした……最高でした……!」


「いやぁ、そう褒めてくれるととっても嬉しいなー。でも、まだまだあの社長には及ばないかな」


 そう語る姿は、元の『村崎美咲』さんへ戻っているようだった。

 憧れの社長の代表曲と言う事もあってか度々『スーパーフレイト』のメンバー内で練習曲として使っており、自分たちがどれだけ表現力がついたか、アイドルとしての実力が向上したかを確かめ合っている、と美咲さんは僕たちに裏話を教えてくれた。社長そのものになるのは無理だけれど、この曲に込められた『伝説のアイドル』の思いに、少しでも自分たちの力で近づけるようになりたい、と瞳を輝かせながら。


「やっぱりミサ姉さんの憧れは貨物列車と社長なのね」

「で、でも……!き、きっと社長さんに負けないぐらい凄いアイドルになれると思います……!」

「ありがとう、ジョバンニ君」


 冴えない鉄道オタクの端くれが何とか言葉を紡いで作り上げた応援に、未来行きの『アイドル』は笑顔で感謝の言葉を返してくれた……。

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